愛国心vs祖国愛 3  パトリオティズム


愛国心vs祖国愛 1愛国心vs祖国愛 2を書いた後にこんなん↓見つけた。

↑で、パトリティズムやナショナリズムの意味や使い方みたいなことについて、書いたけど、


Wiliquate - patriotism
  

↑に、昔の有名な人が「パトリオティズム」について言及したものを並べてある。
いわゆる明言集。パトリオティズムとはなんぞやと。




↑で書いたことを、もう一度言うけど、別に英語でどう使われるかは関係ないとも言える。けど、藤原正彦さんその他、みんなが英語の「パトリオティズム」を軸に物事を考えてるから、それにそってっつーことで。いくつか、引用&俺訳。いちいち訳すのはメンドーなんで、ポイントだけなのも。




"Patriotism means to stand by the country. It does not mean to stand by the President or any other public official save exactly to the degree in which he himself stands by the country. It is patriotic to support him insofar as he efficiently serves the country. It is unpatriotic not to oppose him to the exact extent that by inefficiency or otherwise he fails in his duty to stand by the country."

by President Teddy Roosevelt



セオドア・ルーズベルトによると、パトリオティズムとは「stand by the country」。「the country」は国でいいけど、「stand by」は微妙。そばにいる、寄り添う、みたいなところが妥当な気もするけど、支持する、助ける、みたいな意味もあったり。

微妙ですなあ。結局、どうとでも言えるかと。「パトリオット競争」は必至。

で、別に、大統領とか政治家とか役人とかに「stand by」することを意味するわけじゃないよと。ついでに、ちゃんと国の役に立ってる大統領なりを支えることは「patriotiic」。でも、「stand by the country」ゆえに、役に立たない大統領なりに反対することは「unpatriotic」じゃないよと。


まあ、100年前のお言葉だけど、基本中の基本。でも、いつの時代でもどこの社会でも、権力を批判したり反対したりすると、「unpatriotic」呼ばわりされるのも基本中の基本。結局、↑みたいな常識や基本は絶対に浸透しないとあきらめるべきかも。反対勢力を「unpatriotic」とか「反日」とか「売国」とかなんだかんだ言いたくなるのは人間の性かも。

って、あきらめまくりのやるきなしもーどのわたくしですが。
 

ちなみに、同じページで、セオドア・ルーズベルトのパトリオティズムが、フルブライトにボロクソ言われてる。「偏狭でエゴイスティック」とか「独善的」とか「傲慢な権力行使」とか。






"I hate patriotism. I can't stand it.... "

by Bill Hicks


ビル・ヒックスとかいうコメディアンは、パトリオティズムが大っ嫌いと。耐えられないと。





ついでにこの二つもぶちこんどく。↓


"Patriotism is the virtue of the vicious."

by Oscar Wilde


オスカー・ワイルド(1854?-1900)によると、パトリオティズムとは悪人の美徳であると。





"Patriotism is the last refuge of a scoundrel."

by Samuel Johnson


サミュエル・ジョンソン(1709-1784)は、パトリオティズムはならず者の最後の逃げ場所だと。






Heroism on command, senseless violence, and all the loathsome nonsense that goes by the name of patriotism - how passionately I hate them!

by Albert Einstein


アインシュタインは、パトリオティズムの名のもとに行なわれる、命令による(強制による)ヒロイズム、アホな暴力、すべての反吐がでるようなナンセンスなこと、そういうのが、超、マジで超、死ぬほど憎い!!!と。






Conceit, arrogance, and egotism are the essentials of patriotism. (Patriotism: a menace to liberty) ”

The people are urged to be patriotic ... by sacrificing their own children. Patriotism requires allegience to the flag, which means obedience and readiness to kill father, mother, brother, sister.

Thinking men and women the world over are beginning to realize that patriotism is too narrow and limited a conception to meet the necessities of our time.”

by Emma Goldman


エマ・ゴールドマン(1869 - 1940)は、 『パトリオティズム・・・自由への脅威』で、うぬぼれ、見栄、傲慢、エゴイズムってのがパトリオティズムの本質であると。

で、自分の子どもを犠牲として差し出すことによってパトリオットになれ、と人々は駆り立てられる(強要される)。パトリオティズムは国旗への忠誠を必要とする、そしてそれは、服従と父母や兄弟姉妹を殺すことを承諾することを意味する。と。

で、もう一つは、パトリオティズムってもんは、我々の時代の必要を満たすためだけで、偏狭で限界のある概念だと(=未来のためにならんと)。






Patriotism ... for rulers is nothing else than a tool for achieving their power-hungry and money-hungry goals, and for the ruled it means renouncing their human dignity, reason, conscience, and slavish submission to those in power. ... Patriotism is slavery.”

by Leo Tolstoy


トロツキーによると、パトリオティズムってもんは、支配者たちにとっては、彼らの権力や富への欲まみれの目的を達するための道具でしかない。で、支配される者たちにとっては、パトリトティズムは、人間としての尊厳、理性、良心を放棄することを意味する。ついでに、支配者たちに奴隷的に服従することを意味する。んで、結局、パトリオティズムってのは奴隷制のことっす。と。

(↑はトロツキーじゃなくてトルストイだっつーのってツッコミが入りましたのでトルストイです)




Patriotism is the willingness to kill and be killed for trivial reasons.”

Patriots always talk of dying for their country, and never of killing for their country.”

by Bertrand Russell


バートランド・ラッセルによると、パトリオティズムとは、ささいなことのために、喜んで殺したり殺されたりする気持ち、だと。で、パトリオットはいつも国のために死ぬことを語るけど、国のために殺すことを語らない、と。






The soul and substance of what customarily ranks as patriotism is moral cowardice...and always has been.”

by Mark Twain


マーク・トウェインによると、パトリオティズムと呼ばれる(?)soul(精神。魂)と本質は、道徳的臆病、だと。いつの時代もそうだったと。







By ‘nationalism’... I mean the habit of identifying oneself with a single nation or other unit, placing it beyond good and evil and recognising no other duty than that of advancing its interests.

Nationalism is not to be confused with patriotism. Both words are normally used in so vague a way that any definition is liable to be challenged, but one must draw a distinction between them, since two different and even opposing ideas are involved.

By ‘patriotism’ I mean devotion to a particular place and a particular way of life, which one believes to be the best in the world but has no wish to force on other people. Patriotism is of its nature defensive, both militarily and culturally.

Nationalism, on the other hand, is inseparable from the desire for power. The abiding purpose of every nationalist is to secure more power and more prestige, not for himself but for the nation or other unit in which he has chosen to sink his own individuality
.”

by George Orwell


ジョージ・オーウェルのコレは有名なんだけど、だいぶ藤原正彦さんのに近い。というか、スタンダード。「ナショナリズムについて(1945年)」って論考(本?)からだけど、訳すのメンドクセーなー、誰か日本語のを引用してねーかなーと、ちょっと探したら、ブログ&コメント欄での知り合いのマジで超イケてるブログ(死亡中)に遭遇(笑)。

前に読んだエントリーなんだけど、このオーウェルの言葉を日本語で抜粋してあるんで、それで(後半を)補いながら訳。俺訳。↓


ナショナリズム(従来の日本語訳では、国粋主義とか民族主義とか)ってのは、一つのnation(国とか国民とか民族とか)に自分をidentify (同一視する・一体化する)するhabit(癖・習慣・習性)である。んで、善悪を越えて、自分のnationの利益を増大させることを、なによりも大切なことと認識するもん。

ナショナリズムとパトリオティズムを一緒にしちゃやーよ。どっちの言葉も、普段、どんな定義をしても文句がつけられるくらい、めっちゃあいまいな使い方をされる。でも、絶対にこの二つは分離しなきゃならない。なぜなら、二つは違うし、対照的な概念を含んでるとさえ言えるから。

パトリオティズム(従来の日本語訳では「愛国心」や「郷土愛」。藤原概念では「祖国愛」)ってのは、特定の場所と特定の生活様式に対する献身的愛情であって、その場所や生活様式こそ世界一だと信じてはいるが、それを他人にまで押し付けようとは考えないものである。パトリオティズムは、軍事的にも文化的にも、本来防御的。

ところがナショナリズムのほうは権力への欲望と固く結びついている。ナショナリストたるものは、つねに、より強大な権力、より強大な威信を獲得することを目指す。個人としての自分を捨て、その中に自分を埋没させる対象として選んだ国家とか、これに類する組織のために。



でも、こういうふうに定義できたとしても、定義上分類できたとしても、結局、だからなんなの?ってかんじなんだよね。結局、英語の「パトリオティズム」って表現は、日本の「愛国心」と同じような使われ方をしてきたわけで。

「愛国心」って表現を擁護する側が、「愛国心とナショナリズムは違う。愛国心とは英語で言うパトリオティズムで郷土愛で健全なものだ」と言ってきたわけだけど、結局、藤原さんのはこの「愛国心」を「祖国愛」に変えただけかと。

藤原さんによると、「愛国心=パトリオティズム+ナショナリズム」だけど、結局、パトリオティズムの使われ方を見ると、「パトリオティズム=パトリオティズム+ナショナリズム」ってかんじだし。

んで、藤原さんが「愛国心って表現は汚い手垢がついてるから廃語にしろ」って言うなら、結局、「パトリオティズムって表現は汚い手垢がついてるから廃語にしろ」って言えちゃし、その「パトリオティズム」から引っ張ってきた「祖国愛」も「そのうち汚い手垢にまみれるから先に廃語にしとくべき」とか。


ま、僕は「廃語にしろ」なんて思わないけど。「愛国心vs祖国愛 1」で言ったように、ややこしいから「愛国心」を使えって思う。変に綺麗でイノセントな言葉にしちゃったら逆に危険で危険でしょうがない。




というか、藤原さんが「祖国愛」だの「愛国心は汚い手垢がついてるから廃語にしろ」とか「パトリオティズムは当たり前にもってなきゃいけない」とか言い出すから、こっちはややこしい話をして、その問題点と意味ナシ男ちゃんぶりをごちゃごちゃ書かなきゃならなくなってるわけで。

もうわけわかんなくなってるけど、とにかくしつこく繰り返すけど、「オマエのはナショナリズムだからダメ。オレのはパトリオティズムだからヨシ。」みたいのはド無理。




で、↑のオーウェルに戻るけど、あれの非常に重要なポイントは、「パトリオティズムってのは・・・、それを他人にまで押し付けようとは考えないものである」ってところだと思う。ここはすごく重要。

オーウェルの文脈だと、おそらく「他国民や他民族に押し付けようとは考えない(=侵略をヨシとしない)」ってことだと思うけど、「自国民や同胞にも押し付けようとは考えない」ってことも入れたいところ。いや、オーウェルに表現にもこの意味が含まれてるかもしれないけど。というか、オーウェルの問題意識を考えると、含んでいると思っていいかもだけど。


藤原さんの本ではどうだったか誰か教えて。「他人にまで、同胞にも、押し付けようとは考えない」に相当する部分があったでしょうか?



ついでに、「パトリオティズム」に「自国民や同胞に押し付けようとは考えない」と入れたら、世間の「愛国心フェチ」や「自称パトリオット」の方々の持ってるものは「パトリオティズム」じゃないってことになる。「他人にまで押し付けようと考えてる」人が多いと思うから。「反日」だの「売国」だのベタに言っちゃう人ならなおさら。



でも、何度も書いてるけど僕はそう言わない。フェチな人、自称したい人は、勝手に「パトリオット」を自称してくれていいし、「パトリオティズムを持ってる」と言ってもらってかまわない。やっぱ、「おまえはパトリオットじゃない」とか「おまえはパトリオティズムがない」とかは(ベタには)言いたくない。



僕自身は、「その場所や生活様式こそ<自分にとって>世界一だと信じてはいるが、それを他人にまで押し付けようとは考えない」ので、この定義によれば、普通に「パトリオティズム」を持ってるかも。<自分にとって>と強調するのも僕にとっては大事。


でも、「特定の場所と特定の生活様式に対する献身的愛情」なんて持ってる必要はないというか人の勝手。「その生活様式こそが世界一だと信じ」ってのも人の勝手かと。僕は、たまたま自分の嗜好とこの国の風土とこの国の生活様式が合ってるだけで、それはそれで運がよかっただけかと。

ついでに、あまり嫌な思いもしてないってのも運がよかっただけ。嫌が思いをしまくってる人が「この場所とその場所の生活様式に対する献身的愛情」なんて持てないだろうし、持つ必要もない。





まあ、とにかくくどいけど、↑で見てきたように、「パトリオティズム」って表現をナイーブにすばらしいって言うのはムリ。全然無垢じゃない。パトリオットが市民革命を起こした、本家パトリオットの国でさえ、「パトリオティズム」って表現は↑のように思われてたりするわけだから。


というか、また同じこと言うけど、藤原さんのせいで、ほんとにますます表現がややこしくなって混乱してきた。正直、普通に「愛国心」でいいと思うけど。教育基本法に入れろってことじゃなくて、普段、使う言葉としてはってこと。「ナショナリズム」もそう。そのまま普通に使えばいい。どっちも、肯定的から否定的まで、いろんな意味がある。

どの表現にも、いろんな意味があって、(藤原さんのようの「ナショナリズム」を)全否定するのも、(「パトリオティズム」を)全肯定するのもナイーブっすよ、ってことだけを理解しときゃ、それでいいんじゃないかと。とにかく、全肯定して浸透させるために(他者に要求するために)、ムリヤリ「祖国愛」みたいな言葉を使うのは反対。逆に危険。




愛国心vs祖国愛 1  by 藤原正彦
愛国心vs祖国愛 2  国益主義


ところで、↓

「新教育基本法案」へのツッコミ本番。
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by mudaidesu | 2006-04-28 12:19 | ナショナリズム


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