ダブスタ&ゼロサム


これはマジでメモね。疑問・不思議に思ってたりすることを考えながら、ちょっと書いとく。

ダブスタとゼロサムの二つは、ある思想傾向の特徴だと思う。どちらも、僕からすれば、基本的にはネガティブイメージ。

けど、ダブスタの方は、ダブスタ上等だ、コノヤロー!と開き直る強さを持つことを勧めたい。それでいいと思う。そもそも、ダブスタ気にしてたら、「愛国」なんて叫べないでしょう。ダブスタをダブスタと認め自覚し、それでもなお、そう感じざるを得ない強い感覚・実感・経験を素直に吐露しちまえと。それが強度だ。無理して論理一貫性を装うから、わけわからん、つまらん、魅力のない議論にしかならんのだと。ガキの言い訳のような屁理屈にしかならんのだと。

ここのコメント欄で「私としては、立派な右翼や保守の方々に、<嫌悪感→レイシズム→国粋>の順序で人びとを動員するのでなく、もっともっと落ち着いて高尚な「日本論」を語ってほしいです。嫌悪や憎悪や怨念まみれじゃなく、日本人についても他者についても、もっと愛情に満ち溢れた言葉で語ってほしい。他所や他人を引き合いに出さずに、日本や日本人のすばらしさを語ってほしい。実際、私は自分なりに、そうやって日本や日本人のすばらしさ、日本や日本人に対する愛着を語れます。知識なんていりませんよ(私ないですし)。論理じゃないですよ。日本で生きてきた「実感」(保守の語彙ですよ)で十分です。へタレハンニチサヨの私にできて、右翼や保守にできないはずがない。」と書いた。

というか、文句系、憎悪系、怨念系じゃない立派な保守・右翼の論者を誰か紹介して。バッシング・マーケットとは無縁の人を。僕の魂が揺さぶるような人を。僕の脊髄から脳のあたりを刺激しまくってくれそうな人を。


で、ゼロサムですよ。ゼロサム。基本的には、アホくせーと思うんですけどね。↑のダブスタと違って、ゼロサム思考にはなんの魅力も感じないんですよね。レイシスト的思考もゼロサムですよね。善悪二元論的なところがあって。陰の中に陽があって、陽の中に陰があってみたいなアジア文化の良さとは正反対の。善悪二元論は一神教の文化の専売特許だ、みたいな話もありましたが、そうでもないですねえ。善悪二元論はダブスタの温床でもありますな。

アメリカとの関係、中国・韓国との関係って話になるとゼロサム思考が顕著にでますね。中韓ともうちょっと仲良くしようって話になると、中韓の属国になるのか!って・・・。よほど日本に自信がないのかなんなのか・・・。

アメリカとのズブズブが100としたら、現在の中国となんて10程度でしょう。韓国は15くらい。だから、アメリカを70くらいにして、中国を20くらい、韓国を30くらいにしようぜ、って話でしょう。小泉前なんてもうちょいマシだったでしょう。せめて、小泉前くらいには戻そうよと。誰も、中韓を100にして、アメリカは20にしろ、なんて思ってないって。

というか、中国・韓国の軍隊が5万人近く駐留して、その経費に何千億も献上して、日本の空を中韓軍に優先的に使わせて、そのうえ、安保政策のみならず、経済・金融政策的にも中韓政府の言うとおりに「改革」していくようなことには絶対しないだろう。そこまで、中韓にやらせることに抵抗しないならまさに「売国」でしょう。属国ってのはそういう状態。というか、それでもまだ中韓はマシかも。だって、中韓はどっかの国と違って、日本人何百万人もぶち殺して正義の味方ぶってないし。そのどっかの国に媚びへつらうよりまだ抵抗ないかも。


あと、ゼロサムで有名なのが国際関係理論の(ネオ)リアリズムですよ。こっちは善悪二元論みたいな話じゃない。そういう善悪は完全に理論から排除されてる。国家の中身なんて関係ない。ケネス・ウォルツさんによると、国家はビリヤードのボールみたいなもんだそうですから。サイエンティフィックな理論です。ゼロサムだと、どっちも得する(win-win)なんてことはない。どっちかが得して、どっちかが損する。万人の万人に対する闘争っすから。そんなに国家の数ないけど。

はっきり言って、というか、素朴にこの概念はとっくに破綻してんじゃねーの?とか思うんですけどねえ。

おまけに、リアリズムによると、「国家だけ」が国際関係のアクターだそうです。個人や国際機関(国連など)や(多国籍)企業やNGOはアクターではない。なんてのは破綻してるでしょ。でも、実際には、そうでもないんですよねえ。学問の世界でも、ネオリアリストvsネオリベラル&リベラルでいまだに延々とバトルしてるようなんですよねえ。

現実の国際政治上でも、ゼロサム的思考は根強いですしねえ。日本の論壇なんてそんなんばっかですしねえ。でも、ゼロサム全開の日本の論壇の議論はリアリズムのかけらもないですしねえ。どーなってんでしょうか?


なにげにこの親和性は不思議ですねえ。
善悪排除のリアリズム的思考から導きだされるゼロサム。
善悪二元論的思考から導きだされるゼロサム。

わけわからん。

無理やり仮説:保守→善悪二元論的(ダブスタ)→ゼロサム=ゼロサム←リアリズム=善悪排除

リアリズムと保守が近いんじゃなくて、お互いの行き先のゼロサムが近いとか?

って、そんなシンプルな話じゃないっすね。なんだか、ゼロサム=攻撃的なイメージで語ってきましたけどそういうわけでもないですしね。保守やリアリスト=冷静って時代もあったし、リアリストはいまだに冷静(のはず)だろうし。そもそも、本当の保守って善悪二元論みたいな単純な議論は嫌うだろうし。ポピュリスティック(こんな言葉ないよね)な善悪二元論を嫌悪するだろう。

というか、最近はリアリストの方がゼロサムじゃなくて、win-winを模索してるような気がすんだけど。日米共に。というか、あまりに一部の勧善懲悪・善悪二元論的ゼロサム思考が酷くて、リアリストがびびっちゃってんのかな。

普通に考えれば、国益重視のリアリストなら靖国参拝には反対する。外交に善悪やら魂の問題を持ち込むな、と考える。ここで、当然予想される反論は、長期的に考えれば靖国参拝は国益になる、というものだろう。しかし、それはあくまで希望的観測でしかない。リアリストなら、そんな予測不可能な遠い将来のために、目の前の国益を犠牲にするなんて愚の骨頂だと考える。

そもそも、「長期的に考えれば国益にもなる」的な発想は、リベラルがリアリスト側にぶつけるものであった。リアリストがリベラルのナイーブなあまちゃん的発想を「国益にならん」と切り捨てる。それに対して、リベラル側が、「いや、長期的に考えれば国益にもなる」とリアリストの国益優先的発想を逆手にとって、素朴に反論した。国連重視や人権重視のほうが、後々、絶対得になるって!みたいな議論。ジョセフ・ナイの「ソフト・パワー」の概念なんてのもそれ系だろう。

というわけで、最近の日本の保守論壇の思考回路はリアリスト的ではなく、リベラル的なのではないでしょうか。(というかネオコン的ね。)リベラル的なのは思想の中身(人権重視や国際協調)ではなくて、(リアリストから見て)ナイーブあまちゃんな思考の回路(希望と現実の混同)ね。ちなみに、基本的には、僕はナイーブあまちゃんなリベラル的な思考回路で国際政治を見てますよ。

というか、「気にいらねー」「ムカツク」「許せねー」「気持ちいい」「スカっとする」みたいな感情が入っていたら、「好き」とか「嫌い」みたいなノリがあったら、即notリアリズム。だからなんなのさ、なんだけどね。


なんか、意味不明な文章になっちゃってごめんなさいね。見切り発車だったんで。いつものことですが。かなりわけわかりませんね。自分でも全然わかってないんで。自分のために考えながらなんで。説明も怠ってますし。いまさらですが。マジでメモなんで。


なんか、パーマンのことふと思い出しましたよ。今、突然。全然関係ないんだけど。手を繋いで飛ぶと、スピードが2人のときは2倍、3人だと3倍っておもしろいなあと。




というか、「小泉さんが靖国行って一番大喜びしてるのは中国・韓国の右翼・反日勢力ですよ。逆に、一番悲しんでるのが、日本人と仲良くしたい中国人・韓国人たちですよ。」と一昨日くらいに書いたけど、マジで、中韓の親日ピーポーのために靖国はやめとけって。もう遅いけど。

中曽根さんはそうした。圧力に屈したんじゃなくて、中国の親日派のために靖国参拝やめたんだって。

つか、そのうち、90年代後半のパレスチナ問題みたいになっちゃうよ。双方の強硬派や過激な連中が暴れまくって、双方の穏健派の立場がどんどん悪くなる、みたいな。構図としては同じ。というか、世界中の問題はみんなこの構図だけど。

相手側の穏健派が強くなる=自分たちの利益になる=win-win、を目指すなら、靖国参拝みたいなことやって相手側の強硬派を喜ばし、穏健派を窮地に陥れるのは愚の骨頂よ。あくまで、外交的にはね。

外交なんてどうでもいい、アメリカについてけばいい、ってノリの小泉さんからすれば、↑のことなんてどうでもいいんでしょうね。てめーの国内政治用のパフォーマンスに役立てば。相手の国の反日勢力を喜ばして、日本国内のナショナリズム煽って、自分の得点上げて、日本国内の政敵にダメージを与えられればそれでいいんでしょう。



靖国問題について
<フランシス・フクヤマ>論争 リベラル ネオコン フェミ
リアリストのリアリズム  イラク戦争反対
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by mudaidesu | 2005-10-20 13:42 | ナショナリズム


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