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森田健作 愛国心は米国の要求


だった。って話。(森田さんは別の話ね。)


小熊英二が、愛国心は50年代はじめに米国が日本に要求したとどっかで書いてたか言ってたかしたけど、具体的によくわからなかった。というか、自分で調べるの気がないというか、そういういいかげんな奴なんで僕は。

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by mudaidesu | 2006-08-18 22:42 | ナショナリズム
マガジン9条の雨宮処凛インタビュー


「マガジン9条」の「雨宮処凛さんインタビュー」がおもろかった(だいぶ前のネタだけど)。
読もうと思いながらも、この人の本はまだ読んだことないんだけど。

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by mudaidesu | 2006-05-17 22:24 | ニッポン
民主党意味不明出口調査


千葉の補選の出口調査。↓

・・・05年に自民を圧勝させた原動力は、主に都市部の「無党派層」「女性」「若年層」だったが、それらの人たちの投票行動の推移を見ると、グラフのような変化を見せている。無党派層は今回、57%が太田和美氏(民主)に、30%が斎藤健氏(自民)に投票した。この差が、民主の最大の勝因となった。

女性と若年層は「親自民」の傾向を強めている。特に女性は大きく自民に傾いた。民主の女性候補が女性有権者に嫌われるのは、最近の選挙では全国共通の現象だが、今回は女性有権者のうち太田、斎藤両氏が拮抗(きっこう)しているのは40代だけで、他の世代はいずれも斎藤氏が太田氏に大差をつけた。一方、男性有権者に限れば、太田氏が斎藤氏を大きく上回っており、これほど男女の投票傾向に違いが見られる例は珍しい。

20代、30代が「親自民」の傾向を強める中で、40代、50代は民主優勢。特に40代は05年の自民優勢から民主優勢に逆転した。 ・・・

女性と若者は自民、40~50代民主 衆院補選出口調査


つづき
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by mudaidesu | 2006-04-26 20:20 | ニッポン
憲法9条改定論議の整理


護憲と印象と布教」書いたし、「<至上の価値>と<愛国の源泉>」のコメント欄でもちょっと触れたので、また憲法ネタ。僕なりの問題意識で憲法9条改定論議を簡単に整理しとく。もちろんすっきり分けるのは不可能。



●情緒的改憲  

いわゆる保守派。「魂」重視。「至上の価値」アリ派。理想主義的。押し付け憲法論。悲願の自主憲法を。靖国大好き。首相靖国参拝大賛成。反中。強いアメリカについていこう(少々国辱的なかんじもしないでもないが)。「つくる会」「正論」「諸君!」系。あわよくば、憲法に愛国心とか入れちゃおう。「憲法とは国民から国家への命令」という近代憲法観に同意せず。別に「情緒」が悪いわけではない。というか、そういうものこそ保守派が大切にすべきだし、してきた。おまけだけど、「オレのちんぽ」系もここかな。

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by mudaidesu | 2006-02-04 00:02 | ニッポン
護憲と印象と布教


いきなりだけど、「護憲」はやめたほうがいいと思う。今のところ世論調査では9条堅持の方が多いかもだけど、いよいよになったら、あっさりと逆転されると思う。














ダサダサの僕が言うのもなんだけど、「護憲」じゃダサイ。「守る」じゃ負ける。「9条を守ろう!ブロガ―ズ・リンク」もそうだけど、「keep」とか「never change」だと負ける。イメージ的に。今の日本じゃムリ。残念ながらそれが現実。今後しばらく変わらないと思う。

「守る」じゃ、イメージ的に「保守」や「守旧」になる。「頑固に守る」なんて言ったら、化石オヤジみたいなイメージ。

世間は保守化・右傾化してると言っても、確信犯的な「保守」や「右」じゃない。ウケてるのは革新的な右。既存の枠組みや常識を打ち破る右。あくまでイメージ的に。保守本流こそが保守のような気がするけど、保守本流は全然ウケてない。ウケてるのはネオリベだったり、歴史修正主義的だったり、排外主義的だったり。重要なのは右とか左じゃなくて、「新しい」という印象。「今までと違う」ってイメージ。

中身はどうでもいいってわけじゃないが、中身だけじゃ話にならない。イメージ勝負は重要。













イラク人質問題 9  自衛隊撤退」で書いたように、僕は護憲じゃないから余計なお世話なんだけど、護憲派にはもっとしっかりしてもらわないと。不甲斐無さすぎ。イデオローグの人たちは、正直、ヘボイ。尊敬できる人たちなんだけど。僕が尊敬できても、他の人がそうじゃなかったらしょうがない。世間にウケなきゃ意味がない。

アピールの仕方を根本的に変えないと。これはずっと前から思ってた。子どものころから思ってた(大げさかも)。ちょこちょこ書いてきたけど、アンチ・サヨのみなさんの気持ちがよくわかるんよ。アンチ(反)がいても、プロ(親)がたくさんいて、次から次へとリクルートできてるなら全然いいけど、そうじゃないし。国民の多く、そして世界中の人々を洗脳するつもりなら、今のままじゃ全然ダメ。
 
アーティストはいないのかと。アートアートしてたらマニアックになるだけだから、みんなに理解できてウケるようなイメージ作れる奴はいないのかと。というか、必要なのは芸術家じゃなくて、広告屋か。というか、みんな動員すべき。奈良美智も坂本龍一もみんな。奈良とか坂本がウケるかどうかわからんけど、とにかく、なんでも使うべき。












守りはやめて、攻めないと。ディフェンスよりオフェンスのほうが楽しい。かっこいい。世間的には。イメージ的には。今の日本じゃ。シブくてオッサンくさいベテラン選手のディフェンスの妙技を味わえるような人ばかりじゃない。川相や巨砲(おおづつ。相撲)でおなかいっぱいになる人なんてほんの少し。たとえは微妙だけど、やっぱ、キレキレのオフェンスのほうがやってても楽しいし、見てても楽しい。

憲法を使うとか、活かすとか、そういう路線で行ったほうがマシだと思う。これもなんかダサイけど、カッコイイのが思いつかない・・・。ごめん。












論じ方もクールにしないと。リアリストぶるのもいいと思う。小熊英二なんか、スカしたかんじで護憲してる。変えても得にならないっすよ、ってかんじかな。リアリスト風。内田樹なんかもスカしてリアリストぶって護憲してる(個人的に、この人の文章はしっくりこないけど。「高校デビュー」(こんな言葉がいまだに存在するのか知らんけど)みたいなイタさを感じる。キレるのはわかる。よく知らんくせにエラソーですみません)。

というか、「ニッポン 旧ユーゴ 虐殺 国連 その他」 でちょっと書いたけど、9条の精神は冷徹なリアリズムだと思うし。日本の国益最優先。自衛隊と条文の整合性がインチキだろうとズルかろうと、得になればいい。リアリズム。そして、だからこそ、僕が9条微妙と思うわけで。リアリズムなら、リアリストっぽく論じるのも十分普通。(別に9条に理想主義的なところがあることは否定しないし、そうだとも思う。)












「平和の問題」とかよく言うけど、その語り口だけで鳥肌(悪い意味で)立っちゃう人もいる。僕は嫌じゃないけど、これじゃ嫌がる人が結構いるだろうなあとは感じる。別に、他人に配慮する必要もないし、その語り口を浸透させてやるという気概も悪くはないかなと思いつつも、そんな悠長なこと言ってらんないんじゃないの?って気持ちもある。それにそんな気概も感じないし。自分がそういう語り口をしたいから、そうしてるってだけにしか見えない。そういうノンキな姿勢で大丈夫って時期はとっくに過ぎたような気もする。

目的があんなら、戦略的に論じるべき。現状じゃ、ヤバイ状況じゃ、内輪ウケするだけの語り口じゃムリ。信仰確認じゃダメ。信仰確認的な語り口はもう完全に飽きられた。あちこちでちょろちょろ書いてきたけど、失効した。これからは、斬新な布教モードが必要。













というか、ここ数十年、布教はほとんどいらなかった。そうだよ、布教の経験ないんだよ。だからこその「守る」か。恵まれてた。はじめてのお使いみたいなもんか。しっくりこなくて当然か。大昔のキリスト教徒やイスラム教徒の気合いから学ばないと。じっくり学んでる時間はない。

というか、小熊や内田でも「護憲」。所詮、守りの議論。攻めなきゃ。攻めてる論者はいないのか?威勢のいい奴いないのか?ぶっとんだ奴が出てきてほしい。おもしろい奴が出てきてほしい。

テキトーに言ってますが、ごめんなさい。言うだけなら簡単です。すみません。いや~なことも書きましたが、ごめんなさい。偉そうで、すみません。「あえて」です。愛です(涙)。














憲法9条改定論議の整理
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by mudaidesu | 2006-01-12 00:53 | ニッポン
イラク人質問題 9  自衛隊撤退


いきなりだけど、僕自身、自衛隊は撤退できないと思った。対アメリカについてをまったく無視しても。「アメリカさまのご意向」という変数を抜きに考えても、自衛隊撤退はちょっとなあだった。だから、余計にあの三人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

もし僕が政策判断する立場にいたら、ようするに首相だったら、撤退という判断は絶対にできなかった。まあ、首相じゃないんだから、もっと柔軟に考えてもいいんでしょうけど。でも、首相にアドバイスする立場でも、撤退はムリと言っただろう。

ほんとにへタレでごめんなさい。


他に何も浮かばなかった。僕のスッカラカンな頭じゃなんにも思いつかない。簡単に自分の答えを出さずいろいろ考えたんだけど、いくら考えても思いつかなかった。でも、もし万が一、世論が大沸騰して首相が撤退を決断なんてことになっても、反対はしなかっただろう。自分から撤退は主張する気にはならなかったけど、撤退全然OKと思ってた。いや、僕が反対しても賛成してもどうなるわけじゃないんですけどね。


一応撤退はできないと思ってても、話聞いてムカツクのは「テロに屈するわけにはいかない」とかしゃーしゃーとしたり顔でいったりする人の方だったんだよね。「撤退しろ」という人の方がはるかに共感できた。悩みながら苦しそうに「撤退はできない」という人には共感したけど。

僕の撤退反対も本質的には「将来のために、他の日本人その他のために(この前置きがとても重要)、テロに屈するわけにはいかない」なんだけど、絶対に「テロに屈するわけにはいかない」という表現は使わなかった。絶対に使いたくなかった。これほど安っぽくて浅はかな言葉はない。というか、チープな言葉になっちまった。思考停止の象徴のような言葉になっちまった。



これは、9条問題でもそう。僕自身迷いまくってグラグラ揺れまくってるけど、どっちかというと(現状の選択肢では民主党的な)改憲派のような気がする。でもね、自民党路線(主にあっち系)や巷の素朴な「攻めれたらどーすんだよ!」「中国がどうたらこうたら」系(今の改憲の論点はそこじゃないよ。論点は二つ。国連安保理決議なしの武力行使(=アメリカの戦争)への関わり方と国連安保理決議ありの武力行使(=集団安全保障)への関わり方)や「外交は武力を背景に!俺たちは損してる!」系の改憲派と比べると、ずっと共感するのは護憲派の方。ここでちょっと書いたけど、改憲派の重鎮の小林節の気持ちがほんとによくわかる。おかしな改憲論に出会うたびに、僕の改憲への意欲が萎える。

最近、特にイラク戦争後、ますますグラグラユラユラしまくり。というか、6、7年前は躊躇なく改憲!とか思ってたような気がする。それから、だいぶ護憲よりにシフトしてきてる。流行に逆行。それに、ここのところの小泉さん周辺の改憲戦略は、靖国その他で中韓とわざとモメて改憲の世論構築をしながらのような気がするので、こういうあやうい「不安を煽る」戦略には乗れない。ついでに、アジアで孤立しているという批判はあまり意味がない。わざと孤立しようとしてるだろうから。

僕は一応、日本人を信頼してるから、最近のファナティックなナショナリズムや「つくる会」みたいのが盛り上がれば盛り上がるほど、改憲への世間の不安感が高まると信じてる。あっち系の人たちは改憲のイメージ悪化に寄与しちゃうと思う(その点、西村真悟の存在は改憲のイメージを著しく悪くしてたので、彼の排除で得するのは改憲派)。実際、僕の中ではそう。改憲派がまともな人たちばかりで、あっち系の人が全然目立たない状況だったら、それこそが護憲派にとっては脅威だと思う。

で、おそらく、改憲の国民投票ではノンに入れると思う。もちろん内容次第だけど、国民投票にかけられる案は僕が賛成可能なものになると思う。で、実際に国民投票やるなら確実に過半数とれると確信してるだろうし、五分五分の世論じゃ国民投票はやらないと思う。そういう状況なら、改憲が決定的な状況なら、反対がいるということを示すためにもノン(たった一票ですけど)。乙女じゃないけど、僕の心は複雑です。

そういえば、videonews.comで、右翼(?)の小室直樹(宮台真司の師匠で丸山真男の弟子)がリアリストぶりを発揮してた。小室さんは日本国憲法や9条を自著ではボロクソ言ってる。この人は近代主義者なんで、その立場からの批判。だから、すごくまとも。その小室さんが、日本人はまだ憲法作れる民度じゃないし、9条あった方が得だから、アメリカさんには「改憲しようとがんばってるんですが、なかなか世論が乗ってこなくて上手くいきません」みたいなことを言いつつ今のままでいいよ、みたいなことを言ってた。保守本流的な議論。



話だいぶ飛んだけど、自衛隊撤退の話にもどると、あーあ、だから、(二年前の)選挙で民主党が勝つべきだったんだよ!とつくづく思った。民主党でも自衛隊派遣したかもしれないけど、それならそれでもっともっと議論が起こっただろうし、いろいろなものが見えてきたと思う。

やっぱりね、政権が自分でやった政策を変えるのはめちゃくちゃ難しい。そうそう自己否定はできるもんじゃない。民主主義がなかなかイケてるシステムなのは、政権交代が可能だから。政策をドラスティックに変えることが可能だから。(ブッシュの一期目のABC(Anything But Clinton とにかくクリントンと違うことをやる)みたいなはアホだけど。)

おまけに、今の日米関係みたいに政権同士の信頼関係のもとでの政策ならとくにそう。政権変えなきゃ、こういう政策は変えられない。悲しいけどそれが現実。せめて、何十万人が官邸・国会取り囲むくらいのことが起きなきゃ。


でもね、駅でやってた、自衛隊撤退署名はした。用事があって行けなかったけど、首相官邸前のデモにも行こうと思った。矛盾してんだけど。

でも、フィリピンがサクっと撤退しちゃったのを見て、ありゃ?と思った。もしかして、撤退可能だった?とか思ったりもした。イラクや中東で働いてるフィリピン人が多いっていう日本とは違う条件もあったけど。おまけに、フィリピンでは世論が撤退支持だったし。というか、フィリピン世論はちゃんと宮台真司(「イラク人質問題 8  動揺」)が言うような他者の境遇への想像力を発揮した。

フィリピンってイスラム系の反政府組織と年がら年中モメてるから、テロとはなんぞやについてのフィリピン人の皮膚感覚は日本人より優れてるはず。テロに関してナイーブな考えは持ってない。フィリピン政府なんてゴリゴリ・リアリストで、めちゃくちゃ冷徹に政策決めてるはず。

となると、テロにうといくせに、知ったかで「テロに屈するな!」とか叫ぶ日本人の言葉がみょーに空疎に感じてくる。ノンキだなあと。なんかそういうのが嫌なんで、自衛隊撤退反対でも、「テロに屈するわけにはいかない!」みたいなありがちな表現は絶対に使わなかった僕だけど、結局中身はたいしてかわらず、ノンキな一人なのかも。
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by mudaidesu | 2005-12-26 22:52 | イラク人質事件
福島瑞穂 & 小林節


福島瑞穂さんの「どきどき日記」なるものをボケーと眺めてたら、11月9日にこんな記述があった。

慶応大学の小林節さんの憲法の授業で、憲法を改正すべきでないとの講義をする。

小林節さんとのツーショットつき。

小林節さんって、保守派の憲法学者で改憲派の重鎮だよね。この人の本を読んだことないし、この人のことあまり知らないけど。でも、この人、最近はすっかり左の人たちと仲良くなっちゃったのかな。そーいや、ちょっと前の朝生で、靖国訴訟での大阪高裁の判断を「常識的。こういう判断をしない裁判官は権力におもねっている」みたいなこと言ってたな。

去年の「論座」(検索したら7月号だった)で、小林さんは福島瑞穂さんや佐高信さんのような「憲法9条大好き派」と「思い」は変わらない、みたいなこと話してたよう気がする。 こういう「思い」がしっかり国民に浸透してからじゃないと改憲はコワイとか。最近のファナティックでナショナリスティックな風潮がコワイから、改憲の動きを遅くしたいとか。最近の若い政治家のノーテンキなタカ派ぶりに相当あきれて頭かかえてるみたい。産経新聞の書評で、福島さんと佐高さんの共著(憲法本)を紹介して誉めてたし。考えさせられる言葉が多いから読むべし、みたいに。

右派といっても、小林さんの改憲は、日本国憲法を進化させよう派で、復古型の改憲派とは違うということでしょうか。憲法学者に復古調な人なんているわけない?と思ったけど、八木秀次さんがいたか。

福島さんは、「小林さんと共闘できることを発見し、たいへん、たいへん喜んでいます」とか言っちゃってた。


小林さんの気持ちがすごく理解できる。


●侃々諤々 9条改憲論の研究 スペシャル 「討論 だから改憲、だけど護憲」
北海道大教授 山口二郎、民主党衆院議員 中川正春、慶応大教授 小林 節、日本共産党衆院議員 山口富男、社民党党首・参院議員 福島瑞穂、評論家 佐高 信、ジャーナリスト 今井一

「論座」 2004年7月号
http://www3.asahi.com/opendoors/zasshi/ronza/backnumber/f200407.html
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by mudaidesu | 2005-12-04 23:54 | ニッポン
フリー!天皇家!???


素朴に感想を。

男女平等だから女性でも女系でもいいだろって思いがちだし、実際僕の素朴な感覚もそんなかんじ。けど、そういう人権思想を基に考えるなら、今の天皇家の人びとってどうよ?人権ないじゃん。男女平等だし、男でも女でも男系でも女系でもいいじゃん!って言うなら、天皇家の人びとが人権行使して当然じゃん!とか思ったりもする。

この前、サーヤが夫と散歩してる映像流れてたけど、なんかすごいさわやかですっきりしてたように見えたのは気のせいかな。サーヤは生まれてはじめて市民・国民になった。人権行使しても、誰にも文句言われない立場になった。

で、もし僕たち国民が、天皇家の人びとを人権行使できない境遇にとどめておくことにするなら、天皇家は特別だと認識してるわけだ。だから、男女平等を当てはめる必要なんてない!って主張も十分アリだと思う。天皇家の伝統じゃボケぇ!もいいと思う。当然ながら、男系じゃなきゃカリスマ性を保てない!ってのもアリ。側室を!ってのもアリ。というか、人権行使できない今の境遇のままでよい!って普通の感覚がアリなのなら。

なんで女性女系じゃ天皇になれないの?って素朴な疑問と、なんで天皇に人権ないの?って素朴な疑問は同じレベルだと思う。「天皇さんはね、特別な存在なんだよ。だからそう決まってるの」と同じ答えになるし。

国民に受け入れられるかって話はまた別だけど。でも、僕からすりゃ、↑のどれも似たようなもん。てか、国民に受け入れられちゃってる「天皇家に人権いらず!」ってな「普通の感覚」が一番コワイ。


で、結局、女性女系OKってのはリアリスト的な対応であって、ようするに、いかに効率よく天皇家の人びとを、国民とときの権力が利用しつづけられるか検討した結果かと。たしかに今の天皇制を「安定的」に続けていくには、今回の案が妥当かもしれない。けど、天皇家の人びとがより人間らしく生きるためにどうするかなんてまったく考慮に入れられてない。雅子さんみたいな境遇の人の心労は多少は減るかもしれないけど。

はやい話が今回の案は国益のため。国益至上主義リアリズム。極端な話、国益のためには伝統も文化も歴史も天皇家も人権もどうでもいいってこと。いかに国家が効率よく統治でき、国益を追求できるかどうか。それだけが問題。

どっかで、右系の人が、これって国立追悼施設の問題と同じじゃない?とか言ってたような気がするけど、まったくそのとおり。両方、国益至上主義リアリズム。細かい話はすっとばして、国益を効率的に追求しましょうって話。僕自身も、今回の女性女系OKと同じで、国立追悼施設についても一応賛成。だけど、すっとばしちゃいけない論点がたくさんあると思う。


つか、今の天皇制って、癒しのために愛玩動物を、国民みんなで金出し合って飼ってるようなもんじゃないの?そして、天皇家の人びと、特に天皇皇后皇太子なんかは、一生懸命その役目を果たし国民を癒そうとしてる。なんかものすごい図式のような気がするんだけど。

別に、世の中すべてロジックでガチガチにするのも味気ないんで、今の象徴天皇制でもいいとは思うんだけど、もう少し天皇家の人たちが自由に生きられるようにできないもんすかねえ。国家統治の一つの道具って役割じゃなくて、もうちょい政治と切り離してあげて、もっと素朴に文化・伝統を司る存在にしてやれないもんすかねえ。自由に生きるには、「神聖」視されすぎちゃってるのかなあ。

とにかく、人柱じゃないんだから。いや、人柱なのか?
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by mudaidesu | 2005-11-25 21:00 | ニッポン
ニッポン 旧ユーゴ 虐殺 国連 その他










Balkan Justice

The Story Behind the First International War Crimes Trial Since Nuremberg   

by Michael P. Scharf





この本は、あるボスニア・セルビア人男性に触れながら、国際人道法、ニュルンベルグ・東京の国際法廷、旧ユーゴ内戦、そして旧ユーゴの国際法廷について書かれている。

追記:この本はピューリッツァー賞にノミネートされたそう。

ある男性とは、写真の人ですが、Dusko Tadic(発音はダスコ・タジッチ?不明なのでアルファベットのままで)という名前。この人はダスティン・ホフマンに似てるので(似てるか?)欧米メディアでは「Dustin Hoffman look-alike」(ダスティン・ホフマン似)と呼ばれていた。Tadicは一番最初に旧ユーゴ法廷で裁かれた人。40数年ぶりに個人が国際的に裁かれる。歴史的な出来事。その一番最初の人。

なぜ、いきなりこの本とこのオッサン?なんですが、すごい印象に残った本なんですわ。いろんな意味で。エグイ描写が多いというのもその理由なんだけど、やはり、このDusko Tadicというオッサンがすごい気になった。人間として、そして日本人として。


なにを隠そう、いや、隠すもへったくれもないんだけど、このDusko Tadicは空手家でした。日本にも何度か来たことがあるらしい。そして、このオッサンはボスニアの田舎でカフェを経営していた。この本を読んでるとき、不謹慎にも、「ぷっ」と吹き出してしまったのだが、このカフェの名前が、なんと・・・・・・「nippon」・・・。

だからどうした?なんですけどね。ちなみに、ちょっと検索してみたら、ニューヨークタイムスの記事がありました。Tadicは空手を教えてもいたようですね。


Tadic owned the Nippon Cafe and taught karate, holding a black belt himself.

(Tadicはニッポン・カフェを経営し、空手を教えていた。彼自身、黒帯び。)

ニューヨークタイムス 5/8 1996 http://www.nytimes.com/specials/bosnia/context/0508yugo-war-crimes.html

この記事によると、Tadicは31もの犯罪で起訴されたようですね。収容所でのムスリムの人たちに対する迫害、レイプ、拷問、虐殺等で。この記事は裁判開始、約40数年ぶりの国際法廷の始動についてですが、旧ユーゴ法廷のHPによると、Tadicは裁判の結果、人道に対する罪と戦争法規違反で有罪になり、20年の禁固刑になったようです。


で、何がキツイかって、このオッサン、もともとはそんな悪い人じゃなさそうなんだよね。↑の本によると、戦争前はナイスな普通のオッサンだったらしい。経営するカフェにも、近所のムスリムの人たちが来ていたそうだし、そういう人たちと仲良くやってたようだ。ホーム・パーティなんてのもムスリムの人たちとやってたそうだし。↑のニューヨークタイムスの記事にはこう書いてある↓

The prosecutor said that as Serbian nationalism spread, Tadic joined the police, turned against his Muslim friends

(検察官によると、セルビア・ナショナリズが叫ばれるようになると、Tadicは警察官になり、ムスリムの友人たちに敵対するようになった)


こういう話って、このオッサンだけじゃないんだよね。ボスニア戦争ではあっちこっちにそういう話が出てくる。日常の実感ってそんなに弱いものなの?民族主義の幻想ってそんなにすごい魔力を持っているのかねえ。普段からイガミあってたならまだしも、日常では穏やかにやってたはずだったのに。そりゃ、いわくつきの歴史があったとしてもさあ。何十年も普通にやってたじゃんよと。

ナショナリズムの底知れぬパワーに背筋が寒くなる。


ちなみに、あの戦争は宗教戦争か民族戦争かいろいろ見解が分かれるけど、知り合いのあの戦争を体験したボスニア出身のクロアチア人は、民族戦争だと断言してた。たしかに、クロアチア人・セルビア人・ムスリムは宗教が違うだけで、人種その他は一緒なんで、なぜに宗教戦争じゃなくて民族戦争なん?ってのはややこしい話なんだけど。まあ、現地の人たちの感覚では、宗教が違う人たちってより(実際、宗教は違うけど)、ちょっと違う人たち=違う民族、って感じらしい。


で、このTadicですが、ムスリムのお友達がたくさんいたのでムスリムのことをよく知っていた。そして、ムスリムが何を嫌がるかも当然。よって、彼やその他の人たちの働く悪事(=遊び)の酷さはもう・・・。 ↑のニューヨークタイムスの記事にもマイルドな話がちょっとだけ出てるけど。ちなみに、↑の本は、「噛み切れ!噛み切れ!」ではじまる。神経図太い人はニューヨークタイムスの記事と関連させてみてください。なんのことだかわかります。(追記:エグイ話は「日本人の劣等感と優越感? & 欧米リベラル」のコメント欄でちょっとだけ「あえて」書いた。)



というか、空手の先生でカフェ・ニッポンのオッサンがそんな酷いことやっちゃったんですよー!?

大のニッポンびいきのオッサンがですよー!?


というか、旧ユーゴ戦争・法廷関連の本・論文たくさん読んだんだけど、もうめちゃくちゃ。↑のニューヨークタイムスの話なんてマイルドもなにもちょーマイルド。そういうの読んでる俺ってヘンタイかよ!?とか思った。ありえねーだろ、って話がゴロゴロゴロゴロゴロ。この世のものとは思えないような話が。つか、人間って最悪。



友人に、国連部隊としてボスニアにいたことのある人がいた。この人はスウェーデンの元軍人。彼によると、国連部隊の目の前で、ムスリムの人たち、女性や子どもやお年寄りが狩られてたそうだ。国連部隊に泣きながら助けを求める人々が、目の前で連れて行かれ、虐殺されていたそうだ。

そのときの国連部隊のマンデイトでは、そういう人たちを助けることはできなかった。で、そのミッションの最高責任者が明石康さん。日本じゃ、明石さんは英雄だけど、欧米や向こうじゃ評判悪い。というか、最低のミッションの責任者だったということで。まあ、彼の力でどうこうできたわけじゃないからかわいそうなんだけど。後に戦争犯罪者になるボスニアのリーダーたちと、やる気のない国連安保理バックに、彼もツライ思いで交渉してたんでしょう。

この戦争を扱った映画でも、そんなシーン(=国連部隊が助けを求める悲惨な人々を見捨てる)が出てきたりする。「ノーマンズ・ランド」にもあったような。題名忘れたけど、BBC(たぶん)が作ったテレビ映画観たことあるんだけど、そういうシーンがたくさん出てきた。元国連部隊の彼曰く、「まさにあんな感じだった」。悲惨すぎ。そいつ、映画観ながら泣いてたよ。マジ悲惨。

国際社会、何やってんだよ!バカヤロー!だ。そんなに国家主権が大事か!コノヤロー!だ。

もちろん、国家主権の問題はそんな単純な話じゃないんだけど。国家主権を侵して介入するときはインチキな理由つけてやるもんだし。人道的理由、と言いながらやるもんだし。

けどねえ、そういう話をミクロで知っちゃうとねえ。キツイんだよねえ。ルワンダもそうだけど。

憲法9条もイロアセちまう。9条の精神は、他所でそういうことあっても放っとけ、だから。俺が9条について迷いまくりなのはこのせい。ナイーブであまちゃんなせい。はっきり言って、9条は冷徹なリアリズムですよ。(憲法9条改定論議の整理)


ところで、旧ユーゴの辺りの風景って、なんか日本の風景に似てたりする。写真・映像でしか見たことないけど。


ちなみに、↑のニューヨークタイムスの記事に出てくる旧ユーゴ法廷の裁判官、Gabrielle Kirk McDonald さんはアメリカの黒人女性で、後に旧ユーゴ法廷の所長になりました。そして、なんと、あの「女性国際戦犯法廷」の裁判官でした。(この人も北朝鮮の工作に引っかかっちゃったのかな(笑)。安倍さんに言わせると、そうなんでしょうねえ。他にも旧ユーゴ国際法廷や国際刑事裁判所の裁判官だった人やアドバイザーだった人が女性国際戦犯法廷に関わってたようです。うーん、北朝鮮の工作はすごいっすねえ。)

女性国際戦犯法廷は旧ユーゴ・ルワンダ法廷や国際刑事裁判所と同じような理念で、ようするに国際人道法の常識でやってたってことが推測できる。国際法廷の裁判官なんて、世界中の国が同意するような人間なんだから。国連総会承認だし。もちろん旧ユーゴ・ルワンダ法廷にも問題はある。国連設置だけど、勝者の裁きでもある。勝者の犯罪は裁かれない。そして、もちろん日本は裁く側。日本人の裁判官もいた。

追記:旧ユーゴ法廷の裁判官や所長の決め方は、ややこしいので、興味のある方は↓をどうぞ。

STATUTE OF THE INTERNATIONAL TRIBUNAL



追記:そーいえば、思い出したんだけど、著者のMichael P. Scharfは国際人道法の専門家で、国際法廷設立のための安保理決議をアメリカ国務省で書いたスタッフだったような。(彼のHPによると、国務省の元アドバイザー。)
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by mudaidesu | 2005-10-03 01:50 | 世界


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