イラク人質問題 19  小林よしのり


よしりんは一生懸命に人質を擁護してた。
特に高遠さんを。あいつはすげーよ、みたいな。

よしりんは人質擁護本まで出してた。

まあ、「親米ポチ」を叩くのが主な目的でもあったと思うけど。
























ちょっと気になったのは、よしりんへのインタビュー形式の本なんだけど、インタビュアーがよしりんの部下というか子分みたいな人で、あんまり感じのよいものではなかった。批判対象を二人で嘲笑してるってかんじで(というか、悪口っぽい)。本のタイトルが「痛快"こき下ろし"」だし、よしりんだし、いまさらだし、よくある形式なんだけど。

まあ、ガーっと立ち読みしただけだから、あんま覚えてないけど。



柏村議員の発言にもキレてたような(テレビでだっけ?)。日本の恥だとか、おまえこそが「反日」だとか。同胞を「反日分子」呼ばわりして、おまえこそが日本の品位を傷つけてると。

僕も同意なんだけど、おいおい、よしりん、昔のアンタの発言とたいしてかわんねーぞ、と思った。

まあいいや。昔のことは忘れよう。


つか、彼やっと気づいたみたいね。昔のお仲間の言ってた「公」なんて、「国家に逆らうな!迷惑かけるな!」程度のものだったということに。人質たちの行動こそが「公」 だろうと。



で、よしりんはイラク人質問題論争でおかしいと思ったことがあったそう(テレビでも言ってたよね。本ではどんなこと言ってたか忘れた。というか僕の頭の中でごっちゃになってる)。

よしりんによると、左は国家の責任・義務の話をして、右は個人の責任・義務の話をしていたと。

よしりんによると、普段、左は個人の国家からの自由を叫んでるくせにおかしいと。右は国家のありがたみを語ってるくせにおかしいと。



素朴な話としてはわかるんだけど、ここによしりんの左右についての認識の貧弱さが表れてるような。このへんは昔とあんまり変わってないような。「左=反日・反体制・反政府・反国家」みたいな認識しかないような。

ほとんどの左は、特定の政権や個別の政策に反対してるだけかと。現に存在する体制や権力すべてを否定するとかじゃなくて。人権やら反戦やら環境やらなどの理念から、政権や政策を批判したり、社会に存在する個別の問題を告発し対処しようとしてるだけかと。


思いっきり単純化すると、そもそも、左は大きい政府で、右は小さい政府でしょ。左は平等(民主)で、右はそれに反対(自由)。だから、左は個人じゃどうにもならんことについては国(公権力)がしろ。右は個人(自己責任)でどうにかしろ。

困ってる人に向かって「てめーのせいだ!」とか言わないで、みんなで助けてやれよってのが左。

宮台真司がよく言ってるけど、社会のゴタゴタ(犯罪など)回避のために、左は「大きな政府」だから社会福祉政策などを処方。右は「小さな政府」だから厳罰や精神(愛国心・奉仕精神・宗教心など)教育などを処方。

で、左は右のこの部分、権力による統制みたいなもんを警戒。そして、右ではネオリベ勢力と保守的な宗教勢力が結びついたり(日本でもアメリカでも最近はそれが目立つ。純血教育とか)。

あのイラク人質問題論争はこの特徴どおりだったかも。


(追記:まあ、ようするに、権力ってのは「われわれの権力」なんだから、「われわれの権力」の使い方の違いかと。左は、「われわれの権力」をそういう風に使うな、こういう風に使え、って言ってるみたいなかんじなわけで。)






とは言いつつも、


で、人間、自分のケツを全部ふけたら世話ない。これって、保守派が本来言ってたことのはず。人間は個人だけじゃ生きられない。共同体があってこそだ。自己決定・自己責任なんて幻想にすぎない、とかなんとか言ってたのが保守派のはず。なに、「自己責任!自己責任!」とか言って個人をバッシングしてんだよ。めちゃくちゃじゃん。

イラク人質問題 10  自己責任 ①


みたいなことを僕も書いてんだけど。


ただ、こういう「人間は個人だけじゃ生きられない。共同体があってこそだ。自己決定・自己責任なんて幻想にすぎない」みたいな保守派の言説ってのは、↑の「精神(愛国心・奉仕精神・宗教心など)教育」に当てはまるのかな。

ようするに、個人を押さえつけるための方便かと。国家は「小さい政府」だから、個人が困っても助けない。「自己責任」と切り捨てる。けど、困った個人が国家に迷惑かけちゃ嫌だから、迷惑かけないようにこういう精神を叩き込んどけと。国家への忠誠心を植えつけろと。

僕からすりゃ、詐欺みたいな話だけど。



というか、右の人たちの言う「国家のありがたみ」の例とかって、パスポートがどうたらこうたら、みたいな話しか出てこなかったり。そりゃ、セコすぎ。書類上の話かよと。んなもん、偽造すりゃ、それですむじゃん。

というか、もっと情緒的で感動的な話ができないのかと。僕が、「国家のありがたみ」に感動して震えてしまうくらいの話を。右にとって、国家とは魂の問題でしょ。崇高なる共同体の問題でしょ。なにがパスポートだよ。そんなことしか語れないのかと。ズッコケ。


つか、真っ先にパスポートの話が出てくるってことは、彼らの言う「愛国心」の「国」ってのは、やっぱ「政府」なんだろうなあと。「国家」って表現は、普通は権力や統治機構ってかんじだけど、それでも自由民主主義社会においては、「我々の共同体」ってイメージがないわけではない。

けど、パスポートって・・・、そりゃ、便宜上の話すぎで、右がんなこと言ってていいのかよ。つか、それって左の議論でしょ。国家は便利だよ~。生活用品として役立つよ~。みたいのは左の議論。

右は違うだろ。右にとって国家は生活用品じゃない。親みたいなもんのはず。利(益)とか(論)理なんてくだらんものを超越した存在なはず。

つか、なんで、僕が右の国家論の心配してんだろ。



ところで、NGOなどに対して「普段は政府を批判しておいて、何かあったら政府に助けてもらおうなんてムシがよすぎる」みたいなことを言っていた政府関係者がいたようだけど、ああおそろしい。

坂本堤弁護士の事件を思い出そう。彼が「行方不明」になったとき、神奈川県警の幹部がこういう論法を口にして、「失踪」ということで捜査を進めなかったって話だよね。坂本弁護士は共産党系で「いわゆる人権派」だったから。

よしりんの↑の発想も、コレに近いってことを自覚してもらいたい。




よしりんの本で、うんうん、と思ったのは(あんまり覚えてないけど)、高遠さんについて、「あいつはすげー。いっちゃってる。でも、いっちゃってるくらいじゃないとああいう活動はできない」みたいなことを言ってたところ。


と思いつつも、


もちろん私は高遠さん断固支持だし共感するし尊敬するし、というか、存在するポジティブな表現全てを使いたいくらいなんですが、どなたかが言ってたように「聖人」扱いするのもどうかと思います。

私がひねくれものなのもありますが、やっぱり「殉教者」(生きてますが)みたいにしちゃうのはどうかなあと。それこそ高遠さんにすべてを背負わすことになってしまうような気がします。高遠さん本人も重荷に感じてしまうのではないでしょうか(もちろん、本人の気持ちはわかりませんが)。

それに、「聖人」「殉教者」として扱うことイコール「特別なことしてる」ってことになってしまって、それこそ疎外してしまうことにもならないかと。このへんうまく表現できないんですが・・・。すみません。私も考え中です。

お玉さんのとこのコメント欄


なんてことを書いてたり。まあ、僕もいろいろ混乱してる。いろいろ矛盾した思いがある。

まあ、でもよしりんが言ってたことにも同意。


なんか、ボランティアだとかNGOだとかフリージャーナリストってのは自己満足でやってて自己中でどうたらこうたら、みたいなことを言う人ってどこにでもいる。だからなんなん?でしょ。

特にリスク覚悟の活動なんて、いっちゃってる人しか結局やらない。普通の人はやらない。僕みたいな人は絶対やらないわけ。そして、そういうフツーで、毒もなんもないような僕みたいな人は、イラクなんかに行く情熱も怒りも勇気も度胸も使命感もなんもないわけで。 。


松沢さんも書いてたと思うけど、僕みたいなフツーの人は、家ん中のコタツやソファやベットやフトンで、ダラダラとポテチでも喰いながら、お菓子をボロボロこぼしてアレ?どこいっちった?とかやりながら、トイレ行きてーけど起き上がんのメンドーだなとか思いながら、ボケーとテレビ見ながら、ああイラクの人らかわいそうだなあ、と思う程度。


市民運動やる人とかに、うさんくささや偽善を感じる気持ちはよくわかる。僕も昔はそうだった。日テレの24時間テレビ・「愛は地球を救う」をいまだに見てらんないおこちゃまな僕だから。けど、やっぱそういう人たちを、情熱や勇気や度胸や使命感のある人たちを実際に知るようになったら、自然に感じ方が変わった(イラク人質問題 8  動揺)。



世界にはほんと酷いことがいっぱい。僕なんて、ひでーなあ、と言ってるだけで何もしない。「ホテル・ルワンダ」でのジャーナリストの台詞のとおり。でも、何かしようとする人たちもいる。

いっちゃってていいじゃん。「ホテル・ルワンダ」に出てきた赤十字の女の人なんて、いっちゃってるに決まってんじゃん。観てないとわかんないだろうけど。僕なんかに真似できるわけがない。


そりゃ、いっちゃってる人は、僕のチンケな常識からすりゃ、変なところはたくさんあるでしょう。ツッコミどころもあるでしょう。でも、いっちゃってる人を、僕のチンケな物差しで計れるわけがない。

僕のチンケな常識なんかで語ったら逆に滑稽すぎ。いっちゃってる人は型にはまらなくて当然。そして、そういういっちゃってる人しかできないことがある。

パウエルの発言なんかは、そういう人たちを気持ちの上だけでも、サポートしましょうよ、ってことだろう。切断処理はやめましょうよって。




よしりんに戻るけど、昔からこの人はそんなに嫌いじゃない。「おぼっちゃまくん」は、子ども心に、すげぇ、と思ったし。「ともだちんこ」なんてすばらしすぎる。ともだちんこ、だよ。すごいでしょ。コレ。お気に入りの作品では全然なかったけど、すげぇ、とは思った。僕的にはしっくりこないけど、この人のパワーと感性はなかなかのもの。


好意的に見れば、この人は「虐げられてる人たち」の側につくってのがあると思う。「戦争論」とかだって、彼からすれば「虐げられているじっちゃんたち」の側に立ったつもりなんだろう。

外国によって「日本人が虐げられてる」と思ったからこそ、愛国心だの誇りだの言うようになったんだと思うし。彼なりの義侠心なんだろう。(ただ、「窪塚と平成ネオ・ナショナリズム」のところでも書いたけど、僕が思うに、日本も日本人も国際的には虐げられてないから。圧倒的な強者だから。)


ただ、よしりんが最近一番嫌いな「親米ポチ」が率先して人質たちを叩いていたから、「親米ポチ」を「こき下ろす」ためだけに、人質を利用したって可能性もないわけじゃないけど。ただ、そんな計算するような(できるような)人には見えないかな。


ところで、人質を叩いてた人たちはほとんど「親米」だと思うんだけど、はっきり言って、アメリカ人に失礼かと。僕の方がはるかに「親米」。理念的には。日本のレイシストさんたちなんかも「親米」が多いと思うけど、これも同じ。アメリカ人に失礼かと。レイシズムと闘ってきたのがアメリカ人。



んでまあ、よしりんについて書いたけど、正直、最近のよしりんはすっかり普通の「反米右翼」になっちゃってて、どうも教条的でつまんなくなっちゃってるような(てか、全然読んでないから知らないんでテキトー)。

というか、西部さんのコピーってかんじらしいし(読んでないから知らない。なら書くなよ、だけど気にしない)。これは、実は「戦争論」以降からイラク戦争までのよしりんと同じかも。教条的で型にはまっちゃってるかんじなのは。この期間は、西尾さんと藤岡さんのコピー。プラス一流の罵倒嘲笑技術。
 

もっと自由に考えて発言してほしいもん。感性鋭いんだから。矛盾とかそんなのどーでもいいから。
↑でよしりんにケチつけたりもしたけど、あのバッシング状況で、人質たちを擁護するような発言を繰り返したよしりんはよくやったと思う。それは大前提。


そうそう、よしりんのイラク人質問題本ででウケたのは、大塚英志に「自分の(元?)読者をちゃんと教育しろ」と言われたとか。あの人質バッシングはよしりんの育てた風潮のせい、とも言えなくもない。よしりんの「脱正義論」みたいなこと言って、人質バッシングしてた人もいたし。



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