イラク人質問題 8  動揺

ここで触れた、人質になっていたドイツ人女性が解放されたようです。

イラクで拉致のドイツ人女性、無事解放 ドイツ政府発表  朝日新聞


ここで触れたアメリカ人は、ここでは殺されたとの報道でしたが、なんか射殺する映像を武装勢力側が出したみたい。

Iraq group posts video of U.S. hostage's 'killing'  Reuters



で、話は変わりますが、イラク人質バッシングは、人生で最も衝撃を受けた出来事の一つだった。人質事件が起きたときどう感じたか。とにかく、衝撃だった。やっぱり、日本人があんなことになると衝撃だった。誰が拉致されても殺されても悲しい話なんだが、かわいそうとは思うけど、正直な話、動揺はしない。

日本人が、となると、動揺した。これは驚き。人質事件のようなことが起こったことにもそれなりに驚いたが、自分が動揺したこと自体にびっくりした。やっぱり自分は日本人なんだなあと。同胞がああいうことになると、感じ方も変わるんだなあと。

バッシングしちゃった人たちも、ある意味、動揺したのかもしれない。そして、その動揺を自分なりに整理する方法としてバッシングを選んでしまったのかもしれない。被害者を他者化する、という方法で。自分とは違う、と切り離すという方法で。自分の中であの出来事を整理しようとしたのかもしれない。動揺してしまい、それをなんとかしようと、自分の中でとりあえず答えを出そうとした結果なのかもしれない。


あと、もう一つ僕が動揺した理由は、やっぱ、知り合いとかにNGOの人や、そういう道に進もうとしてる人がいたからかな。ジャーナリスト志望の人や元ジャーナリストの人もいた。元軍人で人権NGOやら援助NGO志望の人たちもいた。

(そういえば、元シオラレオネ(いつになっても国名を覚えられない)政府軍大佐がクラスメートにいたのを思い出した。あんまり細かい話はしなかったけど、頭キレキレだしとてもきちんとしたオッサンでした。こわい話が出てくんじゃないかとビビって、内戦の話はあまり聞けなかった・・・。シオラレオネといえば、国連平和維持軍数百名(ザンビア兵とケニア兵と国連職員)が反政府軍によって拘束されたことがありました。全員無事釈放されましたが。他の事件で殺された国連関係者はたくさんいる。)


話飛んだけど、なんかすごくシンパシーを抱いたんだよね。あの三人に。これは、バッシング当時、宮台真司が何度も何度も言っていたことに関係するかもしれない。↓


現地NGO活動について「今回行かなかったが自分もいずれ行く」「自分も行きたい」 「周りに行っている人が沢山いる」とのコモンセンス(共通感覚)さえあれば、「費用を 払え」は出て来ない。

逆に言えば「費用を払え」大合唱は、危険を顧みぬNGO活動に対し「明日は我が身」 と連なるコモンセンスを持ち合わせるかわりに、「奇人扱い」して切り離すだけの、国辱 的な民度の低さをさらけ出す。

元人質のうち二人が、同じ日にまず弁護士会館で日本人記者相手に、ついで外人記者ク ラブで外国人記者相手に記者会見した。二人の発言は同じだったが、記者の雰囲気が対照 的なのだ。

日本の国辱記者どもは「迷惑をどう思うのか」「謝る気はないのか」と頭を下げさせよ うとする。外国人記者たちは「よく帰ってきた」「ご苦労さん」という雰囲気に満ち、「明日は我が身」の想像力を示す。

日本の記者どもの国辱ぶりは、NGOで人命救援活動をする者を「奇人」としてカット アウトする民度の低さに留まらない。現地で記者活動をする者をさえ「賤民」としてカッ トアウトする大手メディアの堕落ぶりも同じだ。

・・・

「マスコミは第四の権力」(立法・行政・司法のチェック&バランス機関)が聞いて呆 れる。この「政府ケツ舐めメディア」ぶりを証明するのが、現地入りして取材する者らへ の「立場可換の想像力(同感可能性)の不在」という異常現象だ。

各国記者に散々尋ねられた。日本の記者どもの一種異様な雰囲気、政府の意に従わざる 者をあたかも非国民呼ばわりしかねない傍若無人ぶりは、何なのかと。私は日本の記者ど ものマヌケぶりによって恥辱を浴びたのだ。

右翼思想からみた、自己責任バッシングの国辱ぶり  宮台真司

宮台さん、少々暴走ぎみです。まあ、ほんとに宮台さんも怒り心頭だったようで。その後、安田さんと渡辺さんをvideonews.comに呼んだときも、宮台さん、二人を差し置いてしゃべりまくってました。本人も、のぼせちゃってごめんなさい、とか言ってたような。


僕自身は、自分の欲望に忠実に生きたいと思っていたし、自分にとって文明的で文化的な生活をしたいと思ってた。この場合の文明とか文化は、僕たちが日本や他の先進諸国で享受している消費文化のこと。人権NGOやら援助NGOとかに行く気なんてさらさらなかった。

第三世界とか旅行してても10日くらいで「文明」が恋しくなる自分を発見。現地の食い物も大好きなんだけど、一週間に一回くらいはマックやらピザハットあたりにおじゃましたりした。中東まわってたときなんて、イスラエルに行って、ほんと安心したというかホッとした。

そして当然、イラクなんかに行く、情熱も怒りも勇気も度胸も使命感もなんもない。そんな自分だからこそ、そういうものを持った人間たちがあんなことになっちまってと動揺した。そういう知り合いがいたからそれなりに自分と身近なことなんだけど、自分には絶対できなようなことをやっている人たちだからこそ、めちゃくちゃ動揺した。

おそらくね、高遠さんたちもこういう気持ちだったと思うんだよね。僕が彼らのことを心配したように、彼らはイラクの人たちのことが心配でならなかった。いてもたってもいられなかったと。僕なんて、イラクの人たちやその他世界中の人たちのことを心配したって、別に何をするわけでもない。高遠さんたちを心配したって、何もしなかった。高遠さんたちはなんかする人だったんだよね。

だから、ほんとショックだった。ああ、あいつら死んじまうのかあと。


ついでに、ネットでは、ボロクソ叩きがはじまってんだろうなあと。一応チェックしたら、まあ予想通り。驚きもなんもない。驚いたのは、 「イラク人質問題 5  雑感」でも書いたように、その後のメディアや政治家たちの反応。マジですかー、とポカーンとしてしまった。
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by mudaidesu | 2005-12-19 22:09 | イラク人質事件


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