女 男政治家 小泉 男 女政治家 4


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女 男政治家 小泉 男 女政治家 2

女 男政治家 小泉 男 女政治家 3 + フェミ

一応、↑のつづきです。

水底の鏡さんの何ゆえにグロ系ホラー小説はグロ系ホラー足り得たか。への感想です。


なんか、キモいことをまた考えさせちゃったようで、ごめんなさい。やっぱり、男が鈍感な部分をあらためて気付かせてくれますね。


大抵の女性は「女」のカテゴリーで生きることを強いられるなかで無数の傷を負い、それとどうにかこうにか折り合いをつけて生きていると思います。

これって当たり前のような事実なんですけど、当たり前すぎてつい忘れがちですよね。たまに、「女は得」みたいな話もありますが、そういう得ってたいしたことじゃなくて、どうでもいいようなことのように思えます。なんだかんだいっても、肝心なところでは、「女」のカテゴリー・属性は「男」に比べて・・・、んー、どういう言葉を使えば適切なんだかわかりません・・・、肝心な局面でツライ思いをさせられることが多いのだろうと思います。「男」という属性のせいでのツラサの強度・頻度とは比べ物にならないくらい。


また、男性にも別種の傷があることと思います。

たしかにそれもあると思います。が、私自身、あんまり記憶にないんですよね。幸運だっただけなのか、鈍感なのかわかりませんが。もちろん、私なんかより、「男」という属性のせいでツライ思いをしたことのある男もたくさんいるとは思います。けど、やっぱり、くだらない「んだよ、女は得だな」みたいな被害妄想・愚痴レベルのもの以外に、マジで存在を否定された気になっちゃうほどの痛みを感じたことのある男の絶対数は少ないのではないでしょうか(少ないからといって、その人たちを無視していいと言ってるわけではありません)。多くの男が私のように、のほほんと鈍感に生きてこられたのではと。で、ここに、最大のズレ・問題の本質があるような気がします。やっぱり、経験の差が。想像できるかできないか。


私が女だという理由でヘテロ男によって為された暴力であり屈辱であり抑圧であり脅迫です。

なるほどねえ、ですねえ。やっぱ、男はそういうのにもう慣れ切っちゃってますからねえ。麻痺しちゃってる。日本のオッサン文化・男文化の暴力性はなにげにすごいですしね。電車の中とか、ときおり冷静になって考えると酷いですしねえ。オッサン雑誌の下品な広告、下品なオッサン新聞の記事・写真その他、満員電車じゃあ卑劣な暴力が当たり前のように横行してるし。その他いろいろ、なんだかなあ、ってのはこの社会多いですねえ。

(外国人にこういうこと突っ込まれると、ときにはみょーにナショナリストになってしまって擁護しちゃったりする自分もいます。おまえんとこだってひで~だろ、とか言ったりして。しょうもないんですが。このへん相手の言い方次第なんすけどね。そりゃそうだと普通に愚痴ることもあります。なんか、いや~なメンタリティですね。ありがちな。)

個人的に、下品なもの自体は嫌いじゃないし、自分の嗜好に合わなくても、下品なものが存在すること自体は悪いことじゃない、多様性かと思っているんですけど。場所考えろ、ってのはよく思いますねえ。

あと、これは全員にはあてはまりませんけど、基本的に女と男じゃ日常生活上の実際の危険のレベル、感じる恐怖のレベルは全然違うと思うんですよね。夜道を歩いていても、私なんてよほどのことがない限り危険な目に会わないだろうし。このへんも上手く表現できませんが、なにげに無視できないことかなと。


次は「性幻想を押し付けあうこと」について、私なりに考え直してみたいです。これは、私自身が絵を描く人間であり、性幻想の典型のひとつである「やおい」文化ともある程度接点のある人間であることから、考えてみたいです。

興味深いですねえ。「やおい」文化にはうとい私ですが、昔、某でっかい掲示板の野球板の新庄スレを見たんですが、ファンの人たちが新庄とチームメイトをそういうノリで描写していてすごい興味深かったのを覚えてます。新庄は北海道っすね。


なんか、またですが、キモいことをあらためて考えさせちゃったようで、ごめんなさい。ほんとに、男が鈍感な部分について考えさせられますね。私自身、無自覚というわけではないんですが、やはり、そういうものを当然視しちゃうと言うか、なんて言うか、慣れちゃってるというか、上手く表現できないんですけど。

私とsirokanippeさんの違い・・・というか、考え方のズレじゃなくて、まさに意識のズレをわからせてもらっていました。やっぱり「ジョイ・ラック・クラブ」状態ですね。既存の枠組みをあまりに無批判に受け入れてしまっていて、その枠組み自体に対する異議申し立てにすごく鈍感になっちゃってる。(そういえば、アメリカのごく普通の民主党支持者にもそういうところあったり。「アメリカ」という枠組みには無批判だったり。白人だったら、黒人の境遇に鈍感だったりで、黒人だったら、アメリカそのものについて無邪気だったり。こういうのってあちこちにありますね。)

自分なりに考えると、自分の性別や趣味や性的指向や民族や人種やその他なんやらで困った経験というか、弱者の側に立たされたり、マイノリティだと自覚させられたりしたことがない。だから、なんだかんだいってノンキに生きてこられたのかなあ、と。一応、欧米で暮らしたことはあるんですが、属性で困ったこととか嫌な思いさせられたことは運よくなかったですしねえ。

自民党に属する政治業者共の、性差別的などという上品な言葉では到底言い表せない下劣な発言の数々を、ここで私はいちいち挙げて行く気力はちょっとありません。

こういう自分の被抑圧者としての属性に向けられた暴力にさらされた経験ないですからねえ。そういうのに他人として「怒り」は感じても、当事者としての「痛み」は感じないし、アホだなあと呆れる程度ですしねえ。他人の痛みを自分のことのように引き受けようとしてみたこともないかもですし。「共感」って簡単に言うけど難しいですよね。

そちらの左下の「美味しそうな女子校生」みたいのもアホなんだけど、アホですませちゃうのも私の属性ゆえにですかねえ。(この「高」じゃなくて「校」ってのもこの日本社会のアホ丸出しなところです。最近はかなりルーズになってるようですが、「女子高生」という表現は直接的すぎるからダメなのか自主規制なのかわかりませんが、そういうルールみたいのがあるようです。)

なんか終始、素朴にアホバカな応答になってしまってごめんなさい。感想はいろいろ浮かぶんですが、分析・整理して提示するという能力が欠けてるみたいで・・・。ふと思ったんですが、こういう話って面と向かってすると、みょーに自分の属性を擁護してしまったりするような気がするんですよね。「女だって女だって」「○○だって○○だって」みたいな反応してしまったり。ちっちゃい奴ですねえ。


ところで、「筋金入りの甲子園嫌い」だそうですが、私自身、高校で野球をやっていたので、そのうち考えてみたいと思います。私も、どうしようもないくらい高校野球文化が嫌いです。高校生のときからそうでした。しかし、最近、甲子園の試合自体はおもしろいと感じてしまう自分もいます。


***sirokanippeさん、TB送ろうとしたんすけど、なんか失敗しました。exciteのせいだと思うんで、明日また送ります。
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by mudaidesu | 2005-09-23 00:21 | ニッポン


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