ダライ・ラマvs宮崎あおい   「ただ君」も


ひょんなことからこんなネタを教えてもらった。↓


ダライ・ラマにインタビューしたり、普通の女優はしないっすよね。笑


で、ダライ・ラマにインタビュー????なんだそれは???ってかんじだったんで検索してみたら。↓

































なんかすごい雑誌ですな。最近はじまった講談社の雑誌のようですが。

右上に「独占!!『ダライ・ラマ』って、なんだ? 宮崎あおい、大キングに会う。読本」ってのが遠慮がちに。


まあそれはおいておいて、宮崎あおいはなんかブレークしちゃったかんじがするんで、もう書かなくていいや、と思ってたんだけど、「宮崎あおい本」つながり?ってことで。


で、ダライ・ラマさんですが、ダライ・ラマさんについては細かいこと全然知りませんが、演説会に行ったことがある。でも、大爆睡。政治的な話をするのかと思いきや、そういうのまったくナシで、ひたすらじいさんが道徳というか人の道というかなんというか、そういうのをひたすら語る、みたいなかんじだったんで。まあ仏教のシロウト向け説法みたいなもんかと。


野外で、天気もやたらと良かったんで、寝っころがってグーグーしてしまった。一緒に行ったアメリカ人はちゃんと真面目に聴いてたようで、「あんたはアジア人のくせしてなってない」みたいなこと言われてしまった。「どういう話か要約して教えて」と言ったら、「いい話。いい話は要約なんてできない」とかわけわからんこと言われた。


あと、フリーダムチベット&ノーバイオレンスの某音楽イベントに行ったことあります。もちろん動機のほとんどは音楽目立てでしたが。そのとき食ったチベット料理が忘れられません。すごく美味いんだけど、ホットソース(辛ソース)が殺人的。ほんのちょっとで一日中口の周りがヒリヒリしてた。というか、チベット語って、音がコリアンっぽいと思った。





って、そんなことはどうでもよくて、「ダライ・ラマさんインタビューby宮崎あおい」についてだけど、まあたいしたことないといえばたいしたことない。普通に宮崎が質問して、じいさんが答える。まあ3ページ程度なんでしょうがないけど。

いや、とってもいい話してんだけど、あまりに短すぎというか、まとめた人の力量の問題なのか、それともまとめた人は良く頑張った部類なのかよくわからんけど、なんかアッサリしすぎというかそんなかんじなんだけどゴチャゴチャしてたり。僕が何言ってるか意味不明だろうけど。読む人いないだろうけど読めばわかる。と思う。



で、基本的には宮崎がじいさんに「世界の<たりないピース(断片&平和)>のためにどうしたもんでしょうかねえ?」みたいなことを話したり聞いたりなんだけど、おもしろかったのはこんなとこ、というか調子。↓



宮崎  

好きな本はどうでしょう?今まで影響を受けたものがあれば・・・・。


ダライ

やはり、チベットの教典でしょうか。後は『ナショナル・ジオグラフィック』ですとか、世界の歴史に関するものや天文学についての本は読みました。それからマルクスとレーニンの本は読み、特にマルクスの経済理論についての本は好きでした。ただ、彼の社会主義経済論については尊重していますが、一党独裁の政治は好きではないです。「自らが自らを創り出す」という仏教の教えがあります。神があなたを創るのではなく、他に頼らず、自らが自分を創るのです。ただ祈っていればいいわけではなく、私たち自身が具体的な労働をするこによって未来を切り開いていくのです。資本主義か社会主義かと問われれば私は社会主義ですし、そういう意味でマルクスの著書をいくつか読みました。ですが、今一度私が強調したいことは、物に恵まれたアメリカやヨーロッパ、加えて中国や日本にもいる裕福な家庭でも、物質的な不安がなくとも、心に空虚を抱えている人がたくさんいるという事実。「内なる平和」というのは、温かい心を持つことによって実現できますし、これは分析・研究によって検証されているもので、現在、大きな関心を寄せていることです。私は精神学者や脳学者などさまざまな研究者たちと話をする場を設けているのですが、彼らはネガティブな精神が肉体にも影響を与えるという研究結果を出しています。逆に言えば慈悲の心、温かい心、思いやりが肉体にとてもいい作用をもたらすそうで、これは「サイコソマティック(psychosomatic)」という、宗教とは関係のない科学的に実証されている一般的な論理、考え方です。



ダライ・ラマさんがマルクス好きでどっちかってなら社会主義ってのは、なんかわかるけど、それはともかくアッサリしてるようなゴチャゴチャしてるようななんだか不思議なかんじでしょう。ダライ・ラマさんが不思議なのか、まとめ方が不思議なのかはわからんけど。




というか、このインタビュー企画のトップページに「なぜにダライ・ラマさんの話を聞くの?」について書いてあるのだけど、こんなかんじ。↓


身の回りがどんどん洗練され、便利な世の中に進化している。その反面、当たり前で人間臭い質問をぶつける相手がいなくなった、と感じるのも気のせいではないだろう。便利になるのは悪いことじゃない。洗練された口説き文句であのコの心も掴みたい。だけど時には昔ながらの頑固親父に一喝されるか、経験豊富なおじいちゃんに諭されることが必要だったりする。じゃあ、どうせ聞くなら世界で一番、懐の深そうなあの人に聞きたい!ダライ・ラマ法王猊下14世。世界代表"KING"の、いつも絶やさない笑顔の秘密。金銭云々とは別次元の豊かさに、僕たちに勇気をくれるエッセンスが潜んでいた。

悩める日本男子がいるのなら、世界の大キングに話を聞こう!




いやほんと不思議なノリの雑誌です。




ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/home.html



ダライ・ラマさんのスタンスがよくわかります。↓

チベット民族蜂起47周年におけるダライ・ラマ法王の声明 2006年3月10日
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/uprising47th.html



インタビュー記事↓


ダライ・ラマ:胡政権は現実的 訪中実現を楽観視
 
インドに亡命中のチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が2日午前、訪問中の広島市内で毎日新聞などと会見し、「最近の中国は胡錦濤政権下で民主化が進み、政策が現実的になった」と評価した。自らのチベット帰還の可能性について「私たちは独立を望んでおらず、外交と国防以外の自治を求める現実的な方策を主張しており、(帰還を)楽観している」と述べた。

ダライ・ラマは胡政権の進める調和社会政策について「地方の草の根レベルで民主化が進んでいる」と述べた。だが、チベット自治区の現状に関しては「僧侶は政治学習を強制され、依然、宗教や報道の自由が厳しく制約されている」と人権抑圧を批判した。今年7月の青蔵鉄道のラサ開通についても「中国人(漢族)が大勢来て危険になると喫茶店で話しただけでチベット族が拘束されたとの情報がある」と述べた。情報の真偽は不明。

ダライ・ラマのチベット帰還などを協議する亡命政府と中国政府との直接交渉は02年9月に再開され、今年2月に北京で5回目の協議が開かれた。だが、中国側にはダライ・ラマがチベット独立を望んでいるのではないかとの警戒があって進展せず、第6回の協議開催を待っている状況だという。ダライ・ラマは「胡政権は用心深い。当局には私を敵視する見方もある。私は政治的地位は何ら望んでいない」と述べた。【吉富裕倫】

毎日新聞 2006年11月2日 12時00分 (最終更新時間 11月2日 12時21分)

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/afro-ocea/news/20061102k0000e030060000c.html





ついでだから、「ただ、君を愛してる」について書くけど、書きたいことあんまない。つか、宮崎あおいに30回くらいケリ入れたくなった。やっぱ、ロリロリもブリブリもだめ。演じてる本人はけっこう楽しいんだろうけど。


ryoddaさんは相変わらずすさまじい文才発揮しておもしろいこと書いてる。↓

http://blog.goo.ne.jp/ryodda/e/f38a9043ba99dd3fcb08066a60ee9790



ついでにこっちもすさまじい。↓

http://blog.goo.ne.jp/ryodda/e/044d8769a67573fe8930b0c4ac60f6fd




この映画について、僕にはとてもこんなポジティブな描写はできないし、

中盤までただひたすら見ていて恥ずかしいシーンのオンパレードであり、しかしそれもまた現在の宮崎あおいの記録である。耐え忍ぶのみ。


みたいな修行僧っぷりも発揮できない僕だけど、「ジャンル自体が宮崎あおい」「宮崎あおいだからオッケー」ってのはよくわかる。文句言いながらも、ふつーに楽しく観れたのはやはり「宮崎あおいだから」かと。



それにしても、なんなんだこの物語は。安易すぎって表現は安易すぎなんだけど他になんともいいようがないくらい安易すぎで安易すぎで安易すぎで安易すぎて安易すぎてたまらなく安易すぎ・・・・

安易すぎてツボに入ったところはたくさんあったんだけど、いちいち書くのがアホくさいんでなんも書かない。


つか人がどんな恋愛観もってようとどうでもいいんだけど、「文学」としてこれでいいのかと。いや、この人の小説読んでないくせして言うのもなんだけど、マジでこれでいいのかと。

文学を進歩史観的に考えたことはあまりないけど、マジで「退化」とか思っちゃったよ。アメーバくんかと。いや、この物語だけじゃなくて最近の日本の純愛物語の多くに当てはまる問題だと思うんだけど(って別に全然詳しくないけど)。


映画の方は「物語」に比べればかなりマシ。

おそれていたけど、予想に反してたいしてしつこくないんでふつーにさらっと観れた。




てか、関係ないけど、ちょうどこんなの見つけたんだけど↓。6月30日の記事だけど。


The enemy within

・・・・He(村上春樹) gazes out over the rooftops of Tokyo’s chichi Ayoama suburb, speaking in low, urgent tones about Japan’s rightward lurch. “I am worrying about my country,” says the 57-year-old writer, widely believed to be Japan’s literary Nobel laureate-in-waiting. “I feel I have a responsibility as a novelist to do something.”

He is particularly concerned about Tokyo’s popular governor, the novelist Shintaro Ishihara. “Ishihara is a very dangerous man. He is an agitator. He hates China.” As Murakami discusses plans to make a public statement opposing Ishihara, it’s hard to recognise the writer often derided by the Tokyo literati as an apathetic pop-artist - a threat to the political engagement of Japanese fiction. Yet Murakami always distanced himself from the Japanese tradition of the writer as social admonisher: “I thought of myself as just a fiction writer.”・・・・・

http://www.ft.com/cms/s/891064b0-073b-11db-9067-0000779e2340.html



村上春樹が、日本の「いわゆる右傾化」について、「私は自分の国を心配してる」と言ってたらしい。「小説家として何かする責任があると感じてる」と。石原慎太郎さんなんか「危ない」と。「煽動家」だと。いままで「社会的になんかする」日本の作家の伝統から距離をとってきた村上がこんなこと言ってると。


ガーディアンにも記事があった。↓

Murakami hits out at Japanese nationalism
http://books.guardian.co.uk/news/articles/0,,1811674,00.html




村上春樹繋がりで、どうせなら「直子」を宮崎あおいで「ノルウェーの森」やった方がぜったいいい。「緑」でもいい。



ところで、ロリーは全然ダメなんだけど、宮崎あおいの「富江 禁断の果実 最終章」のロリーロリーはえろいと思った。夕方の野外でのレズっ気シーンはすんごい雰囲気だった。えろすぎ。
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by mudaidesu | 2006-11-27 16:36 | 映画


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