憲法9条改定論議の整理


護憲と印象と布教」書いたし、「<至上の価値>と<愛国の源泉>」のコメント欄でもちょっと触れたので、また憲法ネタ。僕なりの問題意識で憲法9条改定論議を簡単に整理しとく。もちろんすっきり分けるのは不可能。



●情緒的改憲  

いわゆる保守派。「魂」重視。「至上の価値」アリ派。理想主義的。押し付け憲法論。悲願の自主憲法を。靖国大好き。首相靖国参拝大賛成。反中。強いアメリカについていこう(少々国辱的なかんじもしないでもないが)。「つくる会」「正論」「諸君!」系。あわよくば、憲法に愛国心とか入れちゃおう。「憲法とは国民から国家への命令」という近代憲法観に同意せず。別に「情緒」が悪いわけではない。というか、そういうものこそ保守派が大切にすべきだし、してきた。おまけだけど、「オレのちんぽ」系もここかな。






●リアリスト的改憲

日米同盟を発展させ、日本の国益増進。そのためには、アメリカの戦争にもおつきあいやむなし。国際貢献も日本の立場強化=国益になるんでやりましょう。ただ、国益(アジア外交)を損なうので、情緒的ナショナリズムには反対。首相靖国参拝も反対。情緒と国益を切り離す。改憲による国内やアジアでの不安に応えるためにも、戦争責任問題はしっかり始末すべき。ナベツネさんあたりはここかも。ナベツネさんは、この一年、戦争責任問題を徹底的にやると言っていた(「ナベツネ at  朝日新聞)。東アジア共同体に賛成。田中均なんかもここかな。



●リベラル的改憲

アメリカの戦争におつきあいはヤバイだろ。9条があっても(あるせいで?)、イラクへ自衛隊を派遣してしまった。歯止めになってない。歯止めとして、「国連(国際機関)の決議あり」という憲法意思を。(歯止めとして、集団的自衛権行使(結局はアメリカのお供になっちゃうから)は止めとく。って人もいる。) 国連決議ありの活動は積極的にやってく(武力行使アリナシはいろいろ)。困っている人に手を差し伸べるのがリベラル。既存の二項対立みたいなものに対して、日本国憲法のもつ理念をより進歩させる「第三の道」の選択を提起とか。市民革命の代替としての憲法制定(または、選び直し?)とか。



●公明党的加憲

自衛隊と条文のインチキを正す。中身は現状維持。「国際貢献」にはあまりノリ気じゃない?



●リアリスト的護憲

国益最優先。戦後自民党の保守本流的。戦後日本人の主流?問題意識は、いかに安くアメリカに守ってもらうか。けど、「アメリカの戦争におつきあい」は、コストがかかるんでしたくない。よって、アメリカさんには、「改憲します改憲します」と言っておきながら、「世論が乗ってきません」とごまかしつづけるのが得、みたいな話も。同時に、米軍基地提供がいかにアメリカの戦略に貢献しているか熟知(改憲までしてさらに貢献する必要なし)。東北アジアのバランスは現状維持。対中国は、現状の日米安保・自衛隊で十分。改憲は現状を変えることになる(=予測不可能な事態)ので、おすすめできない。よほどのことがないかぎり現状を「保守」。いままでそれでうまくいったんで「保守」。戦争経験者が多かったりする。「正義なき平和」(これは姜尚中の言葉だけど)でもいい。平和が一番。戦後日本を「保守」しましょ。一国平和主義上等。



●いわゆる護憲

改憲はアメリカの戦争におつきあいすることになる。イラクへ自衛隊を送っても、武力行使までには至らなかったのは「9条2項」のおかげ。「リベラル的改憲」への一言は「『歯止め』つったって、ずるずる行ってのに何言ってんだコラ。線引いてもまたずるずる行っちまうよ。甘すぎ。まずは引き戻せ。改憲の話はそれからだコラ」。これもある意味リアリズム。現状維持という意味では↑のリアリスト的護憲と似てるけど、将来象や政策志向(アメリカ観とか)が違う。将来的には「リベラル的改憲もあり派」もいれば、将来的には「非武装中立派」(?)もいる。「9条は人類の宝だ」派も。




「情緒的改憲」の「正論」「諸君!」系の人たちは、最近は「中国の脅威」(ちょっと前は北朝鮮)をさかんに言ってるけど、別に、「中国の脅威」と改憲を結びつけて考えてるわけじゃない。この人たちは、中国や北朝鮮がどうだろうと改憲したいわけで。「中国の脅威」とかは改憲の雰囲気醸成のために煽ってる。もちろん、「売れる」ってのがあるけど。北朝鮮ネタが飽きられたように、中国ネタもそのうち飽きられる可能性も(次期首相が靖国参拝しなければ)。

そして、もちろん「リアリスト的改憲」の人たちも「中国の脅威」と改憲を結びつけているわけじゃない。この人たちも、もともとは、中国がどうだろうと、親密な日米関係&国際貢献→国益増進って発想から。「普通の国」論みたいのには、当然ながら中国がどうこうなんて関係ない。それに、↑でも書いたけど、この人たちは情緒的な「中国脅威論」みたいのは日本の国益にならんと思ってる。ナショナリズムのぶつかり合いほど不毛なものはないと。

「リベラル的改憲」にも、当然ながら、中国がどうこうは関係ない。



ようするに、流行の中国(ちょっと前は北朝鮮)がどうたらこうたらは(それはそれで大切な話だし、中国共産党政権がウンコなのは当たり前だが)、改憲論議のポイントではない。もちろん、僕ら一般人の素朴な感情的にはめちゃくちゃ影響するわけだけど。だからこそ、煽ってるわけで。たしかに、「不安を煽り、不安に対処する」系の議論は威勢がよくてわかりやすくて強い。


リアリストのイラク戦争反対論をあらためてザラっとチェックしてみると、理性的なんだけど、やっぱり弱いなあ、と。やっぱり「憎悪や不安を煽り<感情のフック>で動員」(もし○○だったらどーすんだ!系)という相手の手法にはなかなか勝てないだろうなあと。「勝つ」とは、より多くの人をその気にさせるということね。

リアリストのリアリズム  イラク戦争反対


と書いたけど。「リアリスト vs ネオコン」の議論を読んでつくづく思った。リアリストは本来はタカ派に分類される。ほとんどすべてのリアリストが反対していても(80%以上の国際関係学者がイラク戦争に反対や懸念してたという調査も→「またまた a リアリスト on アメリカ外交政策」)、ネオコンに押し切られた。世論は「憎悪や不安を煽り、それらに対処する」ネオコン的議論を圧倒的に支持した。これは、世界中どこでも見られる構図だけど。安保論議以外でも、そこらじゅうにある構図。



話飛んだけど、ただ、専門家とかで、「中国(や北朝鮮)が脅威になってきたから」改憲賛成になりました、なんて人は誰もいないと思う。ここ十数年で、護憲から改憲になった人は二種類。「国際貢献」やらにゃいかんなあって人と、9条が歯止めになってねーじゃんって人。

だから、いろいろな論点があるけど、「イラク人質問題 9  自衛隊撤退」でも書いたように、やっぱりこの二つが肝になると思う。中国がどうたらこうたらじゃなくて。国連安保理決議なしの武力行使(=アメリカの戦争)への関わり方をどうするか。国連安保理決議ありの武力行使(=集団安全保障)への関わり方をどうするか。両方、いわゆる<国際貢献>について。条文がどうなるかはわからないが、改憲の際の「憲法意思」の論点はこの二つに集約されると思う。 



それで、護憲についてだけど、積極的に発言してる「リアリスト的護憲」の論者はあまりいないような気がする。政治家だったら、後藤田正晴なんかそうだったような。野中広務、加藤紘一、宮沢喜一あたりもそうだと思う。内心は。というか、「リアリスト的護憲」ってのはイデオロギーじゃないから、そんなに積極的に披露するもんでもないのかも。江藤淳の言うところの保守主義=エスタブリッシュメント(既得権益層)の感覚、みたいなものかな。


戦後の普通の日本人の護憲ってのもこんなかんじだったと思う。今の世論調査で現われる護憲もそう。自衛隊もそのまま。安保もそのまま。それでいいじゃん、みたいな。だから、世間は、中国その他がどうこうってのは自衛隊と安保でいいじゃんって話になる。世間の護憲は「リアリスト的護憲」と一緒で、安保と自衛隊はそのままでいいと思ってるわけだから。「国際貢献」もムリしない程度でいいんじゃないのと。


改憲派がぶち破らなきゃならないのは、この世間の保守的でリアリスティックでエゴイスティックな感覚(=一国平和主義)。だからこそ、「一国平和主義」をどうするかってことで、改憲の論点が↑の二点になる。

「リアリスト的改憲」からすれば、「いや、東アジアで大丈夫だっつっても、もっと国益増進するために<国際貢献>しようぜ」になり、「リベラル的改憲」からすれば、「いや、日本だけ良ければいいって話じゃないでしょ。<国際貢献>しようぜ」になる。「時代が変わった」「現状に合わない」って表現はそういう意味。そして、その<国際貢献>の中身にいろいろあって↑の論点になる。(そして「アメリカさん」と「武力行使」についていろいろな考え方がある。)



そんでもって、ここに「いわゆる護憲」のイデオローグたちと「世間の護憲」とに乖離がある。ありふれた表現で簡単に言っちゃえば、イデオローグの人たちには理想主義があるが、世間の護憲にはそれはあまりない。「世間の護憲」は、むしろ保守的な感覚からの護憲。もちろん、「いわゆる護憲」の人たちが世間の護憲にまったく影響を与えていないと言うつもりはない。世間の保守的な感覚に正統性(満足感)を与えるような理想主義的理念を提供してきたとは思う。

そして、「いわゆる護憲」の人たちの弱点であって、また偉いところが、そういう保守的な護憲世論に迎合するような議論をしないところ。「9条堅持」一本に絞るなら、「リアリスト的護憲」みたいな議論をやっちまうこともできる。その方が世間に受け入れられる(世間が安心する)可能性は高まるはずなのに、それはやらない。

それで、この「いわゆる護憲」と「世間の護憲」を繋ぐような議論をしている人たちが、小熊英二だったり、内田樹だったり、藤原帰一だったり、姜尚中だったり、長谷部恭男だったり、大塚英志だったりするのかなと。




んでもって、一応、むりやりぶち込めば、僕は「リベラル的改憲」になると思う。ただ、「歯止め」論より、国連(将来は地域国際機関も)による平和構築にコミットすべし、って立場。(「国際貢献」って言葉は嫌い。受身すぎて。)ただ、僕はそれを担わされる兵士じゃないから、あまりデカイ声では言えない・・・。ただ、イラク戦争からの状況を考えるとめちゃくちゃ悩むところ。アメリカさんが、あんなボケちゃうとは想定外だった・・・。


ちなみに、憲法論議をそんなにチェックしてるわけではないんでよろしく。たまたま目に入ってきたものを、僕なりの問題意識で整理するとこんなかんじってとこ。
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by mudaidesu | 2006-02-04 00:02 | ニッポン


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