宮崎あおい本


こんなん見つけてしまった。

ナショナリストなら要チェック↓












祈り

中国、16日間の旅の中で学んだこと。












たりないピース

インドを旅して考えたこと。






いや、もちろん本自体はチェックしてないけど、アマゾンその他あたりのレビューを読むと(「ユリイカ」で一緒に出てた兄貴とのインド本はまだ発売してないようだけど)、中身はまともみたい(「まとも」って表現もなんなんですが)。というか、なんなんだろうこれは。僕が釣られてるだけかな。

宮崎をこういう売り出し方してるのかな。欧米巡りの本じゃないところがミソってわけで。でも、一応、役者としてはすでにキャリアあるから、いまさらだしな。もともとイメージ的にも硬派というか地味というかマニアックだし。

どのくらいマジなんだろう。というか、「好きだ、」でも書いたけど、どういう意図があろうと、こういうのは糧になる。

こういうノリもいいけど、もうちょい狂気もほしい。あと妖気。悪女ぶりも。映画では、なにげに静かな狂気と妖気を表現できてるから、そこらへんをもっと磨いてほしいもん。




というか、本について検索してみたら、「まえがき」が見つかったんでちょっと引用。↓


・・・そんなニュース(反日デモ)を見ているうちに、「こんな時期に行ったら、石投げられるかも」と、そんな不安が頭をよぎった。私は「行きたくない」とは思わなかった。なぜなら、私は世界中のいろんな人たちと出会って、その生活を知りたい。人との出会いは、女優としてだけでなく、人間として自分を成長させてくれると信じているからだ。

今思えば、結果的にあのデモの時期に中国に行けたことは、すごくよかったと思っている。もし中止になっていたら、私は中国全体が反日デモをしているようなイメージを持ったままだったかもしれない。私が中国で出会った人や家族は、みんな優しくて、素敵な笑顔がたくさんあった。

なんとか(漢字が読めない)村の子どもたちは、目をきらきらさせて笑っていたし、チベット近くの山で修行する若い僧の人たちも、親切にお寺を案内してくれた。訪れた村ではごはんをご馳走になったし、その中で心豊かに生きる人たちにも出会った。

私はそういう人たちを通して中国を見ることができる。知らないといけないことや、行動しないといけないことはたくさんあると思うけど、この正直な自分の気持ちをずっと持っていたい。そういうことが大切なんだと、中国の旅は教えてくれた。


中国の人々に教えてもらったこと・・・まえがきに変えて



まあ、ライターが清書してるだろうけど、どうですかコレ。

そこらで素朴に熱くなって唾飛ばしてるオッサンたちにでも読んでほしいくらい。



とにかく、いいかげん「反日教育やってるから中国人は反日」みたいのから卒業しよう。やってるのは「歴史教育」であって、だからこそ首相の靖国参拝とかに怒るわけで。それだけ。韓国人も同じ。

別に今の日本そのものや今の日本人が嫌いなわけじゃない(なかには気合いの入ったレイシストもいるだろうけどそれは一部。日本と同じ)。「今の日本や日本人を嫌いになれ」みたいな教育(そういうのこそ「反日教育」)なんてやってない。

ヨーロッパや世界中で「反独教育」が行なわれてないのとおなじこと。行なわれてるのは「反ナチ教育」。それとおなじで、僕らの近所では「反日帝教育」(それも、中国では「問題なのは極一部の軍国主義者の指導者であって、それ以外の日本人民は被害者だ」というかなりアクロバティックなロジックで)。「反日」だからじゃなくて、「反日帝&反日帝軍国主義者」だから反首相靖国参拝になる。

それと、反首相靖国参拝みたいのは、僕が反ブッシュ政権であったり反中国政府人権侵害政策であったり反イスラエルのパレスチナ政策だったりするのと同じこと。

日本の知性と良心を代表する保守論壇のみなさん、わかってて「あえて」やってんでしょうけど、そろそろ卒業しましょう。 飽きられるまでダラダラやるのはかっこわるいっすよ。(靖国問題について







ついでに、こんなインタビュー記事があった。ちょっと引用。↓


「昔、お父さんに『大都市には大人になってから、自分でお金を払って行きなさい』って言われたことがあるんです。だから仕事では欧米に行くこともありますけど、家族とはアジアに行くことが多かったですね。」


んーん、いい父ちゃんですね。



「ただ一度だけ、若い女の子に車のなかから『中国から出てけ!』って大声で言われたんです。その子の英語が聞きにくくて、最初は何を言われたのか分からなくて笑っていたんですけど、よくよく考えてその意味に気がついて。彼女がそう思ってしまうような経験を実際にしたわけでもないのに、周りの情報だけでそんなことを言ってしまうなんて、すごい勇気だなって思って」

http://books.yahoo.co.jp/interview/detail/31627879/01.html (全文1)



NANA」と「好きだ、」で引用した


一回だけ、中国の女の人に、中国から出てけー、と言われましたけど、それ以外はまったく、みんないい人だし、日本人だからといって、なにかをするわけでもないし、なにかいってくるわけでもなかったですね。


この話だね。インタビューは別だけど。

「分からなくて笑っていた」ってのは日本人らしい。それにしても、この感想は完璧(僕の基準では。てか、偉そうですんません。宮崎さんの勝手)。こういう人に対して、変に恐縮する必要はまったくない。

この中国人女性の言動を正当化できるものは何もない。たとえ親や家族が日本軍に惨殺されていたとしても。もしそうなら気持ちはわからんでもないが、こういう言動を正当化するわけにはいかない。正当化しちゃったら、この世は終わり。何度も言ってるけど、何人だろうとなんだろうとレイシストはレイシスト。ヘイトスピーチはヘイトスピーチ。




「進歩史観」の持ち主の「モダン」な人(欧米リベラルとか)なら、一部の中国人や韓国人のファナティックなナショナリズムはまだまだ大目に見てやれよ、ってことになるのかもしれない(ナチュラル・ボーン・キラーズ&ノーと言える中国)。日本との歴史的経緯もあるし。連中は「遅れてる」んだからとか。でも、中国はともかく、韓国はもう「遅れて」ねーだろ。歴史の話ならともかく、現代の日本人に対するレイシズムは話にならねーぞ。アホッって言ってやる。

西尾幹二とネタとかベタとかロマンとか
 

↑で、「中国はともかく」と書いたし、


中国人や韓国人の反日感情は「ナショナリズム」だけど、微妙に同情的に見られたりもする。日本人の反中嫌韓も「ナショナリズム」だけど、否定的に見られたり。前者は元被害者だし弱者だと。

これは黒人(弱者・マイノリティ・元被害者)の反白人感情と、白人(強者・マジョリティ・元加害者)の反黒人感情の受け取られ方の違いと同じ。

愛国心vs祖国愛 1  by 藤原正彦 


みたいなことも書いたけど、それはあくまで「集団単位をはたから見れば」な話であって、実際に日本人の個人に向けてヘイトスピーチやっちまったらダメ。絶対に正当化できないし、僕は認めない。というか、日本大使館への多少の破壊行為の方がはるかにマシ。公権力への抗議行動として、個人的には、僕の感覚では、多少は大目に見てもいいかもってところがある。(ところで、70年代の東南アジアでの反日暴動は、中国の反日デモなんて屁でもないくらいものすごかったらしいね。)



多少ムカツクのはわかるけど、憎悪するほどのことなくない?と素朴に思ったりすんだけど。↑のような経験してれば、そりゃ、憎悪の理由はよく理解できる。もちろん、たとえ、↑のような経験してても、「まあ気持ちはわかるけど、憎悪したってしょうがないよ。未来のためにならないよ」と言ってやりたいけど。

「ネットで広がる愛国心」 by 筑紫哲也のNEWS23
 

この引用だけじゃ意味不明だけど、この引用の意味は、たとえ本人がそういう経験(他民族やらのせいで酷い目に会う)を実際にしていたとしても、我慢しなきゃならないし、するしかない。



世界中に、異なる人種・民族・国籍の人たちのせいで嫌な思いをした人は無数にいます。毎日そういう思いをしてる人もいます。虐殺や拷問もあれば、ただうるせーなあってだけもあるでしょう。旧ユーゴやルワンダではこの世のものとは思えないようなことが起こりました。アメリカにいれば、毎日毎日他人種他民族他国籍の人のせいで嫌な思いをします。でも、それでいちいちその人種なり民族なり国を嫌ってたらキリないと思います。世界中の人や国を嫌いになっちゃいますよ。日本人すらも。日本人のせいで嫌な思いすることもよくありますよね(笑)。

日本人の劣等感と優越感? & 欧米リベラル のコメント欄


と書いたとおり。





で、宮崎インタビューのつづき。「好きだ、」で書いたネタ。↓


――出会ったなかで一番心に残っている人は?

「物乞いをしていた姉妹ですね。今まではそういう人を見ても“大変だなぁ”としか思わなかったけど、今回彼女たちと会って、もしかすると自分が逆の立場だったかもしれないって思ったんです。それで話がしたくなって、通訳のかたと一緒に会いに行っていろいろ質問して、彼女たちの両親が亡くなったこと、親せきを訪ねたけど養ってもらえなかったことを知りました。『どこに住んでいるの?』って聞いたら『あっちに住んでる。来るか?』って言われたんだけど、その時『行く』っていえない自分がいて。それが今はすごく心残りで、なんであの時行くって言わなかったんだろうって……」



――彼女たちのエピソードは本文中にも出てきますが、最後にそんなやりとりがあったんですね。

「その後、折り鶴とお金を彼女たちに渡して別れたんですけど、結局自分は興味本位で話を聞いているだけで、何にもできないんだなって痛感したんです。そしてあの時から私は、貧困の問題に関心をもったり、平和のことをもっと真剣に考えるようになりました。・・・・

http://books.yahoo.co.jp/interview/detail/31627879/02.html(全文2)



もしかすると自分が逆の立場だったかもしれない」だって。最近、しつこく何度も触れてるけど、リベラルの感性の基本中の基本。「私」と「彼ら」の交換可能性を認識。ジョン・ロールズの「無知のヴェール」系。そういう理論に感覚的に迫ってる。


でも、「それが今はすごく心残りで、なんであの時行くって言わなかったんだろうって」って気持ちはわかるけど、それでいいと思うんだよね。深入りしてもどうにかできるわけじゃないし、この場合は大丈夫だろうけど、他の場面で安易に同情してついて行っちゃって危険な目に会う可能性もあるし。そこは割り切らないと。って思うのは、やっぱ、僕が冷酷なせいかも。




というか、正直、役者宮崎には興味あるけど、人間宮崎はどうでもよかった。これはどの俳優でも(スポーツ選手でも)そう。いくらジョージ・クルーニーが頑張って発言しても、ジョージ(笑)の映画はイマイチだから、役者ジョージ(笑)にはたいして興味ないし。ショーン・ペンやスーザン・サランドンなんかは両方イケてるけど。

でも、こういうインタビューを読まされるとなんか期待しちゃう。なにを?ってかんじだけど。




追記: 「バッシング&初恋  占部房子&宮崎あおい」で、「たりないピース」についてのテレビインタビュー映像(兄貴と一緒)と、「初恋」についてのロングインタビュー映像を紹介。

ちなみに「バッシング」は宮崎あおいバッシングとかでは全然ありません。イラク人質事件からヒントをえて作られた映画「バッシング」についてです。主人公(宮崎あお&占部房子)のかんじが微妙に似てたんで一緒にしてみただけです。
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by mudaidesu | 2006-05-08 00:50 | 映画


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