正義論/自由論 寛容の時代へ


土屋恵一郎


正義と自由の問題。異なる利害と権利、価値観をもつ者たちが、どのようにして共に社会を構成し、共に生きることができるのか。一つの中心ではなく、多くの中心をもった、多焦点の社会で、複数の価値観や、人間の物語が語られる社会とは、いかなる社会であるのか。

ジョン・ロールズの正義論をとりあげることになるのは、アメリカ自身が、正義と自由の実験場所であり、思想そのものであったから。多数の人種、文化、宗教、性差別、そのすべての問題について、アメリカはまともに答えを出さなければならなかった。



松岡の『宴の身体』と、ハーバーマスの『公共性の構造転換』を、同じレベルであえて考えてきた。前者は、13世紀の日本であり、後者は18世紀のイギリスである。イギリスの18世紀にあった市民などというものは、13世紀の日本には存在しない。しかし、ここには、自分の存在を「無縁化」(デラシネ化)することによって、私人が「公共性」と「政治性」を獲得する過程が、ひとしく描かれている

野暮は、日本人がもっとも嫌うものだ。日本人の美意識のなかで、いちばん通俗的で、それだけに強いものは、「野暮」への嫌悪である。「野暮」と「粋」の美意識こそ、日本人の行動を規制

「野暮」という美意識は、私人間の関係のうちに、それぞれの人間のアイデンティティや特権をこえて、ハーバーマスがいう「公共性」が生まれていることを意味している。

「無縁」の人・・・どこにいっても、自分の世界を生きるのではなく、世界の複数性を横断して多元的に生きる、複数の行動ルールをもっていることへ


ジョン・ロールズの「正義論」は、きわめて抽象的な原理、立場を変えて批判者からすれば、虚構の原理から出発しながら、ケネディ政権以来の歴代のアメリカ民主党政権の政治綱領であったといっても過言ではない。


無知のヴェール

ロールズ

「この状況の本質的な特徴として数えられるのは、次のことである。誰も社会のうちで自分がどの位置にあるかを知らない。彼の階級も、彼の社会的身分も、また彼が、生来の資産と能力、知能、体力といったものの配剤にあずかる運を持ったかも知らない。さらに仮定するなら、彼は自分がいだいている善の概念がなんであるのかを知らず、自分に固有な心理的傾向がなんであるかも知らない。正義の原理はこの無知のヴェールの陰で選択される。これが保証しえいるのは、諸原理の選択において、自然の運の結果や社会的環境の偶然の結果によって、誰も有利になったり不利になったりすることはない、ということである。すべての人が同じ状況のうちにあり、誰も自分の固有な状況に都合よく諸原理を立てることができないのだから、正義の諸原理は公正な合意と交渉の結果であるのだ。」


最相葉月の言葉で「無知のヴェール」を説明

「正義論」が物議を醸し続けているのは、ジョン・ロック以来の社会契約論の発想を引き継ぎ、原初状態として「無知のヴェール」というモデルを設定したことである。これは、まず自分が、社会的身分も資産も性別も経歴も生きてきた過去もすべて、すなわち自分のアイデンティティを一切知らない無知だと仮定するところを出発点とする。しかしながら、自分は自分以外のことはすべて知っていて、たとえば人種や階級による差別があることや、飢餓によって苦しんでいる人々がいることはわかっていることも条件とする。そのような立場にある自分が、他人の利害には無関心で自分に有利な条件だけを追求すればいいいとき、いったいどのような正義の原理を選択するか、という仮説である。

いいかえてみよう。私は、自分が男か女か知らない。どこの国のどんな人種かも知らないし、会社の社長なのか無職なのかも知らない。ただ、私は世の中には男も女もお金持ちも貧乏人もいることを知っているし、治療法のない遺伝病で苦しむ人がいることも知っている。テロも宗教対立もゲノム社会の到来も知っている。価値観も判断力も十分備わっている。ただ、自分については何も知らない。そんなとき、私はどんな社会を願うかということだ。

ある特徴をもつ人に有利な特権を与えたり、逆に不利な立場に追い込んだりすることはないからである。


ロールズの正義論の魅力は、他者とともにこの世界を共有していることを、自明の前提として論じることなく、あくまでも「原初状態」からの条件のなかで示してみせたことである。ここでは、私たちは、他者への同情や情緒から、他者との共生を考える必要がない。私たちの自由が、神からの施しではなかったように、他者へのかかわりが、社会による施しであるわけがない。それは私たちの選択と自発的なコミットメントによるものなのだ。


ロールズは、そもそも生まれながらの資質というものを否定してしまう。天才を否定する。もし、そうした天才を主張するとしても、多くはその人間が生まれた環境、幼年期の幸運に由来するのだという。

生来の資質といっても、社会のなかでの、他人との社会的協働なしにはありえない。そこでは、むしろ、その才能は、社会の「共通資本」である。その才能によって得た有利は、才能がないゆえに不利な立場にいる者のために配分される必要がある。


生来の資質というものを、正義の原理のもとでは、絶対的なものではなくなる。そこでは、ロールズは、実力主義というものを認めないのだ。

むしろ、実力主義という競争原理を認めてしまえば、この社会の不平等はいつまであっても解決することはでない。

ロールズの政治哲学が、もっとも刺激的で現代的であったのは、この競争原理への留保と、功利主義への批判である。(ロールズは競争原理そのものを否定しているわけではない。)

異なる才能と資質をもつ人間によって社会が構成されている以上、ロールズは、社会が不平等を結果として生み出すことは否定しない。ただ、その不平等の結果を、競争のなかで敗れ去った者の状態を有利にするために使われるべきであるという。

競争への条件は、競争の公正な機会の均等である。

競争そのものを否定しないのは、社会の活力を保持するため。

フェミやポストモダンからの批判。


相互の自由と平等への配慮によってのみ、コミュ二ティは成立する。私たちが、ロールズの正義論から学ぶことができるのは、このこと。

また、その場面で、私たちは共同体論者とわかれるのだ。

共同体論者の決定的な過ちは、いつでも共同体独自の価値を設定してしまうことである。強固な中心のもとでの共同体を構想してしまうことである。

私たちは、そうした立場をとらない。私たちの立場は、「中心なき統一性」と。あるいは、「中心なき共同性」と。



「無知のヴェール」では、平等な自由への権利を私たちは選択せざるをえない。他者の姿は私の姿である。この相互性を基盤にして、相互の立場への配慮が生まれる。



ロックが、「良心の自由」、「信仰の自由」を、公的な権力から独立した世界であるとした時、そこに「プライバシー」の世界がひらかれた。私的な世界である。

ジョン・ロックの「寛容論」は、そこでは、たんなる宗教上の寛容の問題ではなく、社会のうちには、誰も関与することはできない、「私的」な世界があることは、あきらかにした上で、自己決定と自己責任による個人の自立というものを、はっきり理論的に確立した。

「私的」世界のうちでの、自己決定の権利を確立したことは、ロックという思想家を理解するという学問的意義にとどまらない、歴史的事件である。ほんらい、モラルは公的なものであり、共同体に基礎をもつものであるとされていたのに対して、私的なモラルの次元をひらいたからである。

しかし、そう簡単ではなかった。私的なモラルは、つい最近確立されたもの。もっとも的確な例は「同性愛」の問題。

イギリスでは、1861年まで、同性愛が発覚すると、最高刑は死刑。その後終身刑。同性愛を完全に合法化したのは1967年。

とりわけて、「同性愛」に対する処罰として、残虐をきわめたのは、「ピロリー」といわれる、「さらし刑」であった。

勇敢な政治家エドモンド・バークは、下院でこの「ピロリー」の廃止の論陣を張ったが、それはただ独身者バーグに対して、「同性愛」という中傷を引きおこすだけであった。

功利主義哲学の父祖である、ジェレミー・ベンサムは、この「同性愛」に対する法律を非難する膨大なノートを書いていたが、ついに生前は発表することはできなかった。ベンサムの論点は、ただ一つ。まったく「私的」な世界のことに、なぜ公的な権力が介入するのか。


共同体の暴力

エドワード・P・トンプソンは、この共同体の爆発を、「ラフ・ミュージック」・・・。「ラフ・ミュージック」の定義・・・「『ラフ・ミュージック』とは、共同体のある種の規範に違反した人々に対し、儀式化した形態で行なわれる敵対行為を指すために、一般的に用いられる用語である。」

こうした共同体からの攻撃のきっかけとなるのは、極めて「私的」なことである。夫婦間の問題・・・妻を寝取られた男、夫を殴る妻、妻のご機嫌をとる夫、などなど。

こうした「ラフ・ミュージック」的な世界のなかで、ジョン・スチュアート・ミルが、他人の権利、身体、利益を害しない限りにおいて、自分の身体に対してどのようにかかわろうと、またどのような思想をもとうと、それはその人間の自由である、といいきったのは大いなる勇敢さである。

共同体が自分の一体感を確認するのは、まったく私的な事柄であるにもかかわらず、それを公的な次元に引きずり出して、嘲笑し、なぶり、時には、暴力をふるうときである。

「スケープ・ゴート現象」がここに生まれる。全員が石をもって、一人の人間をほふるのだ。その一人人間を否定することで、人々は一体感と自分たちのモラルの確認をする。

社会の欲望こそが、「ラフ・ミュージック」のなかにその典型があったように、その対象となる餌食を求めて、蠢く。

社会の欲望が先に待ち構えていて、「忌み」される対象は、あとからやってくるのだ。



無知のヴェールを世界全体にあてはめると

つまり、自分がどの国に生まれ、どんな政治状況のもとに生まれるのかについて、まったく無知であった場合、私たちは、必ず、平等な自由への権利をすべての国に求めるだろう。


エドワード・サイードは、「知識人とは何か」で、危機を普遍的なものととらえ、特定の人種なり民族がこうっむった苦難を、人類全体にかかわるものとみなし、その苦難を、他の苦難と結びつけることである。

「無知のヴェール」のもとで選択される、平等な自由への権利は、効率主義や功利主義に反対していた。たとえ、効率的ではなく、世界の功利性には反しても、私たちは、他の民族の苦難を解決することを選択するのだ。

たとえば、社会における権利の権限や環境問題の放置を、経済効率を理由にして正当化している、中国や東南アジア諸国に対して、ロールズの正義の原理を適用すると、どんなことになるだろう。おそらく彼らは内政干渉であるというにちがいない。実際、歴代のアメリカ民主党政権がとってきた人権外交は、経済問題と人種問題をだきあわせにして、展開されてきた。それが内政干渉であるとするならば、私たちは、中国内部の、たとえば、1995年に北京で行なわれた、「世界女性会議」が赤裸々にしてしまった。中国内部の少数民族への迫害や女性への差別について、まったく発言することはできなくなってしまう。


当然に、私たちは、発展途上国における経済効率の制限とひきかえに、私たちが、なんらかの補償措置をとることを求められるにちがいない。もっとも不利な立場にいる人間に対して、有利な立場にいる人間は、その有利さを配分しなければならないのだから。

また、平和維持活動のための人員の派遣も求められるだろう。

つまり、ロールズ的原則のもとで考えれば、外交はリアル・ポリティックスの次元でのパワー・ゲームではなく、かならず理念的にならざるをえない。


1990年代の日米の貿易交渉においても、一方において規制の緩和をもとめながら、他方において、日本市場におけるアメリカ製品の市場割当をもとめる、ミッキー・カンターをボスとする通商代表部の論理の背景には、ロールズの原理が、見事に働いていると思えてならない。

つまり、平等な自由への権利を前提にして、公正にして均等な機会(規制の緩和)を求めながら、もっとも不利な立場にいる者に、有利な立場にいる者はその有利を配分しなければならない、という原理(格差原理)である。

ロールズは、実力主義を否定していた。市場の自由競争という、古典的な市場の原理を否定したのだ。もし、古典的な市場原理の立場に立つならば、けっして競争は公正に行なわれることはない。

ただ規制緩和という足かせを外しただけではだめだ、といっているのである。足かせをはめられていたために、40ヤードも遅れてしまった。この遅れてしまったままで、競争を再開しろというのは理不尽である。足かせがあったために遅れた40ヤードを、具体的な市場割当によって、まず回復した上で、競走を再開しろといっているのだ。

日本側は、アメリカが、一方で規制緩和をいいながら、他方で、市場割当という管理貿易を主張するのは、矛盾しているというのだが、ロールズ的原理のもとでいえば、けっして矛盾していない。

もし、日本が、アメリカの市場公正原理に対抗して、自由競争の原理を採用するというのならば、それを理念として提出すべきである。そこでは、当然、その理念の実現を迫られる。規制の完全な撤廃を迫られる。

それを躊躇している日本が、アメリカの市場公正原理を批判することはできない。少なくとも、アメリカの主張を傲慢であるとはいえない。むしろカンターの主張の正統性を認めた上で、利害の調整をするしかないのではないか。



近代の日本が経験した戦争の歴史は、・・、「天皇」を中心とした物語を完結するための子殺しの歴史でなかったのか。「天皇」への忠誠の名のもとに、いかに大量の「赤子」が犠牲になったのかは、誰でも知っていること。


「寺子屋(歌舞伎)」と「エホバの証人」の輸血拒否事件が教えるのは、共同体の本質的な悲劇性である。共同体がその完成のために、例外を許すことなく「死」を求めるところに、人間の自由というものは存在しえない。


考えなければならないのは、「エホバの証人」という共同体のあり方は、けっして特別なケースでもなければ、いかがわしいものでもなく、共同体のあり方のもっとも本質的な姿であるということだろう。悲劇性こそ、共同体の本質であり、中心であり、魂である。

19世紀以降のリベラリズムの歴史は、この悲劇性から社会を解放する運動であった。

1985年の少年の死から今日までの過程で、「エホバの証人」の輸血拒否をめぐる社会的状況はかなり変化してきている。裁判の判決においても、輸血拒否を宗教上の信念としてこれを是認する判例が出てきている。日本の社会が、異なる価値を持つ者たちを受け入れようとしている。この他者の練習こそ、社会を本当の成熟に導くものである。


ミル以前の自由の原理は、支配される多数者と支配する少数者との階級対立のなかで、支配者からの自由ということが主眼であったのに対して、ミルは、同時代のうちに、むしろ大衆という多数者の支配を見て、そこに近代の問題を発見しようとしている。かつては支配される者であった多数者としての大衆が、今はむしろ支配者となり、社会全体に対して、多数者と一体になることを求める。

この多数者による同一化の暴力を批判することが、ミルの「自由論」の大事なポイントであり、ミルの時代以上に、私たちの時代にこそ、私たちが声をあげていわなけらばならないことである。ナチズムが少数者の暴力によって政府を樹立したのではなく、大衆の圧倒的な支持のもとに政権を掌握したことを、私たちは忘れてはならないのだ。

ミルのリベラリズムは、この中心に集まれという形での思想ではなく、多中心社会のダイナミズムを生み出すためのリベラリズムであったのだ。


「エホバの証人」の輸血拒否に対して、医療の現場で対応マニュアル・・・社会の側が、いかに「エホバの証人」と付き合おうとしていることを示す。

他方、「エホバの証人」の側にも、社会との関係を調整しようとしている姿を見ることができる。

信者の意思に反して強制輸血された場合でも、それは信者の意思を無視しているので、信者の意思と動機においては、けっして信仰を破ったことにはならない。

そこで、それならば病院の側は、医師の良心に従った強制輸血をしてしまえは、信者の生命も守られ、信者の信仰を破ることはないのだから、強制輸血をしてしまうほうが、信者のためにもなるというのだが、私はこれには反対。

「エホバの証人」が、血を食べてはならないという宗教上の規範に対して、例外をもうける仕方からは、彼ら自身が社会との関係を調整しようとしていることがうかがえる。その努力を、社会の側が逆手にとって、むしろ「エホバの証人」の側の努力をあきらめさせるようなことはしてはならない。


「エホバの証人」が採用している、厳格な規範に例外をもうけて信仰をまもろうとする仕方は、カトリック、とりわけてかつてのイエズス会がいっていた「決疑論」(ガズイスティック)における「心内留保」と共通もものがある。心のうちで違うことを考えていて、本当は違うのだけれど周囲の状況で仕方なく、なにかをしたり言ったりしても、後でその行為と言葉に責任をとる必要はないというように理解

現実との戦いのなかにある宗教にとって、厳格な宗教上の教義との折り合いをつけるためには、なにかが必要であったのだ。

17世紀のフランスの哲学者パスカルの著「プロヴァンシャル」は、その第九の手紙のなかで、このガズイスティックを猛烈に批判して、それは虚言と偽善によって、信仰を空洞化することに他ならないともいっている。

しかし、法律家にとって、ここでのカズイスティックは実によくわかるのだ。事実、法律家はこのカズイスティックから法律的思考の仕方を学んできたといってもいい。



ミルの宗教の寛容論をロックのそれと区別するものは、キリスト教以外の宗教に寛容の適用範囲を広げたこと

ミルの「自由」全体は、この「多様性」の倫理学であるといってもいい。



「受胎告知」の政治学


中絶反対派・・・宗教が、女性の領域である、妊娠、出産の場所で、発言権を主張できるのは、それが「生命」の領域であり、その「生命」は神とかかわるものとされるからである。

神の御業に、人間の所業が加わってはならない。そこでは、妊娠をめぐる社会的問題や、そもそも妊娠の出発点である女と男との性的関係の問題がまったく抜け落ちている。神と子どもとが直接向き合って、妊娠した女性も、その相手である男も、まったくその神と子どもの関係から外されている

この世界は、まさしくキリスト教の「聖書」にあらわれ、ルネッサンスの画家たちが好んで取り上げた「受胎告知」の世界である。



信教の自由とプライヴァシーの権利として妊娠中絶を容認することは、アメリカにおいて必ずしも女性の自由のための方法とはなっていない。それはキリスト教団体の過激な反妊娠中絶運動とも関係があるが、1990年代のアメリカの政治と司法の状況は、あきらかに妊娠中絶について保守化している。たとえば、国庫から援助を受けている病院における妊娠中絶を禁止したり、公立病院における妊娠中絶を禁止したりする傾向である。

その場合の論拠となっているのは、もし妊娠中絶がプライヴァシーの権利として、個人の問題であるならば、国家がその問題に介入すべきではないという理屈がなりたち、さらに宗教上の自由が根拠があるならば、妊娠中絶に反対する宗教とその信者たちにも同時に権利があることになって、その宗教をも尊重して税金を妊娠中絶のために使うべきではないという理屈も成り立つ。要するに、国家はこの問題に対して中立であるべきだという理屈である。

このことは、妊娠中絶をしようとする貧困階層の女性にとって深刻な問題である。

このことを予期していたアメリカのフェミニストたちは、プライヴァシーの権利という一般的=消極的理由で、妊娠中絶を容認することに反対している。

日本の場合、「母体保護法」上、現在、二十二週未満の胎児を中絶することは容認されているが、依然として刑法上は「堕胎罪」が存在し、女性に対しての一方的な犯罪を規定する条文が存在する。また水子供養といった形で、どこの寺院もお金を集め、女性に対して罪の意識を強要している。また医療機関においても十分な心身のケアなしに妊娠中絶がまるで裏の仕事のようにして行なわれ、それが女性に対して一種の心理的外傷をあたえることになっていることを考えれば、私たちも、アメリカでの議論を現実からの教訓としてとらえ、社会における寛容の道を探っていく必要があるにちがいない。

妊娠中絶を女性の積極的な権利として容認するために、フェミニストがとる理論の構成は様々であるが、ここではコーネルの論文「身体の統合と妊娠中絶の権利」を紹介しながら、プライヴァシーの権利と信教の自由という論理とは異なる道を見ておくことにしよう。

コーネルは、妊娠中絶の問題を、個人としての女性の問題として考えることに反対している。むしろ、そこではコーネルは、共同体のなかの個人として、つまり妊娠をめぐる男女の問題、貧困の問題、家庭の問題といった、社会の関係のなかに存在する女性の問題として妊娠中絶を考えようとする。その限りでは、コーネルは、共同体主義であると自らいっている。

自立した個人の選択の問題ではなく、社会の関係のなかで中絶を選択せざるをえない者たちの問題であり、

その前提に立つ時、コーネルの文章には、社会運動家としての実際の体験を背景にして、妊娠をめぐる階級的、人種的差別の問題がはっきりと出させるが、ここでは、妊娠中絶禁止が、女性の身体の統合を破壊することにある、というコーネルの主題に焦点をあてることにしよう。

コーネルは、この長い論文を簡明に要約する言葉として、次のようにいっている。

理解されるべきは、妊娠中絶も権利の否定は、女性の自己感覚への重大な象徴レベルでの攻撃である、ということである。なぜならば、それは女性が身体的統合を見いだすことをおびやかし、女性自身から女性の子宮を分離することで、女性の首尾一貫した姿を否定する他者の手に女性の身体を置くことになるからである。

ジャック・ラカンの「鏡像段階」を利用


コーネルの思考のなかには、とりわけてアメリカにおける移民の貧困階層の問題がある。彼女たちに代表させる、社会的な弱者に対して、法はただ恐怖の場所へ送り込む役割しか果たすことができないのか。

そのためには、コーネルは、いかなる場合にも妊娠中絶を認めるべきであるという。なぜならば、妊娠初期に妊娠に気づくとは限らないから。

妊娠は、ここでは単に、個人のプライヴァシーの問題ではなく、社会全体の問題である。社会自身が、女性の人生の決定権に対して、それを尊重することが求められる。ただ、その問題を放置するのではなく、安全な妊娠中絶が出来る、社会的、法的準備がなされなければならないことにある。


障害が見つかった場合の選択的中絶の場合はどうなのか。私は選択的中絶も、女性の人生の決定権を優先して認めるべきであると思う。

アメリカの妊娠中絶支持派のフェミニストのなかには、このことに関して留保条件をつけている者がいる。つまり、社会施設の整備、社会的ケアが確立した場合には、選択的中絶を必ずしも認めないという立場である。

妊娠中絶の問題は、社会の差別や育児、教育に際しての、社会の側の準備と関係づけて考えなければならないのだ。

障害をもった子どもを産みたくないという決定をする場合に、おそらく女性は現実の障害者への排除や差別など意図していない。むしろ社会の差別の現実や社会的ケアの不足が、彼女を中絶へと追い込んでいく。
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by mudaidesu | 2005-12-23 01:16 |


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