容赦なかった『硫黄島からの手紙』 ―― 「落ち着けよ俺」でした。


「政治的に正しすぎる「父親たちの星条旗」――「硫黄島からの手紙」は?」で書いたことは、大ボケだったっぽい。でこのエントリー終わりでいいんだけど、ちょろちょろと。基本はおバカエントリー。




観る前の話。つまらない、つまらなくない、ってのがまあ僕にとって大切な要素ではあるんだけど、その点、ある意味「ゾンビもの」になってたらおもしろいかも、とかちょっと思ってた。不謹慎なかんじもしないでもないけど、<映画>だから。


「政治的に正しすぎる「父親たちの星条旗」――「硫黄島からの手紙」は?」コメント欄でちょっと触れたけど、「日本兵=ゾンビ」ってイメージとは逆に、「アメリカ兵=ゾンビ」だったら映画的におもしろいのではと。多勢に無勢で地下道に残された絶体絶命の人間たちにソンビたちが迫りくる。



なーんておバカなことばっか思ってたわけだけど(プラス↑のエントリーの後半部分=「硫黄島からの手紙」大丈夫か?)、で、観てきましたが、まあ「政治的に正しすぎる「父親たちの星条旗」――「硫黄島からの手紙」は?」のコメント欄でもらったコメントとそのコメントへのコメントですべて、ってかんじではある。転載。↓






こんちは。『硫黄島』観てきましたが、


>イーストウッドは、日本人たちの戦争についてはクリティカルに描かないのではと。


というのは杞憂だったように思います。けっこうクリティカルだったかと。あまり書くとネタバレっぽくなっちゃいますが、『父親たちの星条旗』と同じような印象の映画でした。まさに表裏一体というか、「政治的正しさ」まで表裏一体。で、「映画的快楽の不足」まで表裏一体と。苦笑

この二部作については、クリント・イーストウッドという映画作家がとてつもなく偉大な人間であることがおおっぴらに証明された一方、映画作品自体はいまひとつはじけ切れていない、今のところはそういう風に見ています。






こんちは。私も観てきました。月曜日。ryoddaさんのコメントも今見たんでネタバレ大丈夫です(笑)。

で、ryoddaさんのコメントの一字一句すべてに同意です(笑)。


>というのは杞憂だったように思います。


でしたね。「大日本帝国的なもの」にも容赦なかったですね。なんか私は「先走り液くん」ってかんじでした(笑)。ダセー。



>『父親たちの星条旗』と同じような印象の映画でした。まさに表裏一体というか、「政治的正しさ」まで表裏一体。で、「映画的快楽の不足」まで表裏一体と。苦笑

>この二部作については、クリント・イーストウッドという映画作家がとてつもなく偉大な人間であることがおおっぴらに証明された一方、映画作品自体はいまひとつはじけ切れていない、今のところはそういう風に見ています。


私もまったく同じこと思ったんですが、フォローしとくと『父親たちの星条旗』よりはつまんなくはなかったです。一応、物語として結末があるんで、その結末へ向かっていく話として描いていたんでまあ楽しめた、という表現は不謹慎?なかんじもしますが、かなりふつー、というか真剣に集中して観れました。

一応、テキトーなエントリーをアップしときます(笑)。



ま、イーストウッドは偉大だったということで。






●つーか、朝一で行ったからじいちゃんばあちゃんが多くて、なんか俺も真面目に観なきゃ、おバカなことばっか言ってる場合じゃねーな、みたいに思ったりもした。





●でまあ、「アメリカを知ってる栗林&西」を美化しすぎちゃう?(『父親たちの星条旗』にはなかった要素=ヒーロー)とは思った。けど、実際のところどうだったのか無知な僕にはよくわかりません。硫黄島について細かいこと全然知らないから、日本兵のみなさんたちは実際どんなもんだったんでしょうね。

というか、栗林(&西)の描写はアメリカ人のプライドをくすぐるし、日本人にとってもこの二人の存在は「救い?」みたいなもんなんだけど(実際、栗林本とかいろいろあるし)、「日本純粋培養じゃないからこその人物」ってかんじで日本人としてはなんか余計に物悲しかったり。(「日本純粋培養」なんて概念は幻想だけど、たとえとして。)





●ところで、「硫黄島の戦い」自体は、玉砕の割には他の酷い作戦よりはだいぶマシだったみたいね。というか、図書館で硫黄島関連の本何冊か借りようと思ったら、貸し出し中まくりMAX状態。買えって?上坂冬子さんの本は上坂冬子さんだから「美化系」?





●しかしながら、アメリカの主流映画で「外国人が外国語を普通に話す」のを観ると時代の変化を感じる。実際、字幕嫌いのアメリカ人の方々ってけっこういるんだよね。外国映画好き以外は字幕に慣れてないし。

とにかく、最近のアメリカ主流映画は、おもしろいつまんないは別にして、ほんとに"政治的に正しい"のが多い。


というか、最初から最後まで字幕の映画がアメリカ中のシネコンでやってるってすごいな(やってるよね?)。そんな映画、おそらく他は「グリーン・デスティ二ー」くらいだったのではと。





●前半、「もっと地味な『ジャーヘッド』状態」だったし、こりゃ完全にアメリカ人その他向けの映画かな、と思って、こっちもつまんねーなー、ってなかんじだった。「真面目に観なきゃ」とか思ってたくせして、そんな初心はすぐ忘れてた。でも、途中からは↑のコメントで書いたようにふつーに真剣に集中して観れた。





●つか、会話描写が「どうせ字幕にするからテキトーでいいよ」的なノリだったのに萌えた。





●ところで、最初、西竹一役の人が照英に見えて「えー」となったけど、伊原剛志でほっとした。





●そういえば、元横浜で今年ドジャースの斎藤が出ててびびった。





●てか、言っちゃっていいですか? 渡辺謙&玉砕モノとしては、「ラストサムライ」がけっこうおもろいと思ってしまった。トムとケンの陳腐なトークはうざいし、小雪ネタもアレだし、文句は無数にあんだけど、なにげにおもろかった。





追記。宮台真司が硫黄島二部作について書いてる。↓


日本のサブカルは今年もますます「痛み」や「悲劇」から遠ざかりました
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=440




少し抜粋。↓


音楽に限らず、今や殆ど全ての作品が「他人事」化した。典型が「死にオチ」だ。『世界の中心で愛を叫ぶ』『いま、逢いにゆきます』から『タイヨウのうた』『虹の女神』まで、ドラマや映画(やタイアップソング)は「死にオチ」だらけだ。「死にオチ」は痛いか。

確かに痛かろう。でも架空の痛みだ。映画では大切な人が死んでも、現実にはまず死なないからだ。イジメ自殺報道と同じで「死んでくれれば盛り上がるのに」と言わんばかり。むしろ現実における無痛化を翼賛するだけ。死は所詮「他人事」。少しも突き刺さらない。

セカイでなく「自分が生きる〈社会〉をちゃんと含んだ〈世界〉」が織りなす理不尽──〈世界〉の根源的未規定性──を描いてこそ、現実の痛みとして突き刺さるだろう。今年の邦画はそうした作品が僅かだった。山田洋次監督の『武士の一分』が数少ない例外だ。






国家の自己都合で踏みにじられる人生を嘆くと同時に、具体的近接性から生じる感染(ミメーシス)を擁護する。真性右翼的だ。そして何より、米軍側のみならず日本軍側の内発的感染も平等に擁護する、亜細亜主義者にも通じる国際主義的な構えこそ、真性右翼的だ。

繰返す。そこでは「悲惨な死」が告発されているのではない。内発性と無関連な記号に操縦された「理不尽な生」が、一部の人間たちの人為によってもたらされるという近代社会の在り方こそが、警戒すべき抽象性として言挙げされる。それこそが真性右翼的なのだ。

その意味で、イーストウッド監督が、記号的操縦の最たるものとしての国家的枠組に基づく友敵関係(カール・シュミット)の向こう側に、具体的近接性に基づく友敵関係を置き直すべく、同じ戦場における日本側を『硫黄島〜』で描こうとするのは、一貫している。




因より先に記す右翼国際主義の立場──各パトリ毎のパトリオットを尊重するが故に是是非非の共生を模索する──に立つ監督にすれば、『男たちのYAMATO』の如き非エリート的認知的歪曲にコミットする筈もない。エリート故の「理不尽な生」だけが肯定される。

監督にとって、国のために死ぬとか家族のために死ぬといった国の物言いを信じるのは、馬鹿のために死ぬのと同じだ。それを薄々知るが故にこそヘタレは現状追認的に国家の崇高性を信仰したがる。傍らの友のために死ぬというミメーシス(感染)だけが肯定できる。

『父親たち〜』『硫黄島〜』は共に「悲惨な死」故でなく「理不尽な生」故の反戦を押し出す。だが、『硫黄島〜』は加えて、認知的不協和回避の為の「国の崇高」「潔き自死」の如き逃避的信念を否定。栗林中将の「理不尽な生」に倣え(ミメーシス!)と推奨する。

ここに、逃避的信念を回避して「理不尽な生」に耐え得る者だけが──超越(崇高な国家!)に依存せず〈世界〉の根源的未規定性に開かれた者だけが──「理不尽な生」を強いる馬鹿を見通せるという、初期ギリシアに連なる真性右翼ならではのメッセージを見る。

〈世界〉の根源的未規定性に開かれた態度とは、悲劇を見通す力。「理不尽な生」を強いる馬鹿が国家を名乗るのが世の摂理。その悲劇を知るからこそ馬鹿を血祭りに揚げる機会も手にできる。人の世を観察するが故に悲劇が突き刺さる者だけが革命家になれるのだ。

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by mudaidesu | 2006-12-14 12:30 | 映画


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