在日 姜 尚中
在日 
在日 ふたつの「祖国」への思い
姜 尚中

テレビなどのメディアに出る意図
「在日」が日本について語ってもいいじゃないか。
朝鮮半島問題、在日問題以外について語っていいじゃないか。

しかし、そっちに時間・エネルギーをとられ、研究に支障をきたすようになった、
しかし、それでもやる。自分は「知識人」じゃない。社会的に発言するパブリック・コメンテーターの役割を引き受けていかなければならないと自分に言い聞かせてきた。

サイードに影響された。パレスチナ人でありながら。
サルトルやチョムスキーのように、いわゆる欧米の典型的な知識人でなく、

サイードは「在日」と同じように自分自身が幾重にも引き裂かれている存在だ。

サイードは「知識人とは何か」で「知識人とはアマチュアであると」。アマチュアでいいと。だからサイードを通じて、メディアで発言する根拠が持てたような気がした。自分がエキスパートとして知らなくても発言していいのだと。知らなくても、発言しなければいけないときがあると。

インサイダーでありアウトサイダー、また逆も、

サイードはフロイトを引き合いにだす。フロイトはアイデンティティを通じて国民や宗教が二分法的に分離されうるのでなく、むしろ自分の中に「他者」の痕跡を見出さざるをえないほど深く絡み合っていることを明らかにしたかったのではないか。

「わたしは80年代まで、つねに「在日」という回路を通じてしか日本をみていなかった。しかし、今はそうでもない。サイードのように幾重にも引き裂かれ、しかもそのどちらにも帰属できない自分が、どうやってメッセージを発していくのか、そのことを考え続け、実際に行動い移してみたのである。」
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by mudaidesu | 2005-08-29 23:38 |


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