「ホテル・ルワンダ」とか世界政府とか


ホテル・ルワンダ
共感と暴露と動揺と切断処理 ホテル・ルワンダ

でこの映画について書いたけど、ここではこの映画のエンドロールのときに流れる歌についてちょっと。「なんで the United States of Africa ができないんだろう?」みたいな歌。

この歌について何も知らないし、この歌の歌詞もチェックしてない。だからこそ、映画を観たときと同じ気持ちで書ける。かも。

「ホテル・ルワンダ」について書いたときは、触れなかったんだけど、正直なところ、あの歌を映画館で聴いたときは、なんか居心地が悪かった。オリエンタリズムの臭いを感じたから。「我々の側」の傲慢を感じたから。




僕の素直な感想はこうなんだけど、やっぱこの歌について調べもせずにケチつけるのもどうかと思うので、ちょっとチェック。

歌詞見つけた。→ Wyclef Jean Million Voices Lyrics 


"Million Voices" はWyclef Jeanの曲で、Wyclef Jean は The Fugees のメンバーで、ウィキぺディアによると、ハイチ生まれでニューヨーク・ブルックリン育ち。ハイチ支援のNGOもやってるそう。



ようするに、これはアメリカ人の曲。

いや、この曲自体は悪いとは思わないし熱意も善意も感じるし、いいと思うんだけど、というか、ケチつけるのは気が引けるくらいすばらしいとは思う。

でもやっぱり、アジア人として(言い訳だけど)、一応ちょっと思ったことを。



やっぱ、オリエンタリズムっぽいと思う。ルワンダを見る目線も、アフリカについての語り口も。もちろん、このWyclef Jeanは僕なんか比較にならないくらいアフリカやルワンダにコミットしてるし、すばらしいのは変わらない。言い訳がしつこいけどそれは大前提。




If America, is the United States of America,
Then why can’t Africa, be the United States of Africa?

And if England, is the United Kingdom,
Then why can’t Africa unite all the kingdoms
and become United Kingdom of Africa?


映画館で、居心地が悪かったのはこの部分。

こう思う素朴な気持ちはわかるんだけど。


そもそも、アフリカでは国家間(インターナショナル)の紛争ってのはあんまりないし(トランスナショナル(越境)な紛争は多いけど)。ルワンダもそうだけど、国家の内側でモメてることが多いわけで。

ようするに、一緒に国家をやってく必然性のないような人たちが、ムリヤリ一緒に国家を運営しなきゃならないってのが、そもそものゴタゴタの根本にあったりするわけで。ルワンダ虐殺だってそうとも言える。


まあ、そういう細かい話じゃなくて、この曲は「気持ち」を表現してるんだろうけど。「なんで仲良くできないんだよ。仲良くしろよ」と。それはわかるし、僕も同じ気持ち。




中近東のあのあたりや、バルカン半島あたり、ってナショナリズムを素にした争いが絶えなかったんですよね(他の地域もそうですけど)。でも、はたからみりゃ、たいして変わらんだろ、おまえら、なんですよね。・・・「はたから見りゃ、たいしてかわらねーよ、おまえら」ってのは、中国人、朝鮮人、日本人にも言えますね。

くだらね~ ああ くだらね~ ちょー くだらね~


みたいなことずっと前に書いたけど。ほんとに僕もこの歌と同じ気持ち。




けど、この「unite しちまえよ」ってノリはやっぱ微妙。

欧米人や僕らからすれば、「おまえらたいして変わらねーよ」で、「だから一緒にやれよ」ってことなんだろう。僕も「おまえらたいして変わらねーよ」とは書いたけど、だからって「一緒にやっちまえ」とまでは思わない。この曲はそこまでは言ってないか。「一緒にできないのかなあ?」くらいかな。




「イマジン」もアルバムは大好きなのにタイトル曲が大嫌いですね。国家を否定することがそのまま平和に繋がるということが安易な発想であることは差異を肯定していくスタンスからすれば当然のことだし。

オノ・ヨーコとかのコメント欄


ジョン・レノンの「イマジン」の「Imagine there's no countries」ってところへ、ポストモダンのHemakovichさんからこういうナイスなツッコミをもらった。↑




まったくそのとおりですね。・・「みんな同じ」じゃなくて「みんな違う」でいきたい。差別の問題だってそうでしょう。「みんな同じ」を強調するから、「違う奴」が差別される。だから、「みんな違う」ということ、多様性を尊重することが大切かと。

ただ、「イマジン」の時代はずっと前ですし。当時としては、十分がんばった方なんではと。たしかに、今の感覚からすれば、「みんな同じ」的な発想はダメダメかもしれないですね。私もあの歌詞にはだいぶ違和感あります。しかし、「You may say Im a dreamer, but Im not the only one,」(ドリーマーとか言われちゃうかもしれないけど、ドリーマーは俺だけじゃないよ)の部分なんかは、この姿勢は今でも輝き持ってると思います。というか、好きなのはこの部分。

「差異を肯定」どころか、ますます差異に非寛容になりつつある、昨今の状況を考えると「差異の肯定」や「多様性の尊重」なんてまさに「夢や理想」で「安易な発想」かもしれません。そんなときこそ、↑の姿勢でしょう。「俺だけ周りと<違う>でいいよ。他にも<違う>奴いるだろ」みたいな。


と僕は書いたんだけど。




ついでに、昔から「世界政府」みたいな感覚は好きじゃなかった。どうも権力を集中させちゃうって発想がなあと。結局、強者の支配が強化されるだけじゃないのかなあとか(今もそうだけど)。

地域組織も含めていろいろな国際機関みたいのが入り乱れて、一つ一つの国家もところどころで主権を委譲するってくらいがちょうどいいような気がする。別に一つに束ねなくても国際紛争を不可能にするくらい相互依存を高めることは可能。


一つにするメリットなんて「効率」くらいしか思い当たらない。国家間(インターナショナル)のモメゴト回避ってのも「効率」の一種かな?それはそれで重要なんだけど。

でも「効率」ってのは多様性や差異に寛容じゃなかったりする。やっぱ多様性を尊重するなら世界政府みたいのはやだなあ、抑圧がすごいだろうなあって感覚的に思ってた。



こういう感覚からすると、↑の歌詞みたいのは、んーん。「アフリカを一つの国にしちゃえよ」ってほどじゃないけど、「なんでアフリカは一つの国になれないの?」ってノリは、んーん。アフリカン・ユニオンはあるけど。

アフリカの人が書いて歌うならまだしも、欧米人がこう書いて歌うのは、んーん。




映画館で居心地が悪かったのは、「まさか、この曲、アメリカ人かイギリス人が書いたんじゃないよね?アフリカ人が書いたとしても、欧米人の映画でこういう曲使うのはどうよ?」と思ったから。


そもそも、僕らは普段からアフリカを一まとめにして語る傾向がある。そういう傾向に対して、簡単にアフリカを一まとめにするな、って言説は前からある。無数にある差異を無視して、乱暴にアフリカを語るなと。一人一人とまでは言わないけど、一国一国、一部族一部族をちゃんと見てくれと。アジアについてもそう。


この曲の歌詞の最初に「African Chorus throughout song」と書いてある。他のサイトの歌詞にも書いてある。「ホテル・ルワンダ」のサントラの歌詞カードをチェックしないとほんとのところはわからないけど、とりあえず、歌詞カードに「African Chorus throughout song」と書いてあるという前提で。


「African Chorus」ってどうよ?何よそれ?

気持ちわかるけど、ちょっとムリヤリすぎないかと。アメリカのテレビ番組なんかで流れる、日中韓あたりの映像にはよく「East Asian Music」みたいのが流れるけど(笑)。

「カリブ音楽」とか「アラブ音楽」とか「ラテン音楽」みたいのはそれなりにアリだと思うけど、「アフリカン・コーラス」みたいのはどうよ、って思ったりもするんだけど、気のせいかな。どうなんでしょう。僕には判断つかない(笑)。

まあ僕もふつーに「アフリカっぽい」とか「アジアっぽい」みたいな表現使ってるけど。



とにかく、アフリカにしろ、アジアにしろ、一まとめにして「アフリカ」「アジア」とかベタに言っちゃうのはどうかと。こういうことを自覚した上で、あくまで便宜上、アフリカとかアジアとか言うべきかなと。

あくまで人工的な概念だし、もともとは西洋人が自分たちのアイデンティティを形成する過程でつくり出した概念だし。それも、自分たち=ポジティブ、その他=ネガティブ、みたいなノリで。

僕も安易にアフリカやアジアを語るけど、こういう前提を忘れないように。自戒。




たとえこの曲を作った人が黒人だとしても、欧米人が、この歌のようにアメリカやイギリスを出すのは素朴だけど傲慢とも言えるかも。「unite できないの?unite しようよ」くらいならまだしも、アメリカやイギリスを出すのはさすがにどうかと。


誰がこの歌を作ったか、誰の映画でこの歌を使ったか、この二つの「誰」は重要だと思う。

アフリカ人がこの歌を作って、アフリカ人が作った映画でこの歌を使うのと、欧米人がこの歌を作り、欧米人が作った映画でこの歌を使うのは全然違う。



アイデンティティや差異にこだわりすぎて喧嘩するのはアホだけど、他者のアイデンティティや差異、自己のアイデンティティ、他者にとっての自己のアイデンティティ、そういうのに無自覚なのもどうかと思う。



ほんと「あえて」ですよ。このエントリーは。

欧米リベラルが謳う「普遍性」みたいなもんへの違和感。僕が感じたのは。彼らが普遍性を語るときに出ちゃうオリエンタリズムみたいなもんへのどうしようもない違和感。結局のところ「俺らを見習えよ」みたいなノリへの違和感。アジア人としての。(日本人の劣等感と優越感? & 欧米リベラル


ついでにもう一回言い訳しとくけど、「ホテル・ルワンダ」はすばらしいと思うし、多くの人に観てもらいたいし、この歌もいい曲だと思う。
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by mudaidesu | 2006-06-07 22:00 | 世界


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