対話の回路 小熊英二対談集1   村上龍 島田雅彦



村上龍

日本の共同体というと曖昧かもしれないけど、マジョリティに対して、物心ついたときから敵対心みたいなものがあったんです。恐怖心かもしれないけど。何なんだろうということを考える


小熊

(村上の敵)その敵を「日本」という言葉で表していいかどうかという点には留保があるんですよ。・・・(村上が沖縄・北海道を)なぜ好きかといえば沖縄と北海道の人間には「普通の日本人が持っているあるメンタリティ」が欠落していると。それは上の人にペコペコして下の人に威張り散らすようなメンタリティだと。






村上

(生まれたのは佐世保)戦後アメリカ軍の基地になって、ぐちゃぐちゃになって、いい意味でも悪い意味でも、日本的な伝統から少し切れてるところがあります。基地の町では、大人たちが子どもに対して、偉そうにできないんですよ。上にアメリカ軍って強者がいるから。教師が学校で偉そうなこと言ってても、基地でアメリカ兵とパンパンがキスとかしてると、その方がだんぜんリアリティがあるんですよ。


ただ、基地の町の大人にもいいところがあるんです。それは大儀に殉じるよりも、金儲けに走るところで、

村上

衆議院議員になった朴春琴・・・彼は日本の議会では「朝鮮人」と軽んぜられ、朝鮮側からは「民族の裏切り者」になってしまう。ああいう人にはなんだか共感できるんです。


「五分後の世界」を読んで、村上さんと小林よしのりは似てると思いました、(ファン掲示板に)とか書いてありました。


村上

キューバの好きなところは、たとえばキューバの人に、62年のキューバ危機のときに何をしてたとか訊くと、「なんだそれは」って言うんですよ。説明すると、そういえばそういうこともあったなあって言う。キューバ危機とかいわれても、俺たちキューバ人はずーと危機なんだと言うんです。食い物のないし、ソ連も崩壊して外貨も入ってこなくなったし。・・・でも、みんなニコニコしてる。


小熊

村上さんはいわゆる「日本」あるいは「共同体」という言葉で表現されるものを攻撃対象にしているんですけれども、実は共同体そのものを体現するような登場人物をあんまり描写されない。これぞ「ザ・システム」みたいな人が、ほとんどでてこない。


村上

就職したことないからわからない。(刑事物とか経済小説とかの内部抗争の話に興味ない。)日本的な共同体内部でのコンフリクトには、意味なんかないと思っている。


小熊

イジメ・・・シカトがいちばん高度というのはわかる。一神教の伝統がなく、おまけに宗教があまり大きな意味をもっていない現代の日本では、アイデンティの確認が、他者から認めてもらうという形態で行なわれてる。「誰も認めてくれなくても、神様が私を見ていて下さる」という回路が成立しない。「他人様」「世間様」だから。


小熊

(日本はダメになっている、みたいな言説はめちゃくちゃ)現在起きていることは、けっしてあるものが崩れて、「だめ」になってきたのではなくて、変化しているのだと思うんですね。それは特定の価値観から見ると、崩壊して、だめになりつつあると考えると思うんですけど、そう考えてしまうと話は終わってしまう。

すぐに「どうすればいいんですか」と、ソリューションを求める人たちは、彼らの理解可能な文脈のなかでの解決法を求めていると思うんです。もっとはっきりいえば、彼らがとらわれている歴史的にみれば一時的な文脈を永遠のものだと思いこんで、その文脈がもう実態の変化に合わなくなっているのに、自分の文脈に合わせて社会の方を「再建」する方法を求めているのだろうと思います。でも、問題はそういうことではなくて、崩れているのではなくて変わっているのだから、好むと好まざるとにかかわらずそれを認めた上で、実態に即して前のコードとは違うコードを組み立て直していく作業が重要だと



小熊英二vs島田雅彦

小熊

アジアとの連帯という文脈でいえば、右翼こそ戦後補償に積極的であるべき。「どういう事情があれ、皇軍が結果としてアジアの民に迷惑をかけたことは、日本の名誉のために謝罪する。日本人たるもの、見苦しい言い訳などするべきでない」という右翼が、いてもよいと思いますがね。


島田さんは、憲法以外に日本の独自性をうたう材料として、保守派が何を掲げられるのかというと、天皇しかないと言われましたね。しかし戦後の日本にとって、これもかなり苦しかった。

というのも、あのマッカーサーと並んだ写真を公表してしまった。あれは、もう天皇を掲げてみたところで、絶対にアメリカより低い位置にしか行けないということを、日本国民全員に宣言したようなものです。戦後日本の保守派は、こうした点からも、ナショナリズムの形成に失敗したんだと思います。

実際に、1953年には、日米交渉でアメリカに要求されて、防衛力の増強と愛国心の育成を約束させられていたりもする。



島田

テロに対する考えですが、むろんあらゆるテロは容認できないかもしれない。しかし、テロ対策においては、「テロリストに似ない」という方針を貫くべきだと思うんですよ。この間の報復空爆などを見ていても、これではアメリカは、ほとんどテロリストに自分を似せてしまっている。・・・、「イスラム原理主義者を叩くキリスト教原理主義者のブッシュ」という構図

小熊

冷戦体制下でも、「赤狩り」の言論弾圧などによって、アメリカの体制がソ連と似ていくという指摘がありました。

ナショナリズムに限らず、アイデンティティというものの特性として、反発する相手に似てくる。相手の反対のものとして自己を形成すると、ネガになる


小熊

実現可能性の有無という問題とは別個にいうと、天皇の革新的な政治利用という議論は、戦後もときどき囁かれたわけです。しかしそれに対する反論としては、確かにそういう機能を果たしうるかもしれないけれども、それに頼ってると日本の民衆や政府が、結局は天皇に依存してしまうという状況がいつまでたっても打開できない。だから日本の民衆や政府がしっかりして、ちゃんとした政治や外交をやることを目指すべきだという議論があった。


島田

むろんそう。天皇だって、政治から遠ざけたほうが、彼ら自身にとっても本当はいい。


しかし一方で、天皇家が実際に外交上で果たしてきた機能を考えて、それを一つの国家機関であるとみなせば、外務省の体たらくを考慮すると、その機関としての役割を果たしていただくという方法もあると思う

島田

逆にいえば、保守政治家は、ほとんどアメリカを前にはっきりとものが言えない。そうなると、憲法の原理原則に基づいて自分を規定して、独自の政治的姿勢をアピールする日本国の象徴というものが、政治家とは別個に必要かもしれないということです。

小熊

すると、「NOと言える天皇」ということですか。
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by mudaidesu | 2005-10-07 18:41 |


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