護憲と印象と布教


いきなりだけど、「護憲」はやめたほうがいいと思う。今のところ世論調査では9条堅持の方が多いかもだけど、いよいよになったら、あっさりと逆転されると思う。














ダサダサの僕が言うのもなんだけど、「護憲」じゃダサイ。「守る」じゃ負ける。「9条を守ろう!ブロガ―ズ・リンク」もそうだけど、「keep」とか「never change」だと負ける。イメージ的に。今の日本じゃムリ。残念ながらそれが現実。今後しばらく変わらないと思う。

「守る」じゃ、イメージ的に「保守」や「守旧」になる。「頑固に守る」なんて言ったら、化石オヤジみたいなイメージ。

世間は保守化・右傾化してると言っても、確信犯的な「保守」や「右」じゃない。ウケてるのは革新的な右。既存の枠組みや常識を打ち破る右。あくまでイメージ的に。保守本流こそが保守のような気がするけど、保守本流は全然ウケてない。ウケてるのはネオリベだったり、歴史修正主義的だったり、排外主義的だったり。重要なのは右とか左じゃなくて、「新しい」という印象。「今までと違う」ってイメージ。

中身はどうでもいいってわけじゃないが、中身だけじゃ話にならない。イメージ勝負は重要。













イラク人質問題 9  自衛隊撤退」で書いたように、僕は護憲じゃないから余計なお世話なんだけど、護憲派にはもっとしっかりしてもらわないと。不甲斐無さすぎ。イデオローグの人たちは、正直、ヘボイ。尊敬できる人たちなんだけど。僕が尊敬できても、他の人がそうじゃなかったらしょうがない。世間にウケなきゃ意味がない。

アピールの仕方を根本的に変えないと。これはずっと前から思ってた。子どものころから思ってた(大げさかも)。ちょこちょこ書いてきたけど、アンチ・サヨのみなさんの気持ちがよくわかるんよ。アンチ(反)がいても、プロ(親)がたくさんいて、次から次へとリクルートできてるなら全然いいけど、そうじゃないし。国民の多く、そして世界中の人々を洗脳するつもりなら、今のままじゃ全然ダメ。
 
アーティストはいないのかと。アートアートしてたらマニアックになるだけだから、みんなに理解できてウケるようなイメージ作れる奴はいないのかと。というか、必要なのは芸術家じゃなくて、広告屋か。というか、みんな動員すべき。奈良美智も坂本龍一もみんな。奈良とか坂本がウケるかどうかわからんけど、とにかく、なんでも使うべき。












守りはやめて、攻めないと。ディフェンスよりオフェンスのほうが楽しい。かっこいい。世間的には。イメージ的には。今の日本じゃ。シブくてオッサンくさいベテラン選手のディフェンスの妙技を味わえるような人ばかりじゃない。川相や巨砲(おおづつ。相撲)でおなかいっぱいになる人なんてほんの少し。たとえは微妙だけど、やっぱ、キレキレのオフェンスのほうがやってても楽しいし、見てても楽しい。

憲法を使うとか、活かすとか、そういう路線で行ったほうがマシだと思う。これもなんかダサイけど、カッコイイのが思いつかない・・・。ごめん。












論じ方もクールにしないと。リアリストぶるのもいいと思う。小熊英二なんか、スカしたかんじで護憲してる。変えても得にならないっすよ、ってかんじかな。リアリスト風。内田樹なんかもスカしてリアリストぶって護憲してる(個人的に、この人の文章はしっくりこないけど。「高校デビュー」(こんな言葉がいまだに存在するのか知らんけど)みたいなイタさを感じる。キレるのはわかる。よく知らんくせにエラソーですみません)。

というか、「ニッポン 旧ユーゴ 虐殺 国連 その他」 でちょっと書いたけど、9条の精神は冷徹なリアリズムだと思うし。日本の国益最優先。自衛隊と条文の整合性がインチキだろうとズルかろうと、得になればいい。リアリズム。そして、だからこそ、僕が9条微妙と思うわけで。リアリズムなら、リアリストっぽく論じるのも十分普通。(別に9条に理想主義的なところがあることは否定しないし、そうだとも思う。)












「平和の問題」とかよく言うけど、その語り口だけで鳥肌(悪い意味で)立っちゃう人もいる。僕は嫌じゃないけど、これじゃ嫌がる人が結構いるだろうなあとは感じる。別に、他人に配慮する必要もないし、その語り口を浸透させてやるという気概も悪くはないかなと思いつつも、そんな悠長なこと言ってらんないんじゃないの?って気持ちもある。それにそんな気概も感じないし。自分がそういう語り口をしたいから、そうしてるってだけにしか見えない。そういうノンキな姿勢で大丈夫って時期はとっくに過ぎたような気もする。

目的があんなら、戦略的に論じるべき。現状じゃ、ヤバイ状況じゃ、内輪ウケするだけの語り口じゃムリ。信仰確認じゃダメ。信仰確認的な語り口はもう完全に飽きられた。あちこちでちょろちょろ書いてきたけど、失効した。これからは、斬新な布教モードが必要。













というか、ここ数十年、布教はほとんどいらなかった。そうだよ、布教の経験ないんだよ。だからこその「守る」か。恵まれてた。はじめてのお使いみたいなもんか。しっくりこなくて当然か。大昔のキリスト教徒やイスラム教徒の気合いから学ばないと。じっくり学んでる時間はない。

というか、小熊や内田でも「護憲」。所詮、守りの議論。攻めなきゃ。攻めてる論者はいないのか?威勢のいい奴いないのか?ぶっとんだ奴が出てきてほしい。おもしろい奴が出てきてほしい。

テキトーに言ってますが、ごめんなさい。言うだけなら簡単です。すみません。いや~なことも書きましたが、ごめんなさい。偉そうで、すみません。「あえて」です。愛です(涙)。














憲法9条改定論議の整理
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by mudaidesu | 2006-01-12 00:53 | ニッポン


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