イラク人質問題 16  エロライター 松沢呉一


なんか「エロライター」って「エロ」をいちいち書くところが、なんか「エロライター」を差別してるような気がしないでもない。というか、いちいちこういう言い訳してるところが、余計差別してるというか、後ろめたさの証明のような気もする。ま、どうでもいいっすけど。ちなみに、エロ大好き。


んで、エロライターの松沢さんだけど、イラク人質問題で、なんか印象に残ったのはこの人だった。なんか名前は聞いたことあるような気もしたんだけど、この人のことよく知らなかった。

で、この人の文章を引用しとく↓。キャッシュでしか残ってないんだけど。





飛行機に乗ることも、車の運転をすることも、前出の風俗店社長からすれば、どれもこれも危険で、どれもこれも理解できない行為で、どれもこれもやらないでおこうと思ったらやらないでいられることなんですから、全くの等価値です。

「自分には理解できないから」「自分はやらないから」と他人に「自業自得」なんて言いながら、別の危険なことをやっている人たちは、他者から「自業自得」と言われても、それを受け入れるしかありません。

となれば、自分がわずかにでも危険とわかっていることをして、なおかつ救出を求めたいのなら、そのようなことを決して言うべきではないということになります

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まさに高遠さんは危険を承知しながらイラクに行かないではいられない立場にあった人でしょ。彼女を救出するために、イラクの人たちまでがビラ配りをやり、「彼女の身代わりになる」と少年が言うくらいに信頼関係があったわけです。

彼女を「おかあさん」と慕って、写真を持って待っている子供がいるのをわかっていて、「危険だから、もうイラクには行かない」で済むわけ? 済む人もいるんでしょうし、その判断に対して私がとやかく言う立場にはないですけど、「危険があるのに」ではなくて、「危険があるからこそ」、いてもたってもいられずに出かけて行かないではいられない人がいることくらいどうしてわからんかな。

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酔っぱらいが線路に落ちたのを助けようとして、もろともに死んでしまう人に対しても、「自業自得」とは私は言えないですよ。これも以前書いたように、自分も死ぬかもしれないのですから、助けなかった人たちを批判する気はまったく、それとともに救助しようとして死んでしまった人を笑ったりする気もなく、ただひたすら礼讃するしかないです。じゃないと、そういうことをやる人がいなくなってしまって、居心地のいい社会にならんです。

お部屋687●自業自得って… (全文)




松沢さんじゃないけど、こんなのがあった。↓


ここでちょっとだけ触れられた事件は、2001年1月29日にJR新大久保駅で酔って線路に落ちた男性と、それを助けようとしてホームに飛び降りた韓国人留学生李秀賢さん(26)とカメラマン関根史郎(47)さんの3人が電車にはねられて亡くなった事故のことだろう。

当時の報道によると、李秀賢さんの通夜には福田官房長官(!)が出席し、追悼式には、森首相(!)、河野外相(!)が出席、弔意を表する書状を贈った。公的補償としては人命救助の事故だったとして警視庁(!)から遺族に給付金と葬祭給付金、それに見舞金が支給され、朝日新聞・読売新聞(!)・産経新聞(!)などマスコミ各社や、秀賢さんが通っていた日本語学校「赤門会」などには、関根史郎さんと秀賢さんの家族にあてた、1億2000万円を超える多くの見舞金が寄せられた。

金大中大統領が送った弔電には「(李さんの)義のある生き方は今後の韓日友好協力関係の発展とともに永く残ることになる」とあり、李秀賢さんのサイトの掲示板には事故後から、友人だけでなく日韓両国の人々から「あなたのことを忘れない」「日韓の懸け橋になることでしょう」など、多くの追悼メッセージが寄せられた。

みんなが知っているように、駅では「危険だからホーム下に下りてはいけません」と警告されている。しかし、この事件について「危険を承知で入ったのだから、どんな目に遭っても自業自得だ」「人助けだとか言って、人様によけい迷惑をかけてしまってどうするんだ」「後始末にかかった費用は遺族が負担しろ」などと言うヤツはいなかった(と思うぞ)。

同じように「人道援助のために危険な場所に自ら行って」結果的に「救助が必要な事態になってしまった」というのに、人質事件とこの事件で反応が180度ちがうのはなぜなのか。この2つの比較から、「自己責任」とは人質になった人々を責めるための「口実」(pretext)であり、本当の理由(いわばtext)は別にあるのではないかという推測が成り立つ。

(したがって、「自己責任」論の間違いを正し続けても、それだけでは効果的な反論にはならない)。

口実としての「自己責任」論




また松沢さん。↓



52歳の男性会社員が残業を終え、終電で帰ってきて一人で暗い夜道を歩いていたところ、オヤジ狩りに遭い、ボコボコにされた上、現金を奪われたとしても、この被害者を責める人はまずいません。「若いヤツらの増長を取り締まれ」とひたすら加害者は非難され、被害者には同情が集まることでしょう。

ところが、同じ会社に勤務する23歳の女性会社員が残業を終え、終電で帰ってきて一人で暗い夜道を歩いていたところ、男に体を触られた上、現金を奪われた場合になると、途端に被害者を非難する人がいます。makiさんが書いているように、「女が一人で夜道を歩いているのは注意が足りない」「そんな短いスカートをはいていたのも悪い。それでは男を誘っているようなものだ」といった具合。

またまた左翼小僧時代に受けたリブの影響丸出しのことを言ってみますが、つまり、女は社会の所有物なのです。社会の共有財産である肉体とそれにまつわる価値の保護や管理だけを女に任せていて、本人が肉体をどう使用するかについては、社会が決定することです。

その所有感をもっている人たちは、女たち本人がそれを粗末に扱うことを許していませんから、女たちが売春したり、ヤリマンになったりしてはいけないのです。そうなったら、管理を怠ったことにつき、女を責めます。痴漢に遭ったり、強姦されても、注意を怠ったことにつき、女を責めます。

買春しようが、売り専をやろうが、男は自分の体をどう使用しても自由ですから、責められることはあまりないのに対して、女は自分の体についての自己決定が許されていないため、あれやこれやといろんな名目でオヤジは介入して、その行動を制限します。

・・・・

今回の人質バッシングは、最初の3人のうち、1名が女、1名が十代であったことが大きく関係しているように思えます。

郡山さんと、そのあと人質になった2人の場合は、本人たちも家族もあまり非難されていません。「仕事だったから」「家族が目立たなかったから」ということもあるのでしょうけど、それ以上に大人の男だったからでしょう。大人の男が自分の体をどうしようと自由、危険な戦地に行くのも自由ですから。

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今回のバッシングには「おやじの理屈」「父権主義」のニオイを私も感じないではいられません。「せっかく国が守ってやろうとしているのに楯突きやがって。しかも、女子供とその家族が」という苦々しさを政治家たちの態度に見ました。

ペコペコしてご機嫌をとっている限り優しくて、小遣いもくれ、どこまでも家族を守りますが、反抗した途端に理不尽なことを言いだして暴力をふるうのがオヤジです。

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お部屋700●女子供は社会のもの (全文)





これ↓は松沢さんの読者からの反論。勝手に引用するのは気が引けるので、要約。


バッシングはイジメだったが、被害者や被害者家族の言動に嫌悪感。ジャーナリストは危険なところへ行くのが商売だから置いておく。高遠さんなんか、行く必要なかったのでは。ヒマなのでネットをずっと見ていたが、バッシングが起きはじめたのは、家族がメディアに出始めてから(俺:これは嘘。または知らないか。拘束ニュースが入った瞬間からネットでははじまっていた。おまけに、メディアは最初から人質を叩いた。「イラク人質問題 5  雑感」)。サヨクが被害者を利用して政治的主張した。みたいなかんじ。



(まあ、内容はあちこちにあったようなものだけど、これでもだいぶまともな部類だと思う。この人は素朴に、こう思っちゃったんだろう。正義感で。悪意はそんなには感じない。でも、何度か言ってるように、こういう素朴な方がこわい。)

お部屋702●全文・読者からの反論 (全文)

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これは松沢さんの↑の反論への反論。↓


(↑の読者からの反論)は、【ジャーナリストの郡山氏は、危険覚悟で飛び込むのが商売】としてなぜか除外して、あとはひたすら高遠さんへの批判に終始してます。同じく人質になったにもかかわらず、郡山さんや今井さんはいなかったことにして、高遠さんのみを【単独でイラクに飛び込む】と認識するのですから、たいがいにした方がよろしいかと思います。三人一緒に人質になったんだってば。

「ボランティアの高遠さんは、危険覚悟で飛び込むのが責務」と言ってしまえば、青木さんは高遠さんを批判する根拠をたちまち失います。ボランティアのすべてがそうではないわけですが、少なくとも彼女はそう思っていたからこそイラクに行ったのでしょう。

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イラクの情勢を知るためには、ジャーナリストだけじゃなく、医療活動などの目的で現地に行っている人たちからのレポートが役だっています。

我々が世界を知るためには、また、その際に官製の情報に惑わされないためにも、ボランティアの役割がいかに大きなものであるかを今回私は大いに学びました。我々がボランティアから受ける恩恵は、時にジャーナリストから受ける恩恵とほとんど変わらず、時にはそれ以上になることもあると言っていいでしょう。

(立花隆が著作で、高遠さんのレポートをベタ誉めしてた。めちゃくちゃ役に立ったと。)

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それをひとことで、【危険覚悟で飛び込むのが商売】と言ってしまうのは、彼らのその行動を軽視することになりかねません。現に行かないであろう人が圧倒的に多いんですから、ジャーナリストという肩書きではなく、個人の資質に依るところが大きいってことです。

ボランティアも同様にいろんな人がいて、肩書きで高遠さんと郡山さんをそうも明確に峻別できるとは私は思えません。

高遠さんが危険を回避しようとしていなかったのなら郡山さんも同じです。にもかかわらず、「ジャーナリストだからいい」「ボランティアだと叩く」という、たかが肩書きによるダブルスタンダードはたしかに日本人らしい発想ですね。社長にはペコペコして、部下には威張り散らすってわけです。

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結局のところ、こんなん、どうとでも言えてしまうんですよ。

仮に高遠さんがジャーナリストという肩書きで、郡山さんがボランティアという肩書きだとしたら、「高遠さんは金のために行ったんだから自業自得、郡山さんは金にもならないのに活動しているのだから救出すべき」という意見だってきっと出てきたでしょう。

すなわち、「商売」なんてものを持ち出して、郡山さんを除外したのは、女を叩きたいオヤジの理屈にしかすぎないのです。

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「高遠さんらが危険を最小限にしていなかったか否か」については、私は高遠さんではないし、イラクに行ったこともないので、判断ができません。ロクな知識もないまま、これについて議論したところで虚しいです。

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【彼女たちがあのタイミングで、乗合タクシーでバグダッドに向かったことを知ったとき、多くの人は「それは無謀だろう」と思ったはずです】なんて言える理由が私にはまったくわからないです。

(あの三人が、僕より何万倍もイラクについて詳しかっただろう。)

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【違うイデオロギーを持つものには、家族が被害者であることを利用して、自分たちのイデオロギーだけが正しいかのように、それを振りかざしてしまったようにも見えてしまったのだと思います】というのはまさにバッシングした側への批判であるべきです。とりわけ政府の決定に反対しただけで「反日的分子」などと言ってのける柏村武昭議員を筆頭とした政治家への批判であるべきです。

あの家族が自分の考えを表明して何がいけないのか。

・・・

お部屋704●全文・読者からの反論2 (全文)





つーか、長々と引用しといてなんだけど、リンク先で全文読めるから読んできて(笑)。


「結局のところ、こんなん、どうとでも言えてしまうんですよ。」ってのにまったく同意。似たようなこと書いてきたけど。「自己責任!」ってのもただの方便。ロジックじゃない。んな、屁理屈こねて人を叩こうと思ったら、世界中の誰でも叩ける。バッシングは、ムカツクってのがすべて。いけすけねぇ!ってのがバッシングの本質。古今東西、バッシングなんて、んなもん。




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by mudaidesu | 2006-02-24 01:22 | イラク人質事件


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