国生さゆり vs 杉本彩


杉本彩と言えば、映画「蛇と花」だけど、まだ見てない。それは置いておいて、この前、テレビを見てたら、杉本彩と国生さゆりが出てた。この二人を見るとある番組を思い出す。

テレ朝の「虎ノ門」。金曜深夜の番組。「オールドボーイ」で触れたけど、井筒監督の放言映画批評コーナー「こちトラ、自腹じゃ!」がお気に入り。井筒監督すげー。他人の映画をボロクソ言ってる。



踊る大捜査線2」とか、日本人の映画もボロクソ(この前、「SAYURI」について、役所広司に「あんなの出て、プライドねーのかよ!」みたいなこと言ってらしいし)。それがすごい。遠慮がない。「パッチギ!」つくるときは、ものすごいプレッシャーだったと思う。世間や業界の目は、「テメーの作品はどーなんよ?」だっただろうから。というか、僕も「パッチギ!」観にいくとき、そういう気持ちで行った。もともと彼の作品はそんなに好きじゃなかったし。

しかし、井筒監督は「パッチギ!」で自分の凄さを証明した。業界で、あの映画に低レベル(=井筒監督の暴言レベル(笑))な文句を堂々と言える人はほとんどいないでしょう。他人の映画に、低レベルな暴言吐いておきながら、自分の映画にはそれをさせない井筒監督はすごい。(本人はプレッシャーでハラハラドキドキキリキリしてたらしいけど。)

ま、僕自身、「パッチギ!」以前は、あまり井筒作品好きじゃなかったんで、「このオッサン、自分の作品棚に上げて、よく他人の作品ボロクソ言うなあ」と思ってたけど。ま、自分も作品を世に出してるから、自分で作らずテキトーに文句垂れるよりはるかにすげー、とは思ってた。だって、普通、自分も映画監督なら、こわくて他人の作品にケチつけらんないでしょ。その意味でも、作品はあまり好きじゃなかったけど、井筒監督の図太さには感心してた。



で、めちゃくちゃ話ぶっとんだけど、この「虎ノ門」、くだらない企画を実験的にやってる番組。「うんちく王」とか「しりとり竜王」とか。で、一、二年前に「恋文選手権」とかいう企画があった。僕の知る限り二回で終わってしまった。とても好きだったのに。

この企画、5人くらいの男性芸能人が、一人の女性芸能人に向けて恋文を書くというもの。二種類か三種類の恋文だったような。一回戦、二回戦みたいな感じで。女性芸能人は、誰が書いたかわからない恋文の中から気に入ったもの、心を打たれたものを書いた人を最終的に一人選ぶ。そして最後に、その恋文を書いた男性芸能人と対面。その男性芸能人にご褒美のほっぺにチュー。

ちなみに、恋文を朗読するのは女性アナウンサー。

で、この企画で無類の強さを発揮したのが、何を隠そう、あの博打大好きおじさんですよ。ブツブツうるさいオッサンですよ。蛭子さん。強いもなにも、二回とも優勝。すごいです。僕からみても、蛭子さんのはダントツ。やっぱ、蛭子さんは才能あんだなあ。やっぱ、芸術家だなあ、とみょーに感心してしまった。周りが酷いってのもあるけど。

蛭子さんの漫画はあまり知らないけど、「天才、異才、奇才」と称されているらしいです。いつかはちゃんとチェックしてみたいと思いながらも、なかなか実現してない。蛭子さんはたまに「虎ノ門」に出るけど、ちょーいいかげんですねえ。他の出演者が、演技かもしれないけど、蛭子さんのテキトーさに引き気味。その蛭子さんのガキっぽさが嫌いじゃない。



で、ですよ。その二回の「恋文選手権」の女性芸能人、一回目が杉本彩で、二回目が国生さゆり。二人とも、恋愛の達人ということで出てきた。恋愛の経験も豊富で、男を見る目もしっかり養われていて、男の言葉からその男の中身まで鋭く見極めることができる女性だと。個人的にこの二人を知らないので、実際のところはわからんけど、世間やメディア上でのイメージではそんなかんじなんでしょう。

「恋文選手権」でも、杉本彩と国生さゆりはちゃんとそういう役柄をこなしてた。傲慢とも思えるような態度で、男や恋愛について語ってた。男たちの恋文を偉そうに論評してた。「この人は女心わかってる」とか「この人は恋愛経験豊富」だとか。

で、二人とも、ある人の、蛭子さんなんですが、この人の恋文にはマジで感動してた。あれは演技じゃないと思う。二人とも、恋文を書いた男を褒めちぎってた。もちろん、誰が書いたかは二人とも知らない。

で、それが蛭子さんとわかると二人ともちょービックリ。しかし、そこからが違う。全然違う。杉本彩は明るい態度のまま、蛭子さん、すごいよかったよー、ほんとに感動したー、みたいにに対応。そして、明るく気軽に蛭子さんのほっぺにチュー。

問題は国生さゆり。それまでは、恋愛女王、男の魅力がわかる女、みたいな態度だったのに、蛭子さんが登場したら、一挙にテンションが下がりまくり。マジで狼狽してた。明るくほっぺにチューどころのノリじゃない。周りもそれを察したのか、ちょっと気まずい雰囲気。蛭子さんも、なんか悪いことしちゃったなあ、みたいな感じで恐縮してた。結局、ほっぺにチューはナシで終わっちゃった。


別に、嫌だったらチューする必要はないし、蛭子さんをいやがる国生さゆりの気持ちはよくわかる。しかし、杉本彩の態度と比べたときに、人間の器の差が如実に出たなと感じた。いや、どーでもいい話なんだけど。なんか、あまりにもくっきりと差が出たんで、すごく印象に残った。あーゆうくだらない局面こそ、人間の本性が露骨に出るのかなあと。

国生さゆりが狼狽してた理由は、蛭子さんにチューするのが嫌ってことじゃなく、蛭子さんの書いた恋文に感動してしまった自分を発見したことだと思う。国生の中では、蛭子=魅力なし=女心理解できず=美しい恋文書けない、だったのだろう。国生は自分が嫌になったのかもしれない。あれ?わたしって男を見る目がないの?とか思ったのかも。自分を恥じているようだった。蛭子さんの内面が魅力的なんだ、という発想にはならないようだ。わたしが選んだ恋文を書いた人なんだから、蛭子さんだろうが誰だろうが魅力的なはず、とは思えなかったのだろう。

杉本彩は、素直に蛭子さんが魅力的であることを認めた。蛭子さんの恋文に感動してしまった自分を恥じたりはしなかった。わたしが感動した恋文を書いたんだから、蛭子さんはたいしたもんよ、みたいなかんじだった。

人間の器の差というより、自分にどのくらいの自信があるかの差なのかな。どうなんだろう。国生は自分に自信があったけど、自信が揺らいだ。杉本の自信は揺るがなかった。自分の感性を信じきった。


映画「NANA」についてのエントリーで紹介した宮台真司の言葉を思いだす。「鈍感だから右往左往し、敏感だから動じないという逆説」があてはまるような気もする。国生は当初のハチ(宮崎)のようなもんで「鈍感だから右往左往」してしまい、杉本はナナ(中島)のように「敏感だから動じない」みたいな。

ちなみに、国生さゆりを貶めるつもりは別にない。こういうのは個性だと思うし。ちっちゃい器の人の方が、人間味があって魅力的とも言えるし。そういう方がポエティックだし。人間的にダメな女は好きだし。おまえ性格わりーなーって女性は好き。どっちかというと僕はSなんだけど。つか、相手が性格悪い方が、性格悪いの同士だと、こっちも楽。
 

そもそも、杉本さんも国生さんも、僕的にはどうでもいいというか、なんというか、あまり興味ないし(笑)。どっちが好きかと聞かれれば、おもしろいから杉本さん、と答えるけど。しかし、杉本さんのテレビでのいろんな意味での露悪趣味は微妙と思ってるし。



というか、「恋文選手権」、「虎ノ門」のページにありました。第一回と第二回、両方すべての恋文が読めます。笑えるがいろいろあります。こちら↓

http://www.tv-asahi.co.jp/tiger/

このページの左の方に「過去に放送したコーナー」があります。そこの「恋文選手権」。汚い字で直接読むと味が落ちますね。女性アナウンサーの朗読だともっとおもしろかった。
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by mudaidesu | 2006-02-02 01:00 | 文化


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