転向!? 石原慎太郎 渡辺恒雄

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『日本よ』 石原慎太郎 「歴史に関する、ことのメリハリ」 
2005年9月5日 産経新聞


八月が過ぎて靖国問題は旬が過ぎ沈静したかに見えるが、靖国が国際問題として蒸し返されるようになった切っ掛けのA級戦犯の合祀(ごうし)に関して、率直にいって私には納得しかねる点がある。というより私はA級戦犯の合祀には異議がある。
 
合祀の是非が論じられる時必ず、彼等を裁いた極東軍事法廷なるものの正当性が云々されるが、我々はそれにかまけて最も大切な問題を糊塗してしまったのではなかろうか。それはあの国際裁判とは別に、この国にあの多くの犠牲をもたらした戦争遂行の責任を、一体誰と誰が問われるべきなのかということが、棚上げされてしまったとしかいいようない。
 
私は毎年何度か靖国に参拝しているがその度、念頭から私なりに何人か、のあの戦争の明らかな責任者を外して合掌している。それはそうだろう、靖国が日本の興亡のために身を挺して努め戦って亡くなった功ある犠牲者を祭り鎮魂するための場であるなら、彼等を無下に死に追いやった科を受けるべき人間が鎮魂の対象とされるのは面妖な話である。死者の丁寧な鎮魂を民族の美風とするにしても、罪を問われるべき者たちの鎮魂は家族たちの仕事であって公に行われるべきものでありはしまい。

太平洋戦争に限っていえば、あの戦場における犠牲者の過半は餓死したという。そうした、兵站(へいたん)という戦争の原理を無視した戦を遂行した責任者の罪を一体誰が裁くべきなのか。それは国民自身に他なるまい。

自ら育てた航空兵たちを自爆に駆り立てる特攻突撃を外道として反対し続けていた大西滝治郎中将は、最後には国体を守り抜くためには若者たちに死んでもらうしかないと決心し特攻を発令したが、その責任を取って敗戦後間もなく、自分が殺した数千の英霊への償いとして割腹自刃した。

それも並の死に方ではなく、駆けつけた秘書官に、「俺は償いのために苦しみぬいて死ぬのだ」といって絶対に医者など呼ぶな、介錯などするなと命じ八時間もの間血の海の中でのたうち回って絶命したという。ならば英霊もそれを是として、ほほ笑み許すことだろう。同じように本土決戦を主唱していた阿南陸相も自刃して果てた。公家出身の近衛文麿にしてさえ毒を仰いだ。

A級戦犯の象徴的存在、かつ開戦時の首相東条英機は、戦犯として収容にきたMPに隠れて拳銃で自殺を図ったが果たさずに法廷にさらされた。彼を運び出したアメリカ兵は、彼が手にしていた拳銃が決して致命に至らぬ最小の22口径なのを見て失笑したそうな。

そうした対比の中で、ならばなぜ大西中将や阿南陸相は合祀されないのか、私にはわからない。

当時中学生だった私はなぜか父に促され、父が仕入れてくれた傍聴券を手にして近くの見知りの大学生に同伴され、二度市谷に赴きあの裁判を傍聴したことがある。当時の私には裁判のやりとりの詳細は理解出来なかったが、二階に上がる階段の途中で、立っていたMPに履いていた下駄がカタカタ鳴ってうるさいと脱がされ、雨に濡れていた冷たい階段を裸足で歩かされた屈辱の記憶がある。

故にもではないが、私はあの極東裁判は歴史的にも法的にも正当性を欠いていると思う。開廷の冒頭イギリス、オーストラリア国籍の弁護士将校が行った、この法廷がジュネーヴ協定に謳われた戦争における非人道的行為の責任者を裁くというなら、我々にはこの法廷を維持する資格は無いのではないかという陳述は、ウエッブ裁判長が慌てて通訳を差し止め後に報告の中から削除してしまった、という事実に鑑みても極めて妥当と思われる。あれが勝者による敗者への報復を含めた催し物だったことは自明だが、しかしなお、我々はあの戦争の責任者の存在について、あの裁判の正当性を非難することだけですむのだろうか。どの世界にも会社を潰してしまって責任を問われぬ経営者などいるものではない。

私は後年、あの裁判で終身刑をいい渡され後に復帰し、国会議員となり法務大臣も務めた賀屋興宣氏に私淑したが、賀屋氏が皮肉に「まあ人間の性としても、あの裁判は仕方なかったでしょうな。あれでもし日本が勝っていたりしたら、そりゃあもっと酷い裁判をやったに違いありませんよ」といっていたものだった。

がなお、あの裁判の非正当性にかまけて我々があの戦争の真の責任者について確かめることなしに過ぎてしまうなら、他国からいわれるまでもなく、我々はあの戦争という大きな体験を将来にかけてどう生かすことも出来はしまい。そしてそこにこそ、隣国たちは居丈高につけこんでくるのではないか。

あの裁判の最中に、件の開廷冒頭の陳述への配慮も踏まえ、瞬時にして数十万の非戦闘員を殺戮(さつりく)した原爆への罪悪感の相殺のために突然でっち上げられ法廷に持ち出された南京大虐殺なるものも、互いにまだ一級の歴史資料が現存する今、靖国に祭られる者の資格云々とともに我々自身の手で検証されるべきに違いないと思うのだが。

そうせぬ限りこの国は、結局何でもあり、無責任ナアナアの風潮に押し流され、周りからつけこまれるまま衰微の道をたどりかねない。

http://www.vanyamaoka.com/senryaku/
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うーん、石原さんすらも最近の風潮に少々嫌なものを感じているんでしょうかねえ。東條英機まで英雄になりつつある勢いですからねえ。ナショナリズムはより過激な方が正しい、ってなノリがありますから、石原さんも腰抜けの仲間入りですか。まだそこまで行ってないって?



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文藝春秋7月号 2005
大論争アンケート 小泉総理 「靖国参拝」是か非か

元・陸軍二等兵として 
渡辺恒雄 (読売新聞グループ本社会長・主筆)

とりやめるべき

靖国神社に昇殿し、記帳し、宮司のおはらいを受ける「公式参拝」は、すぐれて政治的行為だ。小泉首相が純粋に宗教的、精神的な行為だというなら、深夜か早朝に人知れず参拝すればよい。A級戦犯の七人は、戦死ではなく刑死である。私は東京裁判の判決が絶対的正義だとは思わぬが、太平洋戦争の何百万という内外の犠牲者を出した責任、あの凶暴な陸軍の行動基準を推進した責任(陸軍二等兵だった私は、今でも許せないと思っている)、憲兵、特高警察による暴力的思想統制の立案、実行責任等については、日本国民自身による歴史検証を経たうえで罪刑の普遍的妥当性を判断すべきだ。中国の反日暴動は、中国政府の統治能力と国民の文明開化度が日本より半世紀遅れていることを示すもので、いたずらに興奮するのは無益だが、あの暴挙については、日本政府は厳しく抗議して、損害賠償を求め、国の威信を保たねばならない。
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読売社説もこの路線ですね。なんだかんだいっても凄みがありますね。若き日のナベツネさんが思い浮かぶようです。こういう気持ちで共産党で活動していたのでしょう。共産党辞めた(除名?)ときのナベツネは偉かった。まさに正義の男であった(魚住昭『渡辺恒雄 メディアと権力』)。


ちなみに、田原総一郎編集『オフレコ』からも。田中康夫のコラムからですが。

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傾聴に値する渡邉恒雄氏の発言

安倍晋三に会った時、こう言った。『貴方と僕とでは全く相容れない問題が有る。靖国参拝がそれだ』と。みんな軍隊の事を知らないからさ。それに勝つ見込み無しに開戦し、敗戦必至となっても本土決戦を決定し、無数の国民を死に至らしめた軍と政治家の責任は否めない。あの軍というそのもののね、野蛮さ、暴虐さを許せない

僕は軍隊に入ってから、毎朝毎晩ぶん殴られ、蹴飛ばされ。理由なんて何も無くて、皮のスリッパでダーン、バーンと頬をひっぱたいた。連隊長が連隊全員を集めて立たせて、そこで、私的制裁は軍は禁止しておる。しかし、公的制裁はいいのだ、どんどん公的制裁をしろ、と演説する。公的制裁の名の下にボコボコやる」

この間、僕は政治家達に話したけど、NHKラジオで特攻隊の番組をやった。兵士は明日、行くぞと。その前の晩に録音したもので、みんな号泣ですよ。うわーっと泣いて。戦時中、よくこんな録音を放送出来たと思う。勇んでいって、靖国で会いましょうなんか信じられているけれど、殆(ほとん)どウソです。だから、僕はそういう焦土作戦や玉砕を強制した戦争責任者が祀られている所へ行って頭を下げる義理は全く無いと考えている。犠牲になった兵士は別だ。これは社の会議でも絶えず言ってます。君達は判らんかも知れんが、オレはそういう体験をしたので許せないんだ
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ん~ん。あついですね。もっともっと語ってほしい。


田中康夫が、この二人が、あえてしたこういう発言をあえて賞賛してました。

田中康夫 外国人特派員協会 講演



東條英機のお孫さん、東條由布子さんが上の石原発言に対して『チャンネル桜』で発言してます。

チャンネル桜 「東條由布子氏に聞く!石原知事発言」


石原慎太郎と田中康夫 8/28




中立的な祈念碑建設を…追悼施設議連で本社・渡辺主筆(読売新聞)
 
自民、公明、民主3党の有志議員による「国立追悼施設を考える会」(会長=山崎拓・自民党前副総裁)は24日、国会内で勉強会を開いた。

講師として招かれた読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長・主筆は「歴史認識を間違えさせる施設が(靖国神社の)遊就館だ。社務所の出版物も戦争責任の反省があった上で戦没者に追悼の意を表する趣旨がない。『A級戦犯はぬれぎぬを着せられた』というようなことが書いてあり、納得できない」と述べた。そのうえで、「小泉(首相)さんは戦争体験はないだろうが、まじめな歴史研究を重ねて想像力を巡らせば正しい判断ができる」と語り、首相は靖国神社を参拝すべきでないとの考えを示した。また、「(戦争責任に関し)身ぎれいにして、外国にものが言えるような立場にならなければならない。とりあえずは中立的な無宗教の国立追悼・平和祈念碑の建設を決定していただきたい」と要望した
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by mudaidesu | 2005-09-06 23:18 | ニッポン


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