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阪神と俺


阪神が優勝した。


つか、巨人よえー。


実は、僕は一応阪神ファンなんです。オスなんです。だけど、最近全然燃えません。オス度が弱まってるのかもしれません。

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by mudaidesu | 2005-09-29 22:53 | スポーツ
くだらね~ ああ くだらね~ ちょー くだらね~


ちょっと思ったこと。
Kのコダワリ」さんの「人種、民族という虚構」を読んでちょっと思ったことです。

ちょっと引用↓。リンクは省略。


ところで、近年の遺伝子研究の結果、ユダヤ人と「国を持たない世界最大の民族」クルド人との近縁性が解明された。ところがこの研究結果が、「社会的、政治的影響」を理由に学術誌での発表を拒否されてしまったのだそうだ。遺伝子研究の結果は、「人種、民族」という虚構をも暴き立ててしまった。

あちらのコメント欄で、私は、

私なんかからすると、ユダヤ人もパレスチナ人もアラブ人もクルド人もトルコ人もギリシャ人もたいして変わらねーよ、なんですが。というか、バルカン半島の人も南欧も東欧も・・・逆側は南アジアも東南アジアも・・・結局、みんなたいして変わんねーよ、なんですけどね。

と書きました。まあ、いつも物事にサイエンティフィックな視点から鋭く切り込む「Kのコダワリ」さんと、テキトーな感想ですましてしまう私なんですが・・・。


中近東のあのあたりや、バルカン半島あたり、ってナショナリズムを素にした争いが絶えなかったんですよね(他の地域もそうですけど)。でも、はたからみりゃ、たいして変わらんだろ、おまえら、なんですよね。


友人のスイス人の話を思い出した。「俺はイタリア系なんで、アラブ人みたいな顔してんだよな。で、そういうことイタリア人に言うと、連中は怒るの。同じ顔してるくせによお。バカみてー。地中海近辺の奴らなんてみんな同じだろ」みたいな話を、チュニジア人(アラブ人)の前で堂々としてて、さすがだな(何が?ですけど)、と思った。で、スイスのブラックジョークを紹介してた。「夜遅く、黒人と白人、どっちがノックしてたら玄関を開けるでしょう?スイス人の答えは?答えは、黒人です。白人だったら、その人がアルバニア人だったらヤバイから」みたいな話してた。これはピー!ですね。いや、アルバニア難民がヨーロッパで社会問題になってたときの話のようですが。

こいつは全然レイシストじゃないのをみんなわかってるからいいんだけど、お調子もんだから、他所でもそういうノリで人種ネタ振るから、結構みんなヒヤヒヤしてました。人種ネタはおもしろいんだけど、場所と相手をちゃんと考えないとね。



「はたから見りゃ、たいしてかわらねーよ、おまえら」ってのは、中国人、朝鮮人、日本人にも言えますね。

でも、日本の保守派は、日本は別、と。サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」まで持ち出したりして。ハンチントンが世界には8つの文明があって、日本は独自で1つの文明をなしているとしたと。朝鮮なんかは中華(儒教)文明に入っちゃいますよと。

小林よしのりさんなんか大喜びでこれを書いてました。他にもそういう人いたような気もしますが。そ~いや、フジテレビの『報道2001』でちょっと前に、竹村健一さんがハンチントン持ち出してこれ言ってましたねえ。でも、ちょっと思うんですけど、日本について素人のハンチントンさん持ち出してど~すんの?と。だからなんだよ、っすよ。つか、竹村さんの方がはるかに日本に詳しいんじゃないですかと。ハンチントンさんより、竹村さんが言った方がまだ説得力あったりして。ま、どうでもいいんですけど。

(ハンチントンが日本について素人ってのは言い過ぎかも。もともとこの人が世に出てきたのは、欧米先進国以外の国々の政治体制、政治制度発展、政治的安定、経済発展とかについての研究によってだから。)

いや、別に、日本が特別でもいいし、実際そうかもしれない。何を基準にするかで変わってくるし。けど、「日本は特別!中国・朝鮮とは違う!」と言いたがる人って、ようするに、「中国のおまけみたいな朝鮮、独自の誇れる文化のない朝鮮」みたいなこと言いたくて、そして、「そういう朝鮮より日本はすごい!」としたいみたいな。西尾幹二さんなんかにもそういうノリがあると思う。


そりゃ、やだよ。そういうのがなんかいや。


必死になって、民族その他の違いを主張するってのはあんまりかっこいいものではない。それも、自分の方が上みたいなノリがあると余計に。ダサダサ。


前に、台湾人が、あるボリビア人についての話を、あるスペイン人にしたとき、台湾人がそのボリビア人を「スパニッシュ・ガイ」と表現したら、そのスペイン人がちょっとキレた。「あいつは、スパニッシュじゃない。ボリビアンだ。それは、お前のことをジャパニーズというようなもんだ」みたいなことを言った。

細かい突っ込みとしては、ボリビア人はスパニッシュしゃべるけど、台湾人はジャパニーズしゃべらねーよ、ってのがあるが、そんなことは別に言わんかった。このスペイン人の思ってることは、そういう細かいことじゃないから。

このスペイン人は、ヨーロッパのスペイン人であることに、そして、「スパニッシュ」の発祥の地であるスペイン出身であることにやたらと誇りを持ってる人だった。アメリカには中南米出身のスパニッシュを母国語とする人々がたくさんいるので、スパニッシュ・テレビ局がいくつかある。このスペイン人は、そういうのがお嫌いらしく、「こいつらのしゃべってるのは『スパニッシュ』じゃない」とほんとに嫌そうに言っていた。たしかに、スペイン人の話すスパニッシュと、中南米人の話すスパニッシュにはいろいろ違いはあるでしょう。もちろん、中南米のスパニッシュにもいろいろ違いはある。もちろん、一人一人違うし。けど、どれも一応「スパニッシュ」じゃん、よと。

まあ、いちいち突っ込まなかったんだけどね。差別意識がある人と真正面からやり合ってもしょうがないし。余程のことがない限りね。目の前で人が傷つけられない限り。

ちなみに、中南米出身者にもスペインやスペイン人についていや~な文句垂れる人はいる。そして、もちろん、ほとんどのスペイン人は気のいいナイスな奴らですよ。連中のノリにはついていけんけど。つか、うぜ~、と思ったりするけど。お隣のフランス人があんなにノリ悪いのに不思議だなあ。


そ~いや、「ニューヨークタイムス・マガジン」(ニューヨークタイムスの日曜版についてくる)で、いつか 「what is race?」(人種ってなによ?)って表紙があった(いつぞやのベネトンの広告のような)。何十人かの顔の写真が並んでるだけ。混血しまくりでわけわかんねー、骨格白人っぽくて、色は黒かったり、逆だったり、鼻はあれで、唇がこうで、マブタがああで、髪の毛があんなかんじで、とにかく、もうごちゃごちゃ。raceっていっても、もうわけわからんっすよ。

ヴィレッジ・ボイス」という、ニューヨーク近辺でばら撒かれてるフリーペーパーがあるんだけど、分厚くて内容も濃い。で、おもしろいのが「lookinng for (探してます)」のセクション。ようするに出会い欄。そのプロフィールのところがすごい。自分の特徴、人種、民族とかについてが。たとえば、「1/4ロシアン、1/8ブラック、1/8アジアン、1/8アイリッシュ・・・」とか、もうわけわからねー、想像できねー、なのばっか。まあ、これはニューヨーク近辺のだからそうなんだろうけど。

あとおもろいのが、「何月何日の何時頃、どこどこ歩いてた、これこれこんなルックスの女性探してます!」みたいのがあったり。


ま、くだらね~ くだらね~ ちょ~ くだらね~ ですな。




「ピー」といえば、「内P」(内村プロデュース)終わっちゃうんですか~!?  え~~~~!?

くだらね~ の大好きなのに~ !






追記:

ふと思い出したんだけど、チャン・ツィー・イーの出てるシャンプーのCMって微妙じゃないですか?アジア人の女性の髪の美しさを表現するのはいいし、新しい発想で素晴らしいと思うんだけど、白人の女性の醜いチリチリ髪を引き合いに出すってのはどうかと。

これを、逆でやったらヤバイような。白人の美しさに、アジア人の醜さを引き合いに出したらピー!ですよね?細かいこと気にしすぎですかね?



花王アジエンス  チャン・ツィイーCM
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by mudaidesu | 2005-09-27 19:22 | ナショナリズム
社会科学における人間 大塚久雄

大塚久雄 1977年



諸個人の内部におけるいわば思想的凝固物を通して社会的に現われ、そして、集団全体の文化を性格づけているような、そういう人間の思想と行動の様式が人間類型


マルクス、ウェーバー・・・「ロビンソン物語」を評価

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by mudaidesu | 2005-09-27 19:07 |
後藤田 野中 徴兵制 野田 その他適当


今朝の『時事放談』で、後藤田さんを偲ぶ、みたいなことをやっていた。個人的には、実は、恥ずかしながら、後藤田さんのことよく知りませんでした。後藤田って名前のハト派の元政治家がいるってくらいでした。顔と名前が一致するようになったのは、ここ数年。

なんだか立派な人だったようですねえ。最初の選挙でゴタゴタあったようですが。まあ、ダーティ・ハトの中では、ハトの方に重点を置いた重鎮だったようですねえ。最近のイメージ的には。いやあ、でも、いろいろ彼の発言が紹介されてますが、なかなかいいこと言ってますねえ。みょーに祭り上げてしまうのもどうかと思いますが。しかし、自民党がなにげに何十年も国民に信頼れてきた理由がわかるような気もしますねえ。こういう人がなにげにたくさんいたんでしょうねえ。

「弱者のために」みたいなことをたくさん言ってましたが、そういうのって最近ウケないですからねえ。印象に残ってるのは、堀江さんの外国人特派員協会講演ですねえ(videonews.com)。 こちら で堀江さんの公的年金についての考えにちょっと触れたけど、他にもいろいろ気になること言ってましたよ。亀井さんの印象を聞かれて、「亀井さんの演説とか話を聞いてると共産主義者かと思えてくる」みたいなこと言ってましたよ。おそらく、静香ちゃんがよくする「弱者」の話についてでしょう。弱者の話をするだけでアカですか。いや、別にアカでいいんだけど、世間的にはイロモノ扱いにまたなりつつありますよね。


元警察庁長官ですかあ。左翼の方々からすれば憎い敵ですな。しかしながら、歴代の警察庁長官がその後何やってどういうこと言ってるのか調べてみたいですねえ。後藤田さんみたいに、権力は縛らんとイカンもんだ、みたいなこと言いつづけてる人ってどのくらいいらっしゃるんでしょうか。というか、あのデカイ顔で妖怪顔(良い意味で)の佐々淳行さんが後藤田さんにベタ惚れしてるようですからねえ。すごいですねえ。思想信条にはだいぶ違いがあるようですが。

しかし、二度目ですが、みょーに神格化するのもどうかなと思いますね。いや、よく彼のこと知らんのですが。とはいえ、時代状況が彼のような人を必要としているという証でもあるんだろうなあ。野中さんじゃ、世間では、ちょっと「抵抗勢力」としてのイメージがまだ強くあってなあ。その点、後藤田さんなら、旧田中派的な部分は世間の人にすっかり忘れられてるだろうからなあ。ん~、もったいないなあ。合掌。


今日の『時事放談』には野中さんが出てていろいろ話してたけど、野中さんは後藤田さんにかわいがられてたようですねえ。岩見さんによると、後藤田さんに『時事放談』の話したら、「対談相手が野中なら出る」と言ってたそうな。野中さんによると、引退宣言したすぐ後に後藤田さんから電話きて、「やめるな。恥を忍んで撤回しろ。あと三年やれ。日本にはおまえが必要だ」と言われたそうな。そして、今からそっち行くといい、野中さんがいやこっちからそっち行きますというと、いやこっちからいくと譲らず、すぐに(徳島から?)上京してきたらしい。そして、机を叩きながら野中さんを説得しようとしたようだ。

野中さんはおもしろいですねえ。後藤田さんもそうだけど、ほんと話に惹きこまれてしまう。深みと凄みの両方がある。ちょっと前に『文藝春秋』のバックナンバーいろいろ見てたら、記者たちによる政治家ランキング特集があった。見識やら人間性やら魅力やら7部門くらいがあって、野中さんが総合でダントツの一位だった。当時首相だった森さんがかなり下の方だったような。野党の党首たちがトップ10にちゃんと入ってるのに。

なんかのテレビの特集番組で桝添さんが尊敬する政治家に野中さんをあげてた。当時「抵抗勢力」としてイメージの悪かった彼をあえてあげてるところに驚いた。真面目な顔で「すごいですよ。すばらしいですよ」と言ってた。あの石原慎太郎さんも野中さんを慕ってる。(野中さんも石原さんについて「考え方は全然違うけどうまが合う」と言ってたなあ。おもしろかったのが、野中さんが「俺が連れてってやるからお前も中国行け」と誘ったら、石原さんは「飯に毒でもいれられちゃうかもしれないからなあ」と言ったとか。なにげに石原さん、マジでそう思ってそう。臆病なんだろうなあ。そういうところがなにげに石原さんの憎めないところなんだよなあ。)


古賀誠さんも野中さんに惚れたひとりのようだけど、古賀さんどうしてんだろ。野田聖子さんも野中さんの弟子のようだけど、がんばってほしいですねえ。この二人の話もなかなか面白いんだよねえ。野田さんもちょっと腰抜けぎみだけど、いいよ別に。革命起こさんでもいいよと。玉砕もいいけど、とにかく、生き残れ、って思う。



ところで、いきなり話が飛んで徴兵制についてだけど、志願兵制をやめて、どうせなら徴兵制にしちゃえ!とかヤケクソで思うことがときおりある。自分や家族が実際に物理的に戦う可能性が高くなればなるほど、暴力の行使その他について慎重になるかもと。自分や家族が物理的にリスクを背負えば、リスクをリアルに想像できれば慎重になるのではと。傍観者として強がってつば飛ばして吼えてばっかりもいられんだろうと。まあ、淡い期待ですが。

アメリカ見てると余計にそう思う。『華氏911』は「日本人からすると」たいした作品じゃなかったけど、「実際に戦場に行くのは誰なんだ?」を突きつけたのには意義がある。アメリカ軍で実際に危険な目にあってる下っ端の奴らなんて、ほとんど「生きるため」に軍隊入ってるから。親の金で大学行ける奴なんて軍隊に入らない。志願兵制が維持できるのは弱者が存在しつづけるからだ、ってのはどうかなあと。志願兵制を維持するために弱者を存在させつづけないと、なんて転倒した話になったらやだなあ。日本の未来がそうなったら嫌ですな。

えぐいリクルートは『華氏911』で取り上げられてたけど、アメリカ軍の広告がすごい。特にテレビCMが。ARMYのはさわやか。戦車やら攻撃ヘリやらがかっこよく描かれて、兵士も希望にあふれた顔してて、自分の未来のために!みたいなノリで。これだけでも、日本人としてはすげ~なと思ったんだけど、NAVY(marineだったかも)のがもっと凄かった。いろんなバージョンがあったと思うんだけど、凄いのが一つあった。かっこいい海兵さんが軍服じゃなくて制服(?なんて呼ぶの?)着てて、かっこい剣を持ってる。そして、グロテスクな怪物が出てきて、それをかっこよく剣で倒すの。


また話飛ぶけど、軍隊って何気にバカにできない。アメリカ軍その他って、人権・援助NGOの人材供給源にもなってたりする。正義感があって、第三世界の人々の境遇に心を痛めてるような人が、自分の能力・技術を生かそうとそういう道に入ったりする。この話はそのうちまた。


また飛んで、なにげに気になってるのは、戦中、有力者の子息ってどうしてたんだろう?やっぱり普通に戦争行って死んだりしてたのかなあ?スターリンや毛沢東のせがれが戦死したって話は聞いたことあるけど、日本の有力者のせがれ、その他の国の有力者の子供、そういう話に興味がある。別に、彼らの不幸を願ってるわけじゃないんだけどね。純粋に、人間とは、という問いにつながるような気がして興味がある。



追記: 

今さっき、とくらBlogさんからTBいただきました。野田聖子さんについてです。私は↑で、

野田さんもちょっと腰抜けぎみだけど、いいよ別に。革命起こさんでもいいよと。玉砕もいいけど、とにかく、生き残れ、って思う。

と書きました。私自身は、結構野田さんが好きなんですね。こういう人が自民党にもいてほしいと思ってます。で、「とくらBlog」さんのエントリーなんですが、内容には99%同意なんです。↓

野田聖子さんが法案に賛成されれば、国民の失望は大きいと思います。

この多くの方々の(反対)意見の受け皿となれるのは、今や野田聖子さんしかいません。

そうやって情報操作されている方々にとっても野田聖子さんは別格です。マスコミの扱いも悲劇のヒロイン扱いです。だから、野田聖子さんの行動は大変大きな影響があります。

ここで信念をまげて、郵政民営化関連法案に賛成したら、きっと今後の野田聖子さんの政治家としての人生に汚点を残すこととなると思います。

ここで迷ったら、ゼッタイ損です。

野田聖子さんにメールを送ろう ~ 私たち市民にできることは?


ほとんど同意なんです。けど、やはり、ああいう選挙結果後の今、野田さん一人じゃどうにもならないと思うんですよ。最低でも、民主党が野田さんと共闘するくらいにならないと。けど、それもありえないですし。考えが違いますし。

というか、ここで腰砕けになっても、我々は覚えてますけど、世間はすぐ忘れると思うんですね。逆に、一人で、孤軍奮闘しても、結局、世間はすぐ忘れちゃうと思うんです。しかも世論的には逆風で、郵政問題においては小泉に正義あり、ですし。そして、同志になってくれそうな人々が世間のイメージでは「悪代官」ですし。メディアのサポートもゼロですし。んななかで、一人で闘えと言うのは酷かなと。そりゃ、パワーでないだろうと。

今ごろになって、メディアの無責任コメンテーターたちが、今後起こりうる政界再編で中心になる気概でやらなきゃ、みたいなこと言ってたりしますが、そんな骨のある政治家なんて過去いたんですか?と。小泉さんだって、首相になるまでは自民党のただの兵隊だったのに。野田さんなんて、まだ中堅ですし。

と、盛り下がるようなことを思ってますが、みなさん、すみません。市民失格です。

ただ、野田さんに我々がプレッシャーかけるのはいいことだと思います。今後のためにも、野田さんに声を届けるというのは大切かなと。私もメール送ってみます。政治家への初メール!→送りました! 少しは罪悪感もってもらわないと。そして、その気持ちを抱きながら、今後、もっともっと頑張ってほしい。
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by mudaidesu | 2005-09-25 19:02 | ニッポン
西洋哲学史要  哲学入門

西洋哲学史要 (1901年) 

(著・1901)波多野精一 
(再話・2001)牧野紀之


哲学入門 (1911年)

バートランド・ラッセル

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by mudaidesu | 2005-09-25 18:39 |
お~い。前原さ~ん。


いまさらですが。愚痴。すでにあちらこちらでみんな言ってることですが。
愚痴。ああ、愚痴。先週末時点での愚痴っすけど。

つか、前原さん、選挙中の岡田さんと同じようなことしか言ってないっすよ。プラス、労組の文句。竹中さんかよ。いや、労組の弊害もあるだろうし労組も酷いかもしれないけどさあ(よく知らんけど)。身内をスケープゴートにするやり方は、どっかの首相と同じやん。真似してても勝てね~よ。

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by mudaidesu | 2005-09-23 00:38 | ニッポン
女 男政治家 小泉 男 女政治家 4


女 男政治家 小泉 男 女政治家

女 男政治家 小泉 男 女政治家 2

女 男政治家 小泉 男 女政治家 3 + フェミ

一応、↑のつづきです。

水底の鏡さんの何ゆえにグロ系ホラー小説はグロ系ホラー足り得たか。への感想です。


なんか、キモいことをまた考えさせちゃったようで、ごめんなさい。やっぱり、男が鈍感な部分をあらためて気付かせてくれますね。


大抵の女性は「女」のカテゴリーで生きることを強いられるなかで無数の傷を負い、それとどうにかこうにか折り合いをつけて生きていると思います。

これって当たり前のような事実なんですけど、当たり前すぎてつい忘れがちですよね。たまに、「女は得」みたいな話もありますが、そういう得ってたいしたことじゃなくて、どうでもいいようなことのように思えます。なんだかんだいっても、肝心なところでは、「女」のカテゴリー・属性は「男」に比べて・・・、んー、どういう言葉を使えば適切なんだかわかりません・・・、肝心な局面でツライ思いをさせられることが多いのだろうと思います。「男」という属性のせいでのツラサの強度・頻度とは比べ物にならないくらい。


また、男性にも別種の傷があることと思います。

たしかにそれもあると思います。が、私自身、あんまり記憶にないんですよね。幸運だっただけなのか、鈍感なのかわかりませんが。もちろん、私なんかより、「男」という属性のせいでツライ思いをしたことのある男もたくさんいるとは思います。けど、やっぱり、くだらない「んだよ、女は得だな」みたいな被害妄想・愚痴レベルのもの以外に、マジで存在を否定された気になっちゃうほどの痛みを感じたことのある男の絶対数は少ないのではないでしょうか(少ないからといって、その人たちを無視していいと言ってるわけではありません)。多くの男が私のように、のほほんと鈍感に生きてこられたのではと。で、ここに、最大のズレ・問題の本質があるような気がします。やっぱり、経験の差が。想像できるかできないか。


私が女だという理由でヘテロ男によって為された暴力であり屈辱であり抑圧であり脅迫です。

なるほどねえ、ですねえ。やっぱ、男はそういうのにもう慣れ切っちゃってますからねえ。麻痺しちゃってる。日本のオッサン文化・男文化の暴力性はなにげにすごいですしね。電車の中とか、ときおり冷静になって考えると酷いですしねえ。オッサン雑誌の下品な広告、下品なオッサン新聞の記事・写真その他、満員電車じゃあ卑劣な暴力が当たり前のように横行してるし。その他いろいろ、なんだかなあ、ってのはこの社会多いですねえ。

(外国人にこういうこと突っ込まれると、ときにはみょーにナショナリストになってしまって擁護しちゃったりする自分もいます。おまえんとこだってひで~だろ、とか言ったりして。しょうもないんですが。このへん相手の言い方次第なんすけどね。そりゃそうだと普通に愚痴ることもあります。なんか、いや~なメンタリティですね。ありがちな。)

個人的に、下品なもの自体は嫌いじゃないし、自分の嗜好に合わなくても、下品なものが存在すること自体は悪いことじゃない、多様性かと思っているんですけど。場所考えろ、ってのはよく思いますねえ。

あと、これは全員にはあてはまりませんけど、基本的に女と男じゃ日常生活上の実際の危険のレベル、感じる恐怖のレベルは全然違うと思うんですよね。夜道を歩いていても、私なんてよほどのことがない限り危険な目に会わないだろうし。このへんも上手く表現できませんが、なにげに無視できないことかなと。


次は「性幻想を押し付けあうこと」について、私なりに考え直してみたいです。これは、私自身が絵を描く人間であり、性幻想の典型のひとつである「やおい」文化ともある程度接点のある人間であることから、考えてみたいです。

興味深いですねえ。「やおい」文化にはうとい私ですが、昔、某でっかい掲示板の野球板の新庄スレを見たんですが、ファンの人たちが新庄とチームメイトをそういうノリで描写していてすごい興味深かったのを覚えてます。新庄は北海道っすね。


なんか、またですが、キモいことをあらためて考えさせちゃったようで、ごめんなさい。ほんとに、男が鈍感な部分について考えさせられますね。私自身、無自覚というわけではないんですが、やはり、そういうものを当然視しちゃうと言うか、なんて言うか、慣れちゃってるというか、上手く表現できないんですけど。

私とsirokanippeさんの違い・・・というか、考え方のズレじゃなくて、まさに意識のズレをわからせてもらっていました。やっぱり「ジョイ・ラック・クラブ」状態ですね。既存の枠組みをあまりに無批判に受け入れてしまっていて、その枠組み自体に対する異議申し立てにすごく鈍感になっちゃってる。(そういえば、アメリカのごく普通の民主党支持者にもそういうところあったり。「アメリカ」という枠組みには無批判だったり。白人だったら、黒人の境遇に鈍感だったりで、黒人だったら、アメリカそのものについて無邪気だったり。こういうのってあちこちにありますね。)

自分なりに考えると、自分の性別や趣味や性的指向や民族や人種やその他なんやらで困った経験というか、弱者の側に立たされたり、マイノリティだと自覚させられたりしたことがない。だから、なんだかんだいってノンキに生きてこられたのかなあ、と。一応、欧米で暮らしたことはあるんですが、属性で困ったこととか嫌な思いさせられたことは運よくなかったですしねえ。

自民党に属する政治業者共の、性差別的などという上品な言葉では到底言い表せない下劣な発言の数々を、ここで私はいちいち挙げて行く気力はちょっとありません。

こういう自分の被抑圧者としての属性に向けられた暴力にさらされた経験ないですからねえ。そういうのに他人として「怒り」は感じても、当事者としての「痛み」は感じないし、アホだなあと呆れる程度ですしねえ。他人の痛みを自分のことのように引き受けようとしてみたこともないかもですし。「共感」って簡単に言うけど難しいですよね。

そちらの左下の「美味しそうな女子校生」みたいのもアホなんだけど、アホですませちゃうのも私の属性ゆえにですかねえ。(この「高」じゃなくて「校」ってのもこの日本社会のアホ丸出しなところです。最近はかなりルーズになってるようですが、「女子高生」という表現は直接的すぎるからダメなのか自主規制なのかわかりませんが、そういうルールみたいのがあるようです。)

なんか終始、素朴にアホバカな応答になってしまってごめんなさい。感想はいろいろ浮かぶんですが、分析・整理して提示するという能力が欠けてるみたいで・・・。ふと思ったんですが、こういう話って面と向かってすると、みょーに自分の属性を擁護してしまったりするような気がするんですよね。「女だって女だって」「○○だって○○だって」みたいな反応してしまったり。ちっちゃい奴ですねえ。


ところで、「筋金入りの甲子園嫌い」だそうですが、私自身、高校で野球をやっていたので、そのうち考えてみたいと思います。私も、どうしようもないくらい高校野球文化が嫌いです。高校生のときからそうでした。しかし、最近、甲子園の試合自体はおもしろいと感じてしまう自分もいます。


***sirokanippeさん、TB送ろうとしたんすけど、なんか失敗しました。exciteのせいだと思うんで、明日また送ります。
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by mudaidesu | 2005-09-23 00:21 | ニッポン
映画  NANA    中島美嘉 宮崎あおい


「NANA」を観てきました。原作の漫画がやたらヒットしたようですが、漫画は知りません。

(追記:イケてる宮崎あおい本&インタビュー



とりあえず、公式ページ↓

http://www.nana-movie.com/


この映画を観ようと思った理由。バンドものの映画が好き。バンドものってなんか熱くなる。せつなくもなる。才能の限界に悲哀を感じたり。ま、この映画はバンドものってほどじゃなかったんだけど。演奏シーンもちょっとだけだし。そこはちょっと残念。

で、もう一つのこの映画を観ようと思った理由。実はこっちが決め手。宮崎あおい。この人が出てるから。宮崎をはじめて観たのは青山真治の「EUREKA」。この映画自体が、ワン・オブ・マイ・フェイバリット。四回も観にいってしまった。

この映画での宮崎の存在感がすごい。言葉を失ってしまった少女役なんだが、いるだけで強烈。すずしい顔してるだけなのに。主演の役所広司を喰ってた。まあ、この映画は監督の青山真治のすごさがすべてなんだけど。4時間近くもあんなタラタラと、たいして台詞も音楽もなしでロングカット連発で、おまけに白黒に近いセピア色だけでやっちゃってるのに、まったく飽きさせない。別に奇怪な映像とかも別にないのだが、ずっとギスギスと張り詰めてる。もちろん、うわ!やられた!と思わせるような魅力的なカットは多数。ずっと引きこまれたままだった。これは自宅ではキツイかも。映画館じゃないと。


で、宮崎あおいだが、夜中に「ケータイ刑事 銭形愛」というおバカドラマに出てた。こちらは、5、6話観たのだが、なかなか面白い。たいしたことしてないんだけど、宮崎もおもしろい。なにげに、山下真司がいい感じ。(やっぱ山下といえば「スクール・ウォ―ズ」だけど。いまだに、「俺もラグビーやっとけばよかったかな」とか「今からでも遅くはないぞ!」とか「先生よぉ」とか「イソップ!」とか「俺のギターをぉ!」とか名台詞がときおり出てきてしまう・・・。ちょっと上の世代の人と「スクール・ウォーズ」の話すると止まらなくなる。)「ケータイ刑事」はシリーズで、銭形泪・銭形舞・銭形零があるのだが、正直、直視できない。主演が酷すぎて。だから数分も見てない。

宮崎は「害虫」でも主演なのだが、残念ながらまだ観てない。近所のビデオ屋にない!


で、いまさらながら「NANA」なんですが・・・、まあ、普通。たいして期待もしてなかったし。最悪だったらやだな、と思ってたから、その分意外に楽しめたかも。最初のころは、こりゃやばいなあ、最後まで耐えられるかなあ、とか思ってたんだけど。それなりに見れた。途中からは十分楽しめた。

最初のころが辛かったのは、脇役連中が頻繁に出てきたせい。そして脇役連中の魅力のなさ、演技の(いまさらですが)ヘボさ。松田龍平は最悪ではなかったけど。つか、松田が布袋に見えてしょうがない。そう見えるようにしたんだろうけど。アリエマセン!なのが平岡裕太。なんなんだあの酷さは。そこらの大学生連れてきた方がマシかと。というか、小泉孝太郎に見えてしょうがなかった。選挙前だったら、んだよ、自民党応援映画かよ、とかわけわからんこと思いそう。

しかしながら、若い俳優たちを、それなりに見れるレベルに演出してしまう、井筒監督のすごさを実感。「パッチギ!」の話ですが。


途中からは、完全に中島美嘉と宮崎あおい中心になっていったので安心して見れるようになった。中島は可もなく不可もなく。演技しないで普通にやって、と言われたような感じ。演出側がうまく中島を使えてた。けど、中島すごい!と思わされるところは全然ナシ。ときおり、熱い演技するけど、まあ、それはご愛嬌。


で、注目の宮崎あおいですが、それなりにって感じですかね。期待はずれでもないし、すげ~ってほどでもないし。ま、「うざキャラ」を非常に上手く演じてた。そこらの他の女優に比べりゃはるかにいいですね。あ~いう「うざいキャラクター」を魅力的に演じるのはなかなか難しいと思うんで。うざおもしろいキャラで、ただのコメディになってしまいそうなところを、さわやかに演じれるのはたいしたもん。それも、薄っぺらいキャラにならずに、ちゃんと深みがあった。このキャラをまた見てみたい、他の物語で見てみたい、と思わされた。当たり前ですが、上手に素人の中島をリードしてたような。

実は正直、最初のころは、平岡裕太(彼氏役)と絡んでるころは、ヤバイかも、と思ってしまった。こりゃ、宮崎、へっぽこのままずっといっちゃうのかなと。しかし、彼氏と別れるあたりから、ただのうざキャラから、宮崎のキャラに深みが加わった。物語的にも、失恋を経験して成長する女性を描いてるんだろうけど、それを宮崎が見事に演じていたともいえる。ただのうざアホキャラが、中島を包み込むような人間になっていく。それを露骨に気付かせるのでなく、そういえば、という感じでサラっと。宮崎は、もっともっといい監督のもとで見たいですな。


で、その監督。ん~ん。もうちょっとどうにかならんかったんですかねえ。もっともっといい映画にできたような。なんか散漫な感じがしましたね。中島の回想シーンが頻繁にあるんだけど、はっきり言ってダメ。というか、回想シーンは岩井俊二の「スワロウテイル」を意識してるでしょ。使ってる音楽も似てたし。でも、比べるのは岩井に失礼すぎ。「スワロウテイル」の回想シーンは映画に深みを与えてたけど、この映画の回想シーンは・・・。ただ突っ込んだだけ。みょーにキバッテんだけど、上滑り。ドキっとさせられるようなシーンは皆無。

CMでもかかってる曲はなにげに悪くない。HYDEのようだけど。(HYDEは、予告で流れた「ステルス」というどうしようもなさそうな映画の日本語版テーマソングをやっている・・・。)前から思ってたんだけど、中島はベタベタした曲ばっかやってないで、バンドでシンプルな曲でもやれば?と思ってた。なにげにいい感じ。

最初からむしょうに気になってたのが、中島と宮崎の住むアパート。なんだありゃ。原作でもそうなんだろうけど、欧米のアパートじゃん。日本にいるとあ~いうのに憧れるのはわかるが・・・。ちょっと残念。日本の等身大の青春映画なのに、非現実的な空間が・・・。欧米のアパートって、高級なところは別にして、実際に住んでみるとヘボいですよ。窓がツカエナイ。


とまあ、表面的なことをダラダラ書いてきたけど、それしか書きようがない。なんも深いもの感じなかったし、考えさせられるものはなかった。今日の女性の生き方、関係、友情などを象徴的に表現したとかそういうのもない。原作にはなんかあるのかもしれないけど。けど、青春物、女性の友情物としては悪くない。宮崎はなかなかだったし、見て損したとは思わない。というか、宮崎ナシじゃ無理だけど、こういうたいしたひねりもない、メジャーな日本映画でこれだけ普通に観れたのは珍しい。ということで、無理やり「NANA」アッパレ。



追記:

宮台真司曰く、

「過剰流動性に無自覚に棹さす段階」から「過剰流動性の不安に動転する段階」を経て「過剰流動性の不安に支配されない再帰的段階」へという政治的意味論の将来を映画『NANA』に見る

だそうです。そして、

主人公ハチ(宮崎)にとってナナ(中島)がロールモデルになる。ハチはやりたいことが何なのか分からず、男の視線が不安で右往左往するヘタレ。ナナは確固とした自分の世界があり、不安にかかわらず意欲に従って前に進む威丈夫。

・・・

主人公はロールモデルの観察を通じて、自らのヘタレぶりが、自己愛に基づく鈍感さに由来すると知り、ロールモデルのタフぶりが、他者に感染し得る敏感さに由来すると知る。鈍感だから右往左往し、敏感だから動じないという逆説。

この逆説をシステム理論の枠組で記述することもできるが、それはともかく、映画は「観察」による逆説への気づきまでを描き、原作はそれに続いて「行為」の変化を描く。即ち「鈍感だから右往左往するヘタレ」から「敏感だから動じない威丈夫」へ。実に象徴的だ。

何を象徴するか。二つある。第一に、90年代から引き続く形で、過剰流動的な社会が主題化されていること。第二に、過剰流動性に無自覚に棹さす生き方や、それに引き続く、過剰流動性が引き起こす不安に支配される生き方を、再帰的に観察する視点を得たこと。

「過剰流動性に無自覚に棹さす段階」から「過剰流動性に伴う不安に動転する段階」を経て「過剰流動性の不安に支配されない再帰的段階」へ。過剰流動的な後期近代に一度「都市型保守」へと振れて「都市型リベラル」へと揺り戻す、政治的意味論の将来を指し示す。

宮台真司 選挙結果から未来を構想するための文章を書きました



なるほどねえ。宮崎が中島と過ごし、中島を観察し、そして中島から影響を受けていくという部分を見逃してましたね。(そして、ついに、逆に中島に影響を与えるまでになる。)たしかに、宮崎はそういう視点を持ってましたね。独白するシーンとかはそうでした。

そして、「鈍感だから右往左往し、敏感だから動じないという逆説」というのも、まさにそうでした。宮崎は、最初は鈍感の極地でしたが、途中からは敏感な人になってきてました。そして、敏感になるにつれて落ち着いてきた。ん~ん、宮崎は上手く演じてましたねえ。

ただ、原作知らないとやはりなかなかわからないかなあと。言われりゃ、そうだ、と思うけど。

しかし、あらためて考えると、宮崎のキャラクターのポテンシャルはなかなかですな。


しかしながら、

「過剰流動性に無自覚に棹さす段階」から「過剰流動性の不安に動転する段階」を経て「過剰流動性の不安に支配されない再帰的段階」へ

というのは、青春を扱った物語の基本中の基本だと思う。しかし、「今」だからこそ、ますますこれが重要になってきた。宮台のいうところの「へタレ」がやたら増えてきて吼えはじめてる今だからこそ。そして、宮崎演じる「ハチ」はまさに、フリーターであり、恋愛も上手くいかず、その「へタレ」または「へタレ」予備軍のような生活をしている。



ちなみに、「へタレ」とは、フリーターやら恋愛下手な人のことじゃないですよ、不安に耐えられず、逆に強がって吼える人のことですよ。敵を探し、その敵を叩くことによってスカッとしようとしてるような人ですよ。はやい話が、ナショナリスティックになってつば飛ばしちゃうような人ですよ。




追記2

コメント欄で、秋日子さんに宮崎あおいの動画インタビューを紹介していただきました。

こちらからです。↓

http://www.ocn.ne.jp/toku/tj/

秋日子さん、ありがとうございます!


なかなか素朴で楽しいインタビューだったのですが、↑の宮台の文章に関連して、ちょっと「おお」と思ったエピソードがありました。宮崎さんは、今年の4月に中国に行っていたそうです。4月といえば、そう、反日デモです。宮崎さんは、ちょうどその時期に中国にいたそうです。

GENERATION TIMES』とやらの企画で、中国を訪問したそうです。

動画インタビューの中で、宮崎さんはこのようなことを言ってました。↓

一回だけ、中国の女の人に、中国から出てけー、と言われましたけど、それ以外はまったく、みんないい人だし、日本人だからといって、なにかをするわけでもないし、なにかいってくるわけでもなかったですね。

いや~、すごくいい経験したのでは、と思います。発言内容はいたって普通で優等生的なんですが、最近の風潮を考えるとキラリと光ってしまうのも悲しいですねえ。でも、ほんと、いい経験したと思いますよ。役者としても人間としても。ナショナリズムの問題を肌で、自分のこととして体験したのは今後の糧になるかもしれない。

ナショナリズムは、人類にとって20世紀最大の問題の一つでした。戦争をはじめ多くの悲劇の素になった。ナショナリズムについて多くの研究がなされた。我々はナショナリズムを克服できるかもしれないと楽観的だった時代もあった。

けど、サミュエル・ハンチントンじゃないけど、どんどんドンドン世界中のあちこちでこの問題が顕著になっている。21世紀に入ってもまたそうなろうとしてる。もうそういうのと無縁になるかもしれないと思われた先進諸国でも、ナショナリズムが亡霊のように現れてきた。過去の教訓はどうなっちゃったのよ?忘れちゃったんですかい!というような現象が先進各国でも起きている。ナショナリズムはまた最新の問題の一つに踊り出てきた。


宮崎さんは、そういう問題を肌で感じ、自分の問題として捉え、そしてそれを相対化する視線をしっかり持てたというのはすごくいい経験だったのではと。

宮崎さんには、「過剰流動性に無自覚に棹さ」さず、「過剰流動性の不安に動転」せず、「過剰流動性の不安に支配されない」を体現してほしいですね。



映画  「好きだ、 宮崎あおい」

宮崎あおい本&インタビュー
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by mudaidesu | 2005-09-20 22:39 | 映画
女 男政治家 小泉 男 女政治家 3 + フェミ


女 男政治家 小泉 男 女政治家

女 男政治家 小泉 男 女政治家 2


で、またまた↑の続きで、「愚直と不良 - 女性票を奪い取った小泉首相のセックスアピールのこの部分ですが↓


女たちも昔のように家庭で専業主婦をしているわけではない。社会に出て、多くの人と人の間で経験を積んで生きていて、価値観や感性も昔のものとは変わっている。むしろ小池百合子や藤野真紀子のような生き方の方が理想なのだ。


女性が小泉さんのセックスアピールにやられちゃっただけでなく、女性が刺客女性候補たちに純粋な憧れを抱き共感した、と。このへんどうなんでしょう。

小池さん的生き方は象徴的ですね。能力がありながらも、決して、目上の男に正面から歯向かわない。うま~く立ち回ることができる。小池さんに惨敗した民主党の鮫島さんが、「細川と小沢を利用し捨てた女」と表現してましたね。「悪女」とまで言ってたような。(この発想もどうかと思いますが。)

こういう女性を一般女性がどう感じたのでしょうか。


以下、超適当に女性を一般化しちゃいます(だから、すべての女性という意味じゃないですよ)。すみません。最近の女性は保守化してるのかなんなのか、体制に順応してるのかなんなのかよくわかりませんが、男と正面衝突しても得にならない、とか思っているような。昔と違って、上手くやれば、男に気に入られれば、だし抜けば、得ができる、みたいに思ってたり。


上野千鶴子と小倉千加子が対談本「ザ・フェミニズム」でこんな話してたような気がします。今の日本社会は、女性にも、能力があって上手くやれば上に行ける道はそれなりにできた。だから、従来型のフェミはウケないのでは。昔は、女性が上に行ける道が全然なかったから、女性が団結してシステムと闘えたかもしれないけど、今は状況が変わってきてる。昔は、フェミだろうとなんだろうと女性は女性でみんな疎外されてた。今は、女性だからといって必ず損するわけではない。やり方次第では、勝ち組になれるチャンスが女性にもある。すると、勝ち組女性は、フェミ女性と一緒にされたら逆に損する。自分を上に吸い上げてくれる男に嫌われちゃ損損。

昔は、フェミは女の味方だったけど、今は、フェミが表面的には邪魔だったり。勝ち組女性は、勝ち組になりたい女性は、フェミに近寄るな、一緒にされたらかなわん、とか思ってそう。


社会のシステムがこうなってきたことはいいことなのか?こういうノリで上に行こうとする女性刺客候補に象徴されるような女性はどうなのか?昨日、私は女性刺客候補が嫌いといいましたが、はたして彼女たちを責められるのか?いろいろ思うことはありますが、踏み込みません。(ちなみに、女性(や黒人やマイノリティ)にもチャンスがある→社会に問題ない、とはまったく思いません。 ここで紹介したこの傑作でちょっと触れられてますが。)


ところで、こういう形で女性国会議員が増えるのがいいのか?

田嶋陽子さん。子供のときからなんか好きでした。今回の選挙で、なんか小泉応援団員になってましたね。「TVタックル」では、やたらと小泉さんに好意的だから、「田嶋どうした?」「いつもと違うぞ」「冴え渡る田嶋」みたいな文字がずっと出てました。小泉さんに好意的だと「冴え渡る」になるんだから、あのTV番組も偏向してますね。偏向上等の私なんで、それはそれでいいと思いますが。つか、あの番組はSAPIOあたりを意識してますね。それで成功してます。テレ朝NO1の視聴率。

で、田嶋さんですが、こういう形で女性国会議員が増えるのは大賛成と言ってましたね。どういう形でもいいよと。逆に利用してやれよと。実際、有能な人たちなんだから、素直に喜ぼうみたいな。


で、形は別にして、そもそも、女性国会議員が増えるといいのか?

↑でちょっと触れた「ザ・フェミニズム」で、上野千鶴子がこんなことを↓。


リベラリズムはフェミニズムの敵である。リベラル・フェミニズムはただの改良主義。世の中の枠組みは決して壊さない。一番わかりやすいリベラル・フェミニストの目標は、過少代表性を改善しようとすること。国会議員の半数を女性にとか。日本の国策フェミニズムもそう。夫婦別姓も女帝も。軍隊にも半分の女性。・・・(リベラル・フェミとラディカル・フェミその他フェミとの違いは)近代の枠組みを認めるか認めないか。(引用は不正確)


そして、ちょっとそれますが、こんなことも↓。


福祉国家のフェミニズム(法的な結婚をする人もいるけれど、それは半分以下で、未婚で子供を産んでも社会が面倒みてくれて、結婚をしてもしなくてもよくて、ゲイでもレズビアンもふつうに生きていける社会)

国策フェミニズムの行きつく先はそこ。福祉国家は分配平等を求める思想ですけれど、分配平等には原資が限られていて、一定の集団の中でしか実現しない。となれば排外主義に結びつきます。具体的に言うと、難民排除、外国人排除、国籍条項の厳格下、これしかシナリオがない。その道を選ぶ人たちもフェミニストの中に出てくるでしょう。もっとも彼らは、その選択に、排外主義やナショナリズムが結びついているとは自覚してないでしょう。もっとナイーブで善意の人たちだろうから。


じゃあ、どうすりゃいいんだよ!と言いたくもなりますが、めちゃくちゃうならされました。ここも踏み込みません。私のレベルをはるかに超えてますんで。でも、フェミニズムの理論ってすばらしいですよ。すごく頭の体操になる。国際関係理論の勉強ではじめてまともにフェミニズム(国際関係)理論に触れたんですが、めちゃくちゃ感動したのを覚えてます。ポスト・モダニズムとかもそう。ちゃんと理解してるかどうかは別にして、なんか感動した。

私自身は、フェミニズムやらその他のアンチ・近代主義的な思想・理論を完全に理解してるわけではまだないので、一応、近代主義的リベラルのままですが。「今の日本には近代の貫徹が必要」みたいなこと言ってる宮台真司が好きですし。

すると、私は上野に言わせると「フェミニズムの敵」ですね。中途半端にフェミに理解を示すリベラル男は、実はフェミにとって害、ってのはわかるような気がします。


荒川区での男女共同参画社会理念を巡って、ゴリゴリ保守の林道義さんと論争(成城トランスカレッジ!北田×林論争リンク集。)した北田暁大さんのこの論考が非常に興味深い。エイミー・タン原作、オリバー・ストーン製作の映画「ジョイ・ラック・クラブ」について、そしてフェミニズムと男についてです。


《露骨な家父長》、《やさしきリベラル》、《正しいリバタリアン》・・・。この三つの男性像は、フェミニズムが一貫して対峙してきた/関係してきた男たちの精緻な理念型である。

自由主義以前の相において暴力=権力を行使する《露骨な家父長》は当然のこととして、とりわけ第二波以降のフェミニズムは、「フェミニズム的」な主張に表層的な理解を示す自由主義者たちに対して、徹底した警戒心をもって接してきた。

機会の平等を云々して男女間の社会的資源の不公正を隠蔽するリバタリアンも、やさしい面持ちで「フェミニズムへの理解」を語り、その実女性を他者化しているだけのリベラルも、社会の根底をなす家父長制(と資本制)を温存させているという点においては、《露骨な家父長》とそう遠い場所にあるわけではない。

それどころか、自由主義者たちは、フェミニズムという思想=運動を「理解」することによって自らの(より「普遍的な」)言語空間のなかに接収してしまうぶん、《露骨な家父長》以上に隠微な政治性を具現しているとすらいえよう。

フェミニズムの浸透と相俟って意匠を変えながら、執拗に近代社会に回帰し続ける《家父長的なもの》-フェミニズムの実践と理論は、そのしたたかな実定性を粘り強く分節化してきた。『ジョイ・ラック・クラブ』は、そうしたフェミニストたちの格闘をパフォーマティヴに指し示した一つの寓話なのである


全文はこちら↓

オトコの美学  フェミニズムを賭金とした男の言説の闘争地図 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/2948/otoko.html
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/2948/otoko2.html
第三回はどうなっちゃったんでしょう?


ザ・フェミニズム 上野千鶴子vs小倉千加子
家父長制と資本制 マルクス主義フェミニズムの地平 上野千鶴子
(どっちも、ただところどころをただ抜粋しただけです。)



ちなみに、政治と女性と戦争と平和については、こちらも↓

<フランシス・フクヤマ>論争 リベラル ネオコン フェミ

「もし女性が世界政治を支配すれば、世界は平和になるはずだ!」みたいなこと言ってボコボコにされちゃうネオコン(?)系・超大物のフクヤマさんです。



女 男政治家 小泉 男 女政治家
女 男政治家 小泉 男 女政治家 2
女 男政治家 小泉 男 女政治家 4
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by mudaidesu | 2005-09-18 23:56 | ニッポン
女 男政治家 小泉 男 女政治家 2

女 男政治家 小泉 男 女政治家

昨日↑のつづきですが、水底の鏡さんの気持ちのこもった文章<これは何かの試練ですか(涙) >を読みました。考えさせられました。(私が)無神経のような気もしますが、あえてまたちょっと考えます。

「愚直と不良 - 女性票を奪い取った小泉首相のセックスアピールの、


女性のブログ読者は想像して欲しいのだが

私が女なら断らない。

私が女なら拒否できるだろうか。

私はできない。私が女なら拒絶の選択はしない。


あたりの表現がやっぱりつっかかるんでしょう。昨日も書いたけど、thessalonikeさんは小泉さんみたいになりたい、自分が↑のような男だったらいいなあ、みたいには思ってないのではと。やはり、あえて挑発というか、嫌味というか、そういう文章であって。やはり、ベタに受け取りすぎかと。ただ、たしかに、あまり感じのいい表現ではないのはたしかです。

水底の鏡」さんも「Kのこだわり」さんもregretさんも、死んでも小泉とやりたくね~、と思ってるでしょうし、実際に、多くの女性がそう思ってると思いますよ(当たり前っすよね)。小泉さんにベタにメロメロになっちゃった人なんて、ほんのマイノリティでしょう(ただそれが選挙を分ける)。だから、literally、文字通り、「おまえらも小泉とやりてだろ~」なんてthessalonikeさんもベタに言ってないと思いますよ。どうでしょう?私は刺客女性候補にまったく魅力は感じませんが、魅力を感じるおっさんたちが一部いるのもわかります。


たとえば、ん~、そ~ですねえ、最近男に人気あるタレント、誰がいいですかねえ、


ん~、小倉優子! 人気ありますよね。


そ~いや、ある女性に言われましたよ。「アタシは彼女嫌いだけど、私が男なら、小倉優子にこりゃたまらん、と思うかも」とか「アンタも小倉優子が好きでしょう?」とか。

私は、小倉優子がめちゃくちゃダメです。オウェ~ッ ぺッ ぺッ ぺッ ですよ。つか、テレビで出てくると、速攻でチャンネル変えます。(好きな方、ごめんなさい。ゆうこりん、ごめんなさい。嗜好はいろいろ、なんで。)けど、一部の男が小倉優子を好きになるのはよくわかります。

thessalonikeさんのアレも、こんなもんじゃないっすか?(追記:矮小化しすぎですかね。)たしかに、かなりエグイもんなんですけど。私は、男だからなのか、おバカなのか、ただニブイからなのか、エグイなあ~、ウケた~、程度にしか思わんかったっすけど、たしかに、ああいのを断固拒否したくなる気持ちもわかるような気もします。ネタにしても、もうちょっとどうにかならんのかい!みたいな気も。

つか、私の頭と文章力じゃ、このへんの微妙なところを、みんながモヤモヤしてるところを鮮やかに表現・暴露することができません!ごめんなさい。

あと、「センス」の問題ですが、やっぱ、「センス」は人それぞれかなと。私の映画のベタな趣味とか、私のベタな あ や し い 妄 想 とか、そういうのも、万人にウケるなんてことはないでしょうし。人によっては、なんだそりゃ!キモッ!って思われるでしょうし。思想信条が近くても、「はあ?」と思われることもあるでしょう。ベタを表現するセンスも人それぞれ。

映画「スターシップ・トゥルーパーズ 」(知ってます?)最高!とか言ったら、思想信条が近い人から、軽蔑されたことありますし。「酷すぎ、性格悪すぎ、壊れてる」と。「トレインスポッティング」大好きといったら、「あんなに麻薬が気持ちいいとこ表現しててアンチ・ドラックって嘘でしょう」とあっさりあの映画否定されちゃったことも。岩井俊二の「リリイ・シュシュのすべて」が超好きなんですが、この映画がどうもダメだっていう友人もいますし。逆に、私は岩井俊二の「ラブレター」がダメですし。というか、中山美穂がダメ。大島渚の「愛のコリーダ」が大好きだし、今村昌平の「楢山節考」のド変態さがタマラナイし。みなさんが、日本を憂いてるときに、えびボクサー vs いかボクサー なんてノンキに書いてて、アホじゃねーの?と思われたりするかもしれないし。

で、↑の話は私のベタな趣味のセンスです。

そんで、たとえば、私はあまりスプラッターなホラー映画好きじゃないんですが、好きな人の気持ちはわかります。で、私が、ネタでキモイ描写しながら、「こういう映画好きな奴もいるだろう」って書いたら、私に対して「キモッ!」って反応あるかもしれない。私の、ネタを表現するセンスがイカレテルと思われるかもしれない。ネタ(または嫌味・皮肉・逆説)を表現するセンスも人それぞれ。今回のthessalonikeさんの場合はこれかな。意味わかります?

(追記:やっぱり、矮小化しすぎかもしれない。もっと根は深いかも。これはやはり男の側の問題かも。私みたいに矮小化しちゃうのも、結局は、何が問題かをちゃんと理解していないからこそなのかもしれません。軽く考えちゃってるせいかもしれません。)

アホなんで表現力が足りないのを実感・・・・、何書いてんのかすらわけわからなくなってますね・・・ まあ、私も第三者的に、勝手なこといってばっかもアレなんで、恥さらします。訪問者が皆無のとき、ひっそりと書いたんですが、はせが・・・→女子アナ→消費者金融CMモデル  バっカじゃねーの!?でしょう。

女 男政治家 小泉 男 女政治家 3 + フェミにつづく。





女 男政治家 小泉 男 女政治家

女 男政治家 小泉 男 女政治家 3 + フェミ
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by mudaidesu | 2005-09-18 22:47 | ニッポン


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