突破者
突破者
宮崎学


暴対法
問題がある、人権侵害、なのに、人権派ば世論にびびって多数派になびいてしまう。


「だれもが世論や世間の反応に病的なほどに敏感になっていることに驚いた」。世間の感性が、マスメディアを経由することによって一気に増幅されて「世論」と化す。そして、メディアと一体となった「世間」にだれもが呪縛され、逆らえない。そんな窮屈な事態になっているように思えた潔癖、排他的ーーーー80年代を堺にして、市民社会と世論は急速に排他的になったように思える。生活保守主義の蔓延か。

「多数派形成ゲーム」---戦後民主主義の行き着く末か。


暴対法の主旨は裁くことではない。社会の異物として葬り去ること、問答無用に排除することである。「ヤクザを生む環境」を一顧だにすることなく全否定するような考え

それに、この法は省益追及のため。ヤクザに変わって、警察がパチンコ・風俗を支配。

そもそも、権力側が最も重視するのは企業社会であり、市民社会は二の次、三の次。これは明治維新以来の権力の一貫した姿勢。
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by mudaidesu | 2005-09-02 22:53 |


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