続 エグイ文章を見つけた。産経&JIIA問題。


エグイ文章を見つけた。
靖国とかアメリカとか

のつづき。




いつも興味深い記事等を紹介してくれるkayoさんからの情報です。自分で情報を探す気がほとんでない僕としては、サンクスx100億ってかんじです。



まずは、こんなのを。↓


ひと:玉本偉さん=日本を論じる英文記事を配信
 
◇この国の考え方を、世界に伝えていく--玉本偉(たまもと・まさる)さん

「外から見ると、何を考えているのか分からない国」。26年に及ぶ海外生活で、母国に抱いてきたジレンマだった。米国で暮らしている時も「日本は軍国主義だ」とする周囲の偏見に何度も突き当たった。もっと理解してもらう努力をしなければならない--。

4月から日本の国内情勢や外交問題を論じる英文情報の発信を始めた。月に3本程度の記事を、勤務する「日本国際問題研究所」のホームページに載せていく。海外のシンクタンクや大学などへも直接配信して読者をさらに広げたい。モデルとするのは米誌「フォーリン・アフェアーズ」。初回は自らが執筆し、中国や韓国と対立する日本外交を取り上げた。

東京生まれの49歳。14歳から欧米の学校で学んできた。卒業後はプリンストン大など米国の名門校で教べんを執ったことも。40歳で帰国。長く離れていた母国については「知的な議論が枯渇している」と手厳しい。

これまでも英語で日本を論じる試みは少なくなかった。しかし、大半は日本の実態に迫り切れなかったり、官製情報の発信にとどまり、「失敗だった」と切り捨てる。外国人の書き手が多いことも問題だった。「日本人が自分の考えを自分で説明しない限り、外国人には理解されない」。この考えが根幹にある。

今後の執筆者は、肩書にこだわらず募っていく。「自分が関心のある問題を海外に伝えたい思いが最も大切ですから」

情熱ある書き手の登場を楽しみにしている。<文と写真・大前仁>


■人物略歴

米ジョンズ・ホプキンズ大高等国際問題研究大学院で博士号取得。日本国際問題研究所では英文編集長。掲載先はhttp://www.jiia.or.jp/en/commentary

毎日新聞 2006年5月4日 東京朝刊

キャーッシュ



「過激な左派学者(by古森さん)」なんですかね。「反日」なんですかね。

僕からすりゃ、古森さんの方がはるかに「反日」(ネタ)だけど。というか、前から書いてるしいまさらだけど、日本や日本人のために真摯に発言してる人々を「反日」なんてベタに呼んじゃダメだって。マジで。そういう人こそ「反日」(ネタ)だって。




そして、


http://wdsturgeon.googlepages.com/home


こんなサイトがありました。William Sturgeonって人が、「古森義久さん&日本国際問題研究所」問題についてのサイトをつくったようです。閉鎖されたCommentaryにあった論文等が読めます。


ここに、日本国際問題研究所の理事長さんが、産経新聞さんに寄せた「懺悔文」とそれを報じた産経新聞記事もありました。↓


国際面

日本発の「反日論文」 国際問題研理事長が回答 深く反省、編集体制一新

2006 年 8 月 18 日 産経新聞 大阪本社版 日本語

(c) 2006 The Sankei Shimbun All Rights Reserved. 産経新聞社


13日付の「緯度経度」欄《日本発「公的な反日論文」》で古森義久・ワシントン駐在編集特別委員が、外務省管轄下の日本国際問題研究所(JIIA)が今春から始めた英文の「JIIAコメンタリー」について、事実に反する暴論があるなどの問題点を指摘。同研究所への公開質問状として「現在の日本の外交や安保の根本を否定するような極端な意見の持ち主に日本の対外発信を任せる理由はなんなのか」と問いかけた。これに対し、佐藤行雄理事長から次のような回答が寄せられた。

□     □

日本国際問題研究所(JIIA)がこの4月から海外向けに始めた英文での小論シリーズ「JIIAコメンタリー」で送信した論文の中に、公益法人としての当研究所の立場にふさわしくない表現や、日本の立場や実情について誤解を招く用語などがあったことはご指摘の通りで、責任者として深く反省いたしております。

「JIIAコメンタリー」は海外のオピニオン・リーダーや研究者などを対象にして、国際問題についての日本人の見方や意見を英文Eメールで発信しようとする企画で、いずれ本格化する暁には、外部の識者も入れた編集委員会を設け、また、幅広い分野の問題について、できるだけ多くの方々に執筆していただけるような体制を整えていくことといたしておりました。

ただ、このような試みに対して、どのような国でどれだけの数の、また、どのような分野の人たちが応じてくれるかについては全く見当がつかなかったというのが当初の状況でした。

そこで、計画を本格化する前にこの点について一応の見通しを得ることが不可欠と判断して、研究所同士の付き合いなどを通じてあらかじめ内諾をいただいた方々を対象に、4月から実験的に発信を開始したものが、今回、古森さんのお目にとまった小論シリーズです。

ご質問いただいた編集担当者の採用理由につきましては、発信する論文はいずれ外部の有識者に寄稿をお願いするという前提の下で、専ら英語による論文の編集能力に着目したもので、試行期間中に本人が起案した小論につきましても、内容についてはとりあえず研究所内での審査を経ることといたしておりました。

それにもかかわらず、所内の審査が行き届かないままに発信が行われた結果、今回のような事態を招いた次第です。

ご指摘を受けまして、「JIIAコメンタリー」はとりあえず停止し、発信済みの小論のホームページへの掲載もとりやめましたが、さらに当研究所といたしましては、今回の事態を厳しく反省し、編集体制を一新した上で、各分野の識者のご協力も得て、国際問題についての日本人のさまざまな意見を対外的に発信する役割の一端を担うことができるよう、新たな努力を払って参りたいと考えております。

「日本からの対外発信はますます重要となってきた」という古森さんの認識を共有される方々のご理解とご支援をいただければ幸いです。

財団法人日本国際問題研究所理事長

佐藤行雄+++++

http://wdsturgeon.googlepages.com/sankeishimgunarticlebyamb.satoh






Ronald A. Morseって人の文章もあった。玉本さんと古森さんにもついて言及。↓


価値のある実験が、自身の価値を証明するチャンスを得る前に、停止させられてしまうのを見るのはいつでも遺憾なことだ。また、善意の人々が、誤解されて終わっちゃうのは、残念すぎる。

こんなかんじなのが、日本国際問題研究所の「Commentary」サイトについての問題。



私は、玉本偉を知ってるし尊敬している。しかし、Commentaryの編集長としての彼の起用は、ちょっと驚きだった。玉本は、過去にコントロバーシャルな意見を表明したこともあるし。一方、JIIAの理事長の佐藤行雄は、(彼についてもまた、私は長い間知っている)、広い視野を持った生粋の知識人とて評判だ。この二人は、日本の国際関係についての斬新な議論を展開させるためにパーフェクトなチームに見えた。



古森と私は長い間友だち同士だった。それは、2000年、北京での古森との夕食でのことだった。古森が産経新聞北京支局長だったとき。私が、日本についてのどんなコメントに対しても「スーパー神経質」になる彼の新しい性質を、はじめて感じ取ったのは。実際、そのときに、彼に言った私のいくつかのコメントは、私たちの関係を悪化させさえしてしまった。彼の中国滞在はトラウマ的で、彼を変質させてしまった。そして、それ以来、彼は、彼が「反日」と見なしたものすべてを攻撃することを、彼の使命とするようになってしまったみたい。中間は存在しない。人は必ず「親日」か「親中」のどちらか。2000年以来、古森は、中国に批判的な人々を称賛し、彼が「反日」と定義するもの(学者たち、プログラム、新聞(ニューヨークタイムズ)、そしてシンクタンク(JIIA)等)を攻撃するために、彼の産経の影響力のあるポジションを利用してる。・・・


Ronald A. Morse

http://wdsturgeon.googlepages.com/commentbyronmorse





こんなところも紹介してあります。ディスカッション・フォーラムです。


Japan-U.S. Discussion Forum


この古森・産経・日本国際問題研究所問題についても、プロフェッショナルっぽい人たちによって、いろいろ議論されてます。(時間があったら、どんな議論がされてるかチェックしてみます。なんかあったら、というか、僕に余裕があったら、後でここのコメント欄か新しいエントリーで紹介するかも。もし、チェックした人がいれば、どんな話がされてるかコメント欄に書き込んでいただけるとありがたいです。テキトーでいいんで。)





で、Asia Times Onlineってのに、この問題についての記事が載ったようで、それをグガァ~~~と訳。「あさしい」日本語なのは堪忍。「グガァ~~~」ってことで。言い訳ばっかですが。日本人として恥ずかしいですごめんなさい。


Sheila A Smith と Brad Glosserman の二人の文章。面倒なんで何者かは調べてませんが、


Sheila Smith (SmithS@EastWestCenter.org) is a researcher at the East-West Center. Brad Glosserman (bradg@hawaii.rr.com) is executive director at the Pacific Forum CSIS. Opinions expressed are those of the authors.


こんなかんじです。学者だね。



日本で脅かされる「開かれた議論」


日本は、日本自身の地域や世界での立ち位置について議論してる。または、そう思われる。東京(日本政府)の国際的な役割を定義するという、日本政府関係者や知識人たちによる(小泉純一郎首相(登場?)以来)、その議論の試みは間違ってない。その試みにとっては、いろいろな問題についての自由で率直な議論に対する寛容さがとても重要になってくる。



このプロセスは、首相のコントロバーシャルな靖国神社訪問、アフガニスタンとイラクへの歴史的な自衛隊展開、そして、日米安保同盟の再定義(略)の背後にある。



日本の戦後史(はるかに政治的にセンシティブな戦前の歴史の話題は言うまでもなく)についての新しい議論と、戦後日本の規範に伴った制度や慣習についての広い範囲の問いは、かなり遅れている。しかし、それらの議論や問いは、多くの人々にとって(国内外両方で)、社会的緊張と争いに満ちたトピックである。



この議論は、日本国内の数世代と、その結果が残りの世界のどこに、またどのように影響を与えるかナーバスになっている国際的な観客の、本質的な合意を揺さぶるもの。日本の過去と、外交政策の新しい基盤の処方箋についての日本の議論は深く絡み合っている。そして、この議論は、必然的に、深い社会の傷跡を剥き出しにし、熱く激しい感情を伴う。



私たちは、日本の民主主義に大きな信頼がある。そして、この議論は日本のためによいものと信じてる。私たちは、この議論が、日本の外交政策と日米同盟を強化することになると信じてる。



しかしながら、私たちはまた、最近の情勢に懸念を持ってる。先週、日本国際問題研究所(外務省管轄のシンクタンク)が、日本外交政策に焦点を当てた論説シリーズの出版(オンライン)を停止してしまった。



その停止は、著名なジャーナリストの古森義久による論説シリーズの内容への批判の後だった。古森を怒らせたのは、このようなコメント→「(外国の)日本ウオッチャーたちはますます日本の対中政策を愚かで挑発的、独善、不当だとみなし、中日関係の悪化を日本のせいだと非難している。 しかし日本国内では日本がナショナリスティックで軍国主義的でタカ派的だと(諸外国で)認識されていることへの意識がほとんどない」 「小泉首相の靖国への立場にも過去の帝国主義的侵略への反省欠如が指摘される」(これは古森さんの日本語文章からね)。



外務省は、1970年代から、日本人によって書かれた英語マテリアルを供給することで重要な役割を演じてきた。それなしには、国際的なオーディエンスはそういうものにアクセスできなかったし。外務省は、文藝春秋、中央公論、そして、諸君!のような日本を代表するような雑誌の記事を英語に訳して編集する、Japan Echoを出版してる。また、日本外交政策を専門とする外交フォーラムという雑誌も出版してる。このように、日本国際問題研究所の新しいイニシアティブは、日本人のさまざまな見解や洞察を、どんどん増えてますます関心を持つようになった国際的なオーディエンスへ提供するという、長年の努力の一部である。



この事件の背後には、古い確執がある。知的な敵対が。たとえば「進歩的な左」と「保守的な右」のようなラベルに反映されるような。いわゆる55年体制(自由民主党がつくられた後の時代)時代のこれらのラベリング(markers)は、今日、それらの議論の長所を見るためよりはむしろ、個人を非難する告発として使われる。日本でさまざまな思想についての議論が流動的なちょうどこの時代、反対派を封殺しようとするこのしつこい衝動に対して絶対に抵抗しなければならない。実際、日本国際問題研究所(JIIA)Commentaryシリーズの何がすばらしかったって、それは、「進歩的左派/保守的右派」二項対立から離れて、議論に斬新な分析的視点をもたらした。(太字強調は僕ね)



この事件の三人の主人公たちはみんな、海外でキャリアの多くを過ごした。そして、彼らは、日本の外交政策についての議論を形づくる際の活発な参加者だった。



JIIA理事長の佐藤行雄(元国連大使)は、日本を代表する外交官の一人で、日本、ヨーロッパ、そしてアメリカでの国際関係についての議論に、文章を発表し活発に参加してきた政策知識人である。Commentaryシリーズ編集長の玉本偉は、日本のナショナル・アイデンティティと日本の世界での役割について、国際的に評価されている学者であり作家である。その批判者、古森義久は、ワシントンと北京に駐在したことのある産経新聞の無遠慮な(=声の大きい)ベテランジャーナリストで、過去に、日本の歴史についての新しい議論への国際的な批判に対して、神経質なところを示したことがある。それでも(みんな海外が長いけど、ってこと?)、この三人は、日本のナショナル・アイデンティティ議論において、とても異なったスタンスを持ってる。



この事件は、日本ウォッチャーたちの間で熱い議論を起こして、「日本の過去を思い出す」みたいなことを示唆する刺激的な発言も引き出した。日本国内では、しかしながら、commentary on webwites(ってCommentaryのこと?もしかしてネット世論ってこと?どっち?)は古森の非難を真面目に受け止めてしまった。佐藤は、産経新聞で公式に彼の批判者に応えてしまった。そして、彼がそのJIIAシリーズの編集手順を改造するまで、出版を停止してしまった。



今のところ、JIIAが日本に批判的だと見なされるマテリアルを供給してはならないという批判は、hold the dayのように思える(hold the dayってなんですか?「日本に批判的だと見なされるものをまったく供給しちゃだめって批判は、いまのところそこまでの効力を持ってないけど」ってこと?それともその逆で「これほどまでの批判がprevailっていうか、勝っちゃった」ってこと?このあとのButを見ると前者かな?というか、英文出しとく。For now, criticism that JIIA should not be producing material that is perceived as critical of Japan seems to have held the day. )。

しかし(But)、JIIAのオンラインcommentaryを停止させるに至ったこの神経質なものは、より大きな注目に値する。これは、長年の知的敵対によって起こったただの孤立した出来事なのだろうか?これは、日本の外交政策について論争を招くような見解のために、政府が出資する研究機関が、フォーラムを主催することの正統性についてのただの意見の違いなのだろうか?それとも、これは、日本国内で、ますます増大する不寛容な政治的風潮の一つのサインなのだろうか?



JIIA commentaryの停止は心配な問題である。なぜなら、これが、無責任な舞台裏の力が日本の現在の外交政策議論を形づくっているとほのめかす人々に餌を与えてしまう。ほとんどの民主的な社会では、一つのシンクタンクの文章を批判する一つの論説が、シンクタンクの発行物(commentary)の削除と、責任者による公衆の面前での(新聞に載ったからね)謝罪の原因になんかなるわけない。むしろ、それは、異なる視点の理性的な考慮によって支持され、(普通はそれを期待する)、より多くの議論をもたらす原因になるはず。この事件のタイミングは、しかし、重要だ(more debateにならないのはタイミングのせいってことかな)。



靖国神社訪問、憲法改正、そして日本の外交政策のプライオリティー等のような問いについての、開かれた議論がもっとも歓迎されるまさにそのとき、社会的(public)な議論において、ますます躊躇する風潮が広がってるように思える。日本の社会的ムードについて神経質な部分は、陰湿で無責任な自称「右翼」勢力の示唆行動とともに、公共政策議論への参加が極めて重要になるような人たち(日本の政治的なリーダーや外交政策実行者)に制限を築いている。



JIIA批判より不穏なのは、日本の外交政策のゴールをはっきりと表現する公共的な責任のある個人たちに対しての、脅迫と制裁を(ときには暴力さえ)暗示するようなここ数年の「事件」である。2003年9月、外務省高官の田中均(当時、北朝鮮との日本の交渉に責任のあった)は、小泉の平壌訪問が北朝鮮に拉致されたすべての日本国民を帰国させることに失敗した後、死の脅迫を受け取った。東京の保守派の知事の石原慎太郎は、この死の脅迫は「ただ単に自然なこと(only natural)」と、公的な役人に対する暴力の脅迫はまあ受け入れられるとほのめかすように、報道陣に言った。驚くべきことに、日本の政治リーダーシップから石原への反論がなかった。



先週、自称「右翼」によって加藤紘一の自宅と事務所が焼かれた。緊密な日中関係の長年の提唱者である、その政治家による首相靖国訪問批判のあと。幸運にも、加藤の90歳の母親は不在だった。しかしながら、またしても、日本の政府首脳たちは沈黙してしまった。この沈黙は、民主主義を利さないし、東京(日本政府)の道徳的な権威をむしばむ。更に悪いことに、それは、この国は戦前の経験からレッスンを学ばなかったのではないかと恐れる批判者たちの誇張された主張に餌を与えることになる。



来月、自民党は総裁選挙を行なう。党の総裁としての小泉の後継者は、ようするにこの国の首相は、日本の未来を作り導くという挑戦を引き受けることになる。そして、リーダーシップは、公共政策課題に参加して形づくる責任を負う。それは新しい首相の義務になる。そして、将来を形づくるアイディアや原則についての活発で率直な議論と、社会的な非難(また更に悪いことの、暴力)の脅威を伴う議論との間に線をしっかりと引く義務を、まさにすべての日本の政治的リーダーたちは負うことになる。彼らは、近代民主主義において許容されるふるまいの規範を擁護しなければならない。



不寛容と脅迫に直面しての沈黙は、日本の民主主義に対する信頼をただ侵食するだけだ。最も重要なのは日本国内での日本の民主主義に対する信頼だけど、それだけじゃなくて、国外での信頼も。日本の政府首脳たちは、異なる見解を持つ人々に対する潜在的な検閲と暗黙の脅迫に対して、声を大にして反対しなければならない。そして、無条件に、政治的動機を持つ暴力を非難しなければならない。


http://www.atimes.com/atimes/Japan/HH26Dh01.html



訳がヨレヨレしててボロボロでほんとごめんなさい。



前半も訳したのは、前半を見れば、これを書いた二人が、日本や日本人に対して愛情を持ってるってことがわかるからね。というか、だいぶマイルドな文章だね。

というか、この二人のことは知らないけど、この文章を見る限り、「普通の国」歓迎派だね。日本の親米保守派とお仲間系っぽいね。古森さん系(前のエントリーで紹介したワシントンポストの文章では「タカ派的ナショナリスト系)ともお仲間かどうかはわからないけど。


というか、この人たちは基本的には保守派(穏健な方々ね)の味方じゃん。日本の左派は嫌いっぽい。左派(とは明言してないけど)に「餌」やるな、ってノリが。

このノリは、アメリカの親日な方々の、「靖国参拝やめたほうがいいよ。中国共産党政権に餌あたえることになっちゃうよ。靖国問題で争ったら、うんこな中国共産党独裁政権にすら道徳的に負けちゃうよ」ってノリと似てるね。



こういう人たちにも、やたらと心配されちゃってるのね。なんだかパターナリスティックで偉そうだな(言ってることは至極当然のことだけど)、みたいな反発心がわいたりしないわけでもないけど、なんかそんな細かいことにこだわってる場合じゃないような気もするし。


内側にいると、というか、僕のような日本国内にいる日本人は、なんか鈍感になっちゃうのかな。

どうなんでしょう? 


前のエントリーで紹介した、Steven Clemonsさんなんか、ブログでもやたらと心配してるし。


てか、正直なところ、社会に関心を持つようになったのってほんとここ数年だから、どう捉えていいかよくわかんないんだよね。いろいろなことがわからない。どうなんでしょう?



ま、日本の左翼より、日本ウォッチャーたちの方が、おまけに日本の親米保守派とお仲間っぽい人たちの方が、はるかにヤバイヤバイと騒いでますよ、ってことで。


とにかく、日本の保守穏健派、リアリスト保守、リベラリスト保守は頑張りどころだね。ヘタれてる場合じゃないね。



つづき→玉本産経古森日本国際問題研究所 3
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by mudaidesu | 2006-08-29 23:21 | ナショナリズム


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