「ミュンヘン」とか宗教右派とか他のこととか


「ミュンヘン」観た。かなり前だけど。いちいち観た映画に言及する気はなかったし、してこなかったけど、映画を観るたびになんかグダグダ言いたくなるのも事実。なわけで、「ミュンヘン」について、というか、「ミュンヘン」を観て思ったこと、というか、思い出したことをちょっと。

公式サイト→http://munich.jp/


いきなりだけど、正直、「ミュンヘン」はイマイチだった。僕としては。日本人としては。評判いいし、そこそこ期待してたんだけど。残念。



とは言っても、スピルバーグの映画ってそれなりにおもしろいけど、別に新しかったり、視点が鋭かったりするわけじゃないから、余計な期待した方が悪いってのもあるかな。つか、よく考えてみれば、スピルバーグの映画ですごい好きなのはなかった・・・。ムリヤリあげれば、「ジョーズ」と「インディー・ジョーンズ2」くらい。「ET」なんていまだに最後まで観たことない。最初の30分は何度も観てるような気がするけど。

いったい、僕は何を期待していたんだろう。ひょっとして、って気持ちだったのかな。


つーか、「ミュンヘン」は「なにをいまさら」ってかんじ。説教くさくはないけど、映画としては「こんなこと繰り返してたってしょうがない」ってのを一応表現しようとしてたんだろう。安っぽい、ソレ系の台詞を主人公に吐かせるし。パレスチナ人活動家と陳腐(あえてそう表現する)な会話させちゃったり。最後のシーンはニューヨークのツインタワーだし。

スピルバーグなりのイスラエル(とアメリカ)への異議申し立て、ってのはわかる。けど、やっぱ、僕としては、日本人としては、「いまさらなんだよ」。もうとっくに終わった論点じゃないのかよと。30年以上前を描いた作品だとしても、「いまさら感」でいっぱいだった。つか、「シンドラーのリスト」の方が全然良かった。「アミスタッド」でもマシ。


にーちゃんが、あたふたと連続殺人やってるのボケーとダラダラと描いてるだけじゃん。たまに、安っぽい台詞やらをぶち込んで、最後のころには「葛藤してます!」みたいなありがちなシーンくっつけて。スピルバーグらしい小ネタはいくつかあったような気もするけど、もう忘れた。

つか、ツマランかった。退屈しちゃった。どうせなら、もっと派手にドンパチやってテンポ早くしておバカなエンターテイメントにしちゃえよ、と思った。

やっぱ、スピルバーグにはムリ。切り込む作品はムリ。(名前が似てるんで)スティーヴン・ソダーバーグ(「セックスと嘘とビデオテープ」とか「トラフィック」とか。てか、他のはイマイチ)が作ればよかったのに。



ただ、冷静に考えると、世界では「いまさら」じゃないんだな。まだこんな映画が必要なのかな。世界というかアメリカ(の一部)か。映画がどうこうじゃなくて、こんな映画がまだ必要とされること自体にあらためて愕然とさせられた。この断絶を前に、うーん。

いまさら、レイシズムやヘイトスピーチについてああだこうだ言うときに感じるような「うーん」。「神聖なる野球」への冒涜 僕の「民度」のときもそうだった。うーん、んーん、と思いながらだった。その割にはせっせと書いてたけど。

この程度のことを、いまさら言わなきゃならんのかいなって。当事者(ユダヤ人やアメリカ人)たちならではの葛藤ってのがあんだろうけど。傍から見れば「いまさらかよ」。


「いまさらかよ」なんだけど、それでも普通に考えれば、ものすご~くイスラエル寄りな作品。もちろん、アメリカのメインストリームでの表現としては、だいぶマシ。けど、やっぱ、この程度がアメリカのメインストリームでの限界か、と思っちゃう。(アメリカの言論界にはもっとマシな議論は一応ある。)




こういう「なんだかなあ」「んーん」という断絶みたいなもんを思いっきり感じたのは、アメリカの宗教右派の方々と交流したとき。あんま「ミュンヘン」と関係ないけど、いくつかのエピソードを。


アメリカ外交政策の授業で、先生は元外交官なんだけど、アメリカがパナマのノリエガを捕まえてきたときの話で、先生は「ありゃめちゃくちゃ。主権侵害。パナマの主権。パナマの土地」と言った。したら、先生に立ち向かったオッサンがいた。それは違う!と。「Land of God」だと。だからOKだと。正義なんだと。

強烈だった。文献とかでしか知らない思想が目の前で披露された。

僕はリアリストじゃないし、国家主権絶対派じゃないし、人道介入みたいのも当然アリ派(ホテル・ルワンダ)。だけど、あくまで「国連の理想」的な発想、リベラル的な発想から。「神の土地」ってな発想で国家主権を否定されると、うーん。


この先生、「外国人は耳をふさいでてね。アメリカの恥だから」とか言いながら、アメリカ外交の暗部の話ばっかりするんだけど、ことごとく、このオッサンは噛み付いてた。(国務省系の人は、ペンタゴン・CIAには超批判的ってのはデフォルト。せっかく健全な外交しようとしてんのにバカなことしやがって!みたいな。ついでに、予算規模が天と地だから余計ムカツクみたい。てか、CIAなんてしばらく予算は「好きなだけ使っていい」だったから、CIA以外の人からすると、なんだそりゃ?)

でも、このオッサン、超いい人。先生とも仲良し。あいさつも超陽気で、いつも「Praise the Lord!」ってあいさつしてくる。「神を称えよう!」みたいなかんじかな。とってもナイスで好きだった。でも、こういう人たちがブッシュ政権を支えてたりする。




アメリカの原理主義的な宗教右派の知り合いがけっこういた。仲の良い友人も何人かいた。ほんといい人ばかりなんだな。まさに、他者に「無償の愛」を提供できる人たち。ほんと立派。


ちょっと前に日本のテレビでもアメリカの宗教右派(いろいろいるけど)を紹介してた。けど、どれも、おどろおどろしく描写してて、キモイヤツラにされてた。まあ、いろんな宗派や団体があるし、地域によってもいろいろ違うだろうから、実際あやしいかんじの人たちも多いのかもしれないけど。

ただ、僕の知ってる連中は普通の若者だった。地域性もあんだろうけど。そういえば、「クリスチャン・ロック」なるものもいろいろ聴いてみた。聴くだけじゃ、もちろん歌詞は全然わかんないからただの音楽にしか聴こえないんだけど。基本的には、明るく健康的なギターポップバンドか、ベタベタメロメロ歌う女性ソロ系かってかんじだった。

一個だけ、「おお!」と思うくらいカッコイイ音だったバンドのがあったが、ライブ収録の曲では、観客たちといっしょにお祈りしてるところがあった。「おお、ジーザス」とか言いながら。




教会にも何度も行ったんだけど、中には無礼な奴もいて、僕がクリスチャンじゃないとわかると、オルグはじめて、こっちのノリが悪いと、キレて「そのうちわかる(You'll know.You'll know.)」とか捨て台詞残して去っていった奴も何人かいた(笑)。

とはいえ、教会行くのは好奇心からなんでこっちも失礼といえば失礼だけど。それに、何回も行くのは飽きるから、誘われても面倒なときは「行く気しねー。つまんねー」とガンガン断ってたけど。


彼らとすれば、あわよくばクリスチャンにしてやろうと思ってただろうけど、布教アプローチはなかった。まあ、僕の品行方正とは言えないような生活態度を知ってたってのもあるけど。んーん、でもそういう奴ほど救ってやりたいとか思うもんかな。「昔はワルだった」ってのがウリな人も多いし。いや、僕はワルじゃなくて、自堕落なだけだけど。




教会で一度すごいのを目撃してしまった。12歳の少年の公開懺悔。200人くらいの前で。何を懺悔って・・・・オナニー。「マスターベーションしてしまいました。ごめんなさい」みたいな。飛んでいって、この少年を抱きしめたくなった。周りのおばちゃんたちは、うんうん、と満足げにうなずいてた。


興味深かったのは、化学の先生が突然、「昨日、クリスチャンになった!」とか言い出したとき。「神と対話した」とかなんとか。「いままで宗教に全然興味なかったけど、ビックリした」とか。そういう話がたまにあるらしく、アンドレ・アガシ(テニス選手)が突然記者会見やって、「I got saved(by God)!!!」とか言ってたそうだ。これもその先生と同じで「突然、神と対話した」って話。


宗教右派の友だちにも「今日、神と話した」とかしょっちゅ言ってるのがいたんで、遠藤周作の「沈黙」の話をしてやった。カソリックの話だけど。「主人公のパードレが、神の声が聞けなくて苦悩してるぞ」と。で、この人、好奇心旺盛で、ちゃんと「沈黙」読むんだよね。「う~ん」みたいな反応してた。ついでに、村上春樹とかも読んで「エロイな」みたいな感想ばっか。


基本的にはみんな真面目だけど、いいかげんなのもいて、連中は月一くらいで一日断食とかやってんだけど、腹減って耐えられなくなったら時計の針を自分で動かして、「よし。日付が変わったぞ」とか言ってピザとか中華の出前頼んだりしてた奴も。仲間に内緒でセックスしてるのもいたし。





で、話を多少戻すけど、この人たち、パレスチナ問題になると、「アラファトはテロリストだ!」で終わり。別にアラファトやPLOが嫌いなのはわかるけど、とっても優しく気がきいて思いやりのある繊細な人たちなのに、パレスチナ人たちの境遇をまったく想像しようとしなかった。当然ブッシュ支持。


宗教系の人たちじゃなくても、そういうかんじの人がいたなあ。民主党支持者で自称リベラルの人も、パレスチナの若者やガキんちょが石とか投げて暴れてんのみて、「暴力はダメだ」とか。80年代後半以降のインティファーダも知らないし(それはしょうがない)。(もちろん僕も暴力はイカンと思ってますよ。ただ、パレスチナ人の「民衆蜂起」ってのはそんな単純な話じゃない。)

で、「めちゃくちゃ単純化させるけど、アメリカ人ってのはイギリスの支配が正しくないと思ったから立ち上がったんだよね。パレスチナ人もイスラエルの支配(=軍事占領)が正しくないと思ってるから立ち上がってんじゃないの?」と言ったら、「うーん。なるほど。それは説得力あるな」とか。

こっちとしては、「おい、マジかよ」。「なにをいまさら」。そんな想像もしたことねーのにパレスチナ問題語るのかよ。でも、その後、その人は、ワシントン・ポストの超イスラエル寄り(大物ネオコン)コラムニスト(Charles Krauthammer)の文章読んで、「sick!」(不快・ひでぇ)と言ってた。だよなと。



つか、ろくでもない国(=正しくない支配)での「自由と民主主義」を求める「民衆蜂起」には拍手喝采なのに、パレスチナでのパレスチナ人の「民衆蜂起」には厳しいというか、鈍感な人が多い。同じ構図だと思うんだけど。ダブスタ以前で、想像力の問題だと思う。

ここ50年以上のパレスチナ人の状況にまったく想像が及ばない。パレスチナとイスラエルは対等に向き合ってるのではない。圧倒的な非対称性がある。その非対称性を認識することから出発しないとお話にならない。その非対称性をスルーして「中立」のフリをするのはいかがなものかと。



この「ミュンヘン」も、ちょっとだけイスラエル批判やアメリカ批判を入れることによって、「中立っぽい」立ち位置を提供し、アメリカ人の観客の良心を満足させるだけに終わってるような。でも、↑で言ったように、ものすご~くイスラエルより。




でも、最近話題(笑)のニューヨーク・タイムズなんかは、ユダヤ人の新聞とか揶揄されるけど、パレスチナ問題の記事たくさん読んだ印象からすれば、メインストリームのくせに、パレチナ人よりでイスラエルになにげに厳しかったような気がする。まあ、「ニューヨーク・ユダヤ人」にはスーパーリベラル(多数)とイスラエルにもあんまいないような超原理主義的な両方がいるんだけど。




ま、でも、ここ10年のスパンで見れば、アメリカ人やイスラエル人のパレスチナ問題の見方はものすごく変わったようだけど。10年近く前は、「パレスチナ人に国家を!」ってな発言すらNGだったわけだから。ヒラリーの発言にここでちょっと触れたけど、ラビンも本音はともかく「パレスチナ国家なんてとんでもない!」と言ってた。ここ30年を見れば、もっともっとすごい。というか、ものすごい「進歩」。絶望する必要はないかも。犠牲になったものもすごいけど・・・






パレスチナといえば、学校にパレスチナ人(ほとんどがアメリカ育ちのおぼっちゃん・おじょーちゃんやPLO関係者の家族・親戚だったり)が結構いた。パレスチナ問題のシンポジウムや講演会が頻繁にあって(なんだかんだ言っても関心のある人やパレスチナ人に同情的な人がアメリカ人にも多いからこそ)、よく顔出してたら、パレスチナ・ステューデント・オーガニゼーションにオルグされた。オルグつっても、会合に顔出しなよ程度だけど。それに、クラスメートとかいて知ってる間柄だし。

で、たまに会合に出てた。みんなふつーのにーちゃん・ねーちゃんで、ユダヤ人の団体とも、討論したり意見交換したり一緒にイベント企画したり。



こういうパレスチナ人って、イスラム回帰したり。イスラムに目覚めて一日五回のお祈りはじめたり。欧米近代世俗文化を経験したアラブ人インテリがイスラム回帰・・・ってのは冷戦後のイスラム原理主義の潮流の一つ。9.11の実行犯と言われてる人たちもそう。

いや、僕の知ってる連中はそこまでは行かないだろうけど。イスラム回帰しても、基本的な価値観は典型的な欧米リベラルだし。言っちゃ悪いけど、「イスラムごっこ」みたいなところもある。彼らなりの切実感を理解しない傍観者の僕だからこその感想だけど。



で、連中がしつこく言ってたのは、パレスチナ人は宣伝戦が弱すぎだと。ロビイングも貧弱すぎだと。ユダヤ人に比べると(コメント欄でそれについての論文紹介)。まったくそうなんだけど、こればっかりはねえ。金だからねえ。(アルメニア人(キリスト教)とアゼルバイジャン人(イスラム教)のゴタゴタにもそんなところがある。欧米在住の金持ちアルメニア人がロビイングで活躍してる。)

「ミュンヘン」観ながらも、そういうこと思った。ユダヤ人を描いた作品はいくらでもあるけど、パレスチナ人を描いた作品ってほんとねーなと。これも「いまさら」だけど。




あと、イスラエル人も好き。イスラエルの街も好き。街中に機関銃持った兵士(男女両方)がウロウロしてるのはアレだし(機関銃背負ってゲームセンターで遊んでる兵士たちもたくさんいた)、日本人だとあちこちでチェック入れられるのもアレだけど(ショッピング・モールの入り口とかで荷物チェック)。

空港では、おねーさん兵士二人にパンツ一枚一枚、MD一枚一枚まで念入りにチェックされちゃった(一緒に行った人のせいだと思うけど)。いや、やさしく丁寧なおねーさんたちで「ごめんねえ」を何十回も連発してたけど。(Mな人はそういうシチュエーションに萌えるのかな(笑)。)

(ちなみに、↑で触れたような友人のパレスチナ人(アメリカ国籍)がイスラエルの親戚(パレスチナ系イスラエル人)を訪れるときは、空港で5時間6時間チェック(アメリカへ帰国する際の飛行機搭乗前)されるのが当たり前らしい。)

イスラエルの街並みって日本に似てる。エルサレムとかテルアビブなんかは日本の地方都市みたいなかんじ。日本・イスラエルの街並みってのは、この50年で出来上がったってかんじだから似てるのもうなずける。なんかすごく居心地が良かった。いや、アメリカ住んでておまけに他の中東の国々を周った後だったからってのもあるけど。




つか、「ミュンヘン」から話がすっとびまくった。いろいろ思い出してしまった。なげーし。まあ、ダラダラ書いたけど、僕の知ってるアメリカの原理主義的な宗教右派の人たちには、すごく優しいところと、コワイ面があると。これはすべての原理主義的宗教に当てはまるね。慈善活動やってるイスラム原理主義者の人たちもすごくやさしい。

ま、映画観て、いろんな「断絶」をあらためて思い知らされたってことで。


しかし、「ホテル・ルワンダ」や「白バラの祈り」について書いたときもそうだけど、話が映画から離れまくりだなあ。あと、キリスト教徒の方々に少々オフェンシブな内容になってるけど、貶めるつもりはない。いかなる宗教であろうと信仰は尊重。信仰がある人にはいい人が多いから好き。




宮台真司の「ミュンヘン」評。↓

故意に政治的に不適切な映画『ミュンヘン』を撮るスピルバーグ監督に、「パトリオットとしての自己形成」が必然的に「社会的な辻褄の合わなさ」を伴う という「実話」を見る

あいかわらず鋭い。おもしろい。おすすめ。



ビデオニュースの宮台神保無料放送↓。

第261回  マル激『5金』映画特集

民主党についてちょっとと、映画について。「ミュンヘン」の話もしてる。おもしろい。



つづき。↓

ミュンヘン 2  政治性とのつきあい
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by mudaidesu | 2006-04-03 22:26 | 映画


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