95年以後の日本社会論を発信せよ by 東浩紀


「論座」2月号

アメリカで「嫌韓」についていろいろ聞かれた。背景には、嫌韓の記事が「ニューヨーク・タイムズ」の一面を飾ったという「事件」がある。・・・嫌韓は、右傾化の典型として取り上げられている。

これは誤りではないか。・・・嫌韓の本質は、政治的というより心理的な現象



日本のオンラインコミュニケーションは、メッセージの交換より繋がりの確認を重視する特異な発展を遂げた。社会学者の北田暁大は、この特徴を「繋がりの社会性」と名づけている。・・・嫌韓の拡がりはこのメカニズムに支えられている。実際に嫌韓の言説の多くは、自己=日本の優位性の確認に終始してる。

むろん、それはそれで政治的効果をもたないわけではない。しかし、それは、以上の前提のもとではじめて分析することができる。そもそも、嫌韓の担い手の多くが脱社会的な人生を送っていることは、日本の状況を知っていれば容易に想像がつく。嫌韓=右傾化=軍事国家化と結論づけるのは、あまりに短絡的

というわけで、筆者は対話相手の誤解を解こうとしたのだが、そこでふと口ごもってしまった。むろん、以上の説明を英訳することはできる。しかし、それでどれだけのことが伝わるだろうか。

英語圏では北田の議論は知られていない。内容を説明しようとにも、2ちゃんもmixiも知られていない。若者の脱社会的な傾向一般から話を始めるとしても、彼らは宮台真司も援助交際も知らない。そもそもアメリカでは、日本でいま、ポップカルチャー論やネットコミュニティー論や若者論が、社会学や現代思想と一体になって独特の言説空間を作り上げようとしていること、それそのものが知られていない。つまりは、この10年間ほど国内で蓄積されてきた議論が、まったく知られていない

そんな状況で、「小林よしのりの出現や嫌韓の必然性を理解するためには、右とか左とかいった二分法ではなく、1995年以降の日本社会の問題をトータルで観察しなければならない」などと主張しても・・壁


日本はいま「嫌韓とはなにか」「2ちゃんねるとはなにか」を外国語で説明しなければならない局面を迎えている。・・・社会現象の本質を理解してもらうためには、背後にある文脈の共有、そして現象についての「解釈の枠組み」の共有が必要。
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by mudaidesu | 2006-01-27 21:37 |


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