イラク人質問題 12  自己責任 ③


とまあ、「自己責任」とあのイラク人質問題について細かく考えてきたけど、結局、ロジックの問題じゃないんだよね。あちこちで何度も書いたけど、バッシングってのは情緒的なもの。ロジックの問題としてウダウダ考えてもあんまり意味がないというかなんというか・・・。アホらしくなってしまう。気にいらねー人は気にいらないもんだし。ムカツクときはムカツクもんだし。そういう気持ちはわからんでもないし。それが人間だし、人間のおもしろいところでもある。


イラク人質問題 10」で「結局、自己責任・・・なにが言いたかったのだろう」について書いた。それ系の話をまた。一応、「イラク人質問題 10」のところでは、「自己責任」というボキャブラリーを使って、人質本人たちを叩いてたメディアや知識人についての話。

ここでは、一般人とかの言ってた「自己責任!自己責任!」について。もう少し、というか、かなり雑というか、「ぶっちゃけ」的な話。ぶっちゃけ、「自己責任」ってどういう意味よ?と。人質本人たちを「自己責任!自己責任!」と言って叩くけど、ぶっちゃけ何が言いたいのよ?と。


「自己責任で行ってるとは思えない」とか「人質は自己責任をわきまえてない」みたいなこと言う人がたくさんいた。ほんとたくさんいた。

けどさ、意味不明。はっきり言ってわけわかんない。そもそも、当たり前の話だけど、失敗して悲惨な目に会うのは自分自身なわけで。失敗したときに、別の誰かが代わりに悲惨な目に会ってくれるわけじゃない。他の誰かが代わりに死んでくれるわけでもない。そんなことも考えないで連中がイラク行ってたわけない。考えるも考えないも、当たり前のこと。


「あれは自己責任。」って言って終わり、って人もたくさんいた。「自己責任」と言うだけで、人質本人を理性的に批判した気分になっていた。「自己責任!自己責任!」と叫ぶだけのバッシング。意味不明。だからなんだよと。

自己責任だから、助けるな?
自己責任だから、口出すな?
自己責任だから、謝れ?
自己責任だから、文句を言うな?
自己責任だから、金払え?
自己責任だから、死んでもいい?
自己責任だから、なんなんだよ?


ようするに、「自己責任。」と言うことによって、何が言いたいのか。人質本人を叩くさいに、「自己責任」と言うが何を意味してるのか。「自己責任」で終わりにしてちゃ意味がわからない。

「助けるな」なんて、というか「助ける努力をするな」なんて堂々と公の場で言える人はいないだろう。「口出すな」って、家族が?口出すのは家族の勝手だし。そんなことは当たり前なわけで。まともなロジックではありえない。というか、それって人質と関係ない。人質を叩く理由にならない。「誤れ」って、人質は拘束中だし。家族に言ってるなら別にいいけど、人質には関係ない。それに、人質の自己責任なら家族は関係ないし。「文句を言うな」って、人質は拘束中だし。「金払え」って、警察や消防に金払う奴いないし。そのために税金払ってんだし。「死んでもいい」って、そうだね。じゃなくて、その発言はありえないし。


「自己責任!」とか言って、ツバは吐きながら人質本人たちを叩いてた人に、「だからなんだよ?自己責任だからなんだよ?」と面と向かって冷静に聞いたら(そういうことしたくないんだけど)、たいていトーンダウンした。ネットならまだしも、堂々と他者の目のあるところで、「死んでいい」とか酷いこと言えないし。結局、「しょうがない」くらいしか言えない。詰問するようなことはしたくないんだけど。そんなことしても、ますます人質たちが憎くなるだけだし。そういうもん。


そういえば、「自己責任だから、自衛隊撤退するな」ってのもあったな。でも、意味不明。じゃ、自己責任じゃなかったら、自衛隊撤退はアリなのかと。たとえば、ヨーロッパあたりの豪邸で寝てた日本人が拉致され「自衛隊撤退しろ」とやられたら、撤退するのかと。

ただまあ、「自己責任だから、自衛隊撤退なし」みたいな議論は、感情の問題としては有効だった。「イラク人質問題 5」で、


ネット外では、政治家・メディアは・・・本音はどうあれ、後のパウエル発言のように人質本人たちには敬意を示しながらも、自衛隊撤退はできないと冷静に主張するだろうと僕は予想してた。というか、そうすべきだった。・・・

やっぱり、「人質への敬意を示すが撤退は無理」という議論では弱い。だから、「人質は無謀で迷惑で非難されるべき。ただでさえ撤退は無理、こんな人間のためにはなおさら無理」という議論(政府責任回避にも使えるし)で行こうと戦略的に考えたのではないかと。・・・

ようするに、「こんなダメな連中のために国策を犠牲にするわけにはいかない」ということを世間に説得しようとした。


と書いたけど、「自己責任だから自衛隊撤退ナシ」みたいのは、「こんなダメな連中のための自衛隊撤退はナシ」ってことだったんだろう。わかりやすいといえば、わかりやすい。



はやい話が、「自業自得!」って言えばいいんだよ。自業自得。それなら言いたいことわかる。「事業自得」ってのは、「わーい!ざまーみろ!」ってことだろう。ならわかる。正直でよろしい。「自己責任 10」で、「『自己責任自己責任』ってのは、お!自分の感情を正当化できるぞ、とか、お!叩くのに都合のいい言葉めっけ!ってな話。一般人は、お!下品に叩くより、これでもっともらしいこと言えるぞ、と思い、政府を守りたい人たちは、お!政府責任回避に使えるぞ、と思っただけ」と書いたけど。




あと、自己責任論で一番おかしかったのは山形浩生さん。


でも個人が負担する責任があることは絶対否定できないんだよ。国民の多くはそれを知っている。ぼくたちパンピーは、現に自分のヘマの責任はおおむね自分でとってるもの。それを無視した自己無責任論は、どんな高尚な理論に基づこうと説得力はそもそもまるでない。

・・・

そしてもっと大きな問題。自己責任否定論者は、それがその責任の裏返しの自由を否定しかねない議論だとわかってるの? この期に及んでイラクに出かけていったトホホな元人間の盾の人がいる。自己無責任論を主張するなら、あの人物を邦人保護の観点から国が責任をもって拘束しろ、という議論は十分に成り立つのだ。ぼくはそのほうがずっと怖い。

自由には必ず責任伴う 山形浩生(評論家)  朝日新聞


なんなんだろう。誰と論争してるつもりなんだろう。どこに、「自己無責任論を主張」してる人がいるのだろう。ほとんどの論者はそんなこと言ってないと思ったけど。そもそも責任なんて何%誰々にあるなんて計算できるわけじゃないけど、「人質本人たち責任ゼロ」なんて言ってた人こそがゼロでしょ。

「なんでもかんでも、人質本人たちの責任にすんな」(「イラク人質問題 10  自己責任 ①」)と言ってたわけで。そんな単純な話にするなと。「政府にも責任あんだろ」と(「イラク人質問題 11  自己責任②」)。つか、責任がいかほどだろうと、被害者なんだし、人質や家族をバッシングするのはやめろって言ったてわけで。「自己責任論」なんて人質バッシングの方便でしかないだろって言ってたわけで。山形浩生って、もっとちゃんとした議論する人かと思ってたのに。


山形浩生の文章の他の部分についてはこの方のがおすすめ。↓

自由には必ず責任伴う 山形浩生  + C amp 4 +



というか、「自己責任!自己責任!」と言ってた人は、山形さんみたいな感覚だったのかな。だから「自己責任!」って言って終わりなのかな。人質を擁護したり、バッシングすんなと言ってる人たちは「自己無責任論」を主張してると思ったのかな。↑でも言ったけど、悲惨な目に会うのは自分自身なんだから、自己責任もへったくれもないと思うんだけど。そんなことは百も承知だろ。

ようするに、「自己責任!自己責任!」の言説を使う人の頭の中には、「人質100%責任 vs 人質0%責任」って図式があったのか。

何度も言ってるけど、そんな単純な話じゃない。加害者が存在した事件。人質たちは被害者。あの事件は天災じゃない(天災だって、100%の責任にはならんと思うけど)。イラクは戦争状態(これも天災じゃない。人災)。自衛隊派遣もあった。自衛隊撤退要求もあった。などなど、超複雑。


なんか、パート12まで書いてると、話が重なりまくって、同じこと何度も言ってる。けど、気にせず、これからも同じこと書いてくと思う。
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by mudaidesu | 2006-01-16 03:06 | イラク人質事件


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