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ナベツネ at  朝日新聞


「論座」 渡辺恒雄 vs 若宮啓文

渡辺

学生時代から本当に反戦を主張してきた。先の戦争で、何百人万人もの人々が天皇の名の下で殺された。・・・・残酷なことをやった。僕は戦時中、こんなことを国がやるということは許せないと、本当に思ってた。

戦時中の体験もあって、そういうことを命令した軍の首脳、それを見逃した政治家、そういう連中に対する憎しみがいまだに消えない

2001年の話だけど、小泉首相が8月15日に靖国神社に参拝すると言ったとき、僕は電話をして「反対だ」と言った。「15日に行っちゃいかん。行くなら13日に行きなさい。15日に行くのは、政治的によくないと」と

その後、靖国神社の近くに引っ越して、よく靖国神社を散歩するようになった。だけど、いまだに参拝したことはない。・・・遊就館がおかしい。あれは軍国主義礼賛の施設・・・軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並べた博物館を、靖国神社が経営してるわけ。そんなところに首相が参拝するのはおかしい。

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by mudaidesu | 2006-01-17 03:43 |
イラク人質問題 11  自己責任 ②


大晦日の朝生の録画を見た。「靖国問題について」で書いたことと、村田晃嗣さん(親米リアリスト)の発言が似てて驚いた・・・というのは嘘。正しいとかじゃなくて、意識してたし。村田さんをじゃなくて、リアリズムを。自分はリアリストじゃないと言いながらも、わざとリアリストっぽい語り口を織り交ぜた。「リアリズム」に関するエントリー(「ダブスタ&ゼロサム」)の続きでもあったし。普段は内向きだけど、珍しく外に向けて書いたし。その割には長くなっちゃって不親切だったけど。

というか、ここんとこ、朝生は「正論」「諸君!」系(「will」でもいいけど。笑)の論者をスルーしてるな。この前、八木秀次さんが出てたけど、アジア関係の話題じゃ勝谷誠彦さんあたりでお茶を濁してる。まあ、現実的な話するためにはしかたないけど。

ちなみに、小泉さんには「アジアで孤立戦略」があると僕は普通に思ってたんですが、森本さんも「もうわからない。アジア外交を壊してるだけ」みたいなこと言って首かしげてたし、videonews.comによると、最近は小泉さん「愉快犯」説ってのが有力なようで・・・。マジですか・・・。



朝生からもう一つ。勝谷さんが、「イラクで日本人が5人死んでいる。この人たちは日本が自衛隊を派遣しなかったら死ななくてすんだかもしれない」と言っていた。僕としては、それは香田さんだけじゃないかなとも思ったけど。

本題に入る前にもう一言。勝谷さんは、最初の三人が人質になったとき、ネットで三人や家族を叩いてた。ネット上のバッシングを支える役割も果たした・・・とそのときは思ったけど、その後のメディアその他があまりに酷かったんで、彼の日記を今読んだらたいしたことなかった・・・。僕の感覚も麻痺しちゃったのかな。

当時の朝生で、イラク人質問題やったけど、叩き派は森本敏さんしかいなかった。勝谷さんはほとんど黙ってた(師匠の橋田さんが、あの三人に優しかったからかな)。他はみんな、ありゃひでぇ、と思ってた人ばかりだった。自民党の山本一太さんもいて、立場上、多少は叩き派を擁護していたが、本音では、バッシングはひでぇ、だっただろう。

森本さんは、人質バッシングの理論的支柱になるような文章を産経に寄稿したので叩かれてしまったが、この人は「やっちまった」だけなのではないか(笑)。この人は優しい人だと思う。朝生でも、弁解せずに辛そうにだまってたし。許してあげたい(笑)。というか、国際関係(または世界政治)学の先生として、ああいう人たちを否定するなんて、絶対やっちゃいけないこと。連中のような心情を持った人間を育てるのが役割でしょう。
 

で、本題。勝谷さんの「この人たちは日本が自衛隊を派遣しなかったら、死ななくてすんだかもしれない」発言に関連して。

一応、「イラク人質問題 10」で、「拘束・監禁・死の危険の三点セット」は連中の自己責任、ということにした。三点セットは自己責任で、その後自衛隊撤退どうたらこうたらの責任やら、家族がどうしたこうしたとか、金の話とか、バッシングを被ることとかは、連中の自己責任とは関係ないだろうと。

しかし、それはあくまで、「自己責任!自己責任!」の文脈にだいぶ譲ったところで考えたらの話。話をスッキリさせるために、あえて戦線を後退させて考えたらの話。

実際のところ、その「三点セット」は純粋に連中の100%自己責任なのだろうか?


あの三人が拘束された理由ってなんだろう。いろいろあると思う。そりゃ、現地に自分の意志で行ったことで当然連中の責任はあるけど、「イラク人質問題 10」でも言ったように責任なんてすっきり計算できるわけないし。

とりあえず、第一に犯人たちの「悪意」がある(ファルージャ攻撃を止めるためにしょうがなかったって話もあるし、そんなに悪い人たちじゃなかったようだけど、とりあえず、話をすっきりさせるために悪意のある犯人としておく)。一番責任あるのはこの人たち。(高遠さんは、この人たちに対して「バカなことやってんじゃねーよ」と直接言ってたらしい。)なんたって加害者なんだから。そして、人質たちは被害者。


で、連中はミスしたんだろうか。無茶もしたんだろうか。ミスや無茶の責任もあるんだろうか。拘束直後から、メディアは「無謀」だの「軽率」だの「無責任」だのなんだの書いて叩いたけど。でも、江川さんもしつこく言ってたけど、んなことわかったわけないじゃん(「イラク人質問題 4」)。実際、何があったのかも全然わからない状況で、何テキトーなこと言ってんだよと。大手メディアなんて、イラクから引き上げちゃってたくせして。現地のことなんか全然わかってなかったくせに。

三人はダメだけど、橋田さんはOKってのも意味不明だった。橋田さんについて何もわかってないときから、橋田さんはOKって・・・。橋田さんの方がはるかに無茶だったかもしれないのに。ようするに、どっちがムカツクかってだけ。一部のメディア的には、どっちが国家にとって邪魔か。勝手に死んじまって国策の邪魔にならないか、人質になって「迷惑」かけるか。または、家族がムカツクかどうか。基準はそっちなくせに、なんもわからん時点で本人たちについて「こっちは無謀。こっちはOK」ってすごすぎる。まさに、無茶。


高遠さんなんて、数ヶ月イラクでやってたんだから、イラクのミクロな状況について一番詳しい日本人の一人だったはず。そりゃ、結果的に、拘束されちゃったんだから、ミスはあったのかもしれないが、あの時点で素人がギャーギャー言うのは無茶すぎ。いまだって、さっぱりわからない。



あと、連中は流れ弾や爆発に巻き込まれるくらいは覚悟してただろうけど、拘束・人質ってのは新たな展開だった。突然、拘束事件が続発するようになったわけで、それに対する準備をするなんてムリだっただろう。あの三人は最初の方(第二弾)だったし。まさか、あんなに続発するなんてみんな予想してなかった。連中はパラダイム転換に立ち会ってしまったと思う。無茶って、パラダイム転換をやった加害者たちの方が無茶だって。

19世紀から、赤十字などは戦場で人道活動をやってきたし、ジャーナリストは報道してきたが、心配すべきは流れ弾で、戦闘に巻き込まれることだった。ついに、外国人であるだけで、国際社会に対しての人質として使われることが現実になってしまった。メディアの発達で、戦争はお茶の間のイベントにもなってきた。メディアを使って、遠くにいる国際社会の人間にまで要求を突きつけてくる。



なぜ彼らが拘束されたのか、には他の要素もある。まずはイラクがめちゃくちゃだから。なぜめちゃくちゃなのか。いろんなのに責任がある。アメリカ、フセイン、イラク政府、イラク国民、国際社会などなど。そして、最も重要なポイントは米軍のファルージャ攻撃にあると言われてた。拘束・人質の直接の引き金はファルージャ攻撃だと。


↑で、自衛隊撤退どうたらこうたらは、人質たちの自己責任とは関係ないって話をしたが、自衛隊撤退どうたらこうたらについて、日本政府の責任はどうだろう。「人質問題 10」で、とりあえず三点セットは連中の自己責任とムリヤリした(↑でそうとも言えないとしたけども)。自己決定した上での行動によって被ったということで。

これは↑の勝谷発言に関連することだけど、日本政府も自己決定で自衛隊派遣をした。日本政府も自主的に決めて行動した。その結果起きたことについてはどうなん?どこまでが政府の責任なんだろうか。人質連中の「自己責任」をあんなにインフレさせたんだから、日本政府の自己責任もインフレさせてもいいかもしれない。ま、そんなことはしないけど。


本気だったかどうかはわからんけど、犯人グループは日本政府に要求を出した。自衛隊派遣によって、犯人側にとって被害者が余計に使える存在になった。自衛隊派遣によって、被害者の重みがガ-ンと上がった。「撤退しろ」という要求を出せるようになった。

政府に自衛隊撤退要求が出る人質事件になったのだがら、自衛隊派遣(政府の自己決定)と事件(特に人質・要求の部分)の因果関係はかなりあるでしょう。日本政府に対して要求が出てるんだし、その要求は日本政府の自己決定と関係ある。だから、日本政府も責任主体の中心になったわけだ。こっからは日本政府の責任の問題にもなる。


あの人質作戦は、みんな「なるほどねえ。こういう戦略できたか」と思う程度には、合理性はあったと思う。「なんで?日本人が?関係ないじゃん?」と、日本人が人質にされたのを不可解だと思った人なんていないだろう。日本人が人質になって、犯人側が日本政府に要求を出してきたことは十分理解可能だった。自衛隊派遣、日本政府の自己決定が無関係だと思った人はいないはず。

「なぜ拘束されて、人質事件になったと思いますか?」と聞かれたら、「日本政府がファルージャ攻撃してたアメリカに協力して、自衛隊を派遣してるからじゃないですか」みたいに答えるのは全然不思議じゃなかった。というか、みんなそう思ってたでしょ。テレビに出てた専門家もみんなそう言っていた。

これをよく理解してるからこそ、政治家やメディアや知識人は「人質自己責任論」でいった。バッシングに乗って、さらに煽った。政府の責任回避のために。国策擁護のために。世間が「自己責任論」を大真面目にとってくれてほんとにホッとしただろう。



とにかく、あの問題で何が誰の責任なんて簡単に言えるもんじゃない。何がどうなってこうなったということを理解しようとすることが大事。ほんとに複雑だった。パラダイム転換まであった。「雪山遭難」とかに例えるのは思考停止の極みだったと思う。そもそも、自然災害じゃないし。すべてに人が関わってる。




ニュース

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by mudaidesu | 2006-01-09 18:02 | イラク人質事件
西尾さんのプチ懺悔!?


西尾さんがこんなこと言ってます。

故坂本多加男さんの「歴史は『物語り』だ」という言葉について西尾さんが簡単に語ってます。それぞれの国家はそれぞれの物語を持ち、そこに歴史認識が成り立つ、というのは「つくる会」にとってありがたい、便利な思想でしたと。けど、それはあぶない思想だと。あぶないなと思ったと。

↓転載できないんで、全文は西尾さんのページで。

憂国忌シンポジウム(六) 西尾幹二のインターネット目録


名誉会長さん、いまさら何言ってんですか?なんですが、やっぱりこの人は「ベタ」じゃなくて、『あえて』の人のような気がする。このことについてはまたそのうちに。




話変わって、読んでないけど、

『諸君!』2月号 目次

もし中国(胡錦濤)にああ言われたら──こう言い返せ」みたいのはお約束なんだけど、去年の『正論』6月号を思いだした。「サヨクを論破するための理論武装入門(by産経新聞編集委員)」が表紙で目立ってた。

キーワードは「スッキリ」。スッキリしたい。言われてムカツクから、言い返してスッキリしたい

ちなみに、『正論』6月号は買いました。なんてったって、日本の知性を代表する大手新聞社の「知を楽しむ人のためのオピニオン誌」ですから。イラク人質叩き総集編ですから。

「知を楽しむ人のためのオピニオン誌・正論」6月号




で、『諸君!』ですが、こんな見出しも発見。

中国に物言えぬ財界人よ 「社益」を排し「国益」を直視せよ

なんか、文藝春秋に同じこと言いたいよ。「『社益』を排し 『国益』を直視せよ」と。「『社益』のために、俗情に媚びるな。日本を代表する出版社の誇りはどうした」と。いや、売れるのはわかるんだけど。というか、僕はそれでいいと思うし。別に文藝春秋が「国益」考える必要なんてないと思うし。文藝春秋がどのように儲けようと勝手、とまで言ったら極論だけど。なんだかなあと思っただけだから。

でも、この中嶋嶺雄(国際教養大学学長)さんってこういう人だったのかねえ。彼の昔の中国本(中公新書 1982年)を読んだ覚えがあるんだけど、冷静で結構まともだったような気がしたんだけどねえ(あんまり覚えてないけど)。時代ですかねえ。なんか、最近は古森義久さんと中国叩き本とか出してるし。すっかりバッシング・マーケットに魂を売っちゃったような。



追記: 「靖国問題について」で書いたことを転載としとく。


というか、ちらほらと書いてきたんですが、保守論壇には、中韓や日本の左派に対する憎悪を撒き散らすことをほどほどにしてほしいです。そういうのが「売れる」のでしょうけど、大衆の何かへの憎悪を煽るようなことは、本来、保守主義者こそが、一番嫌うべきことでしょう。そうやって(何かへの憎悪を煽り)大衆を煽動するのは左翼の専売特許であると。保守主義者はそんな下品なまねはしないと。子どもの言い訳、屁理屈のようなセコい正当化も、いいかげんほどほどにしてほしいです。ディベート対策もいいでしょうけど、そんなのばっかりじゃ、魂を揺さぶることは不可能です。

日本の心と知性を代表する保守論壇の方々には、他者への愛情や寛容の精神のあふれる言葉・文章で、靖国論・日本論を語ってほしいです。そういうのが、我々が誇る日本人の美徳でしょう。保守論壇こそがその心・美徳を継承し体現すべきでしょう。保守論壇が育てるべきなのは、憎しみにかられた日本人ではなく、他者への寛容と慈愛の心を持った日本人のはずでしょう。憎しみの心は日本人の文化でも伝統でも「誇り」でもない。寛容の精神こそが日本人の文化であり伝統であり「誇り」のはずでしょう。他者への憎悪を煽るのをやめ、日本への愛を語ってくれ。
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by mudaidesu | 2005-12-26 21:48 | ナショナリズム
靖国問題について


ダブスタ&ゼロサム」に「Johnny style!」さんから靖国問題についての文章のTBもらったので、コメント代わりにちょっと書きます。

私のいいかげんなメモ書き程度のエントリーにTBすみません(笑)。あちらの力の入った文章に感心させられました。でも、非国際人さんが指摘するように、靖国参拝賛成派へ語りかけるなら、そちらの議論にも配慮して論じることも大切かな、とも思いました。

靖国問題について、私も思うところはめちゃくちゃたくさんあるのですが、面倒でいまさら書く気がしない、という情けない状態です。いろんなポイントがありますから、少しづつでも書いていけばいいんでしょうけど・・・。

靖国問題って、ほんとにいろんな論点があるんですよね。日本の戦争、日本の戦前史・戦後史、日本の歴史・文化・伝統・宗教、靖国神社そのものの歴史、靖国神社の歴史観、東京裁判、サンフランシスコ講和条約、中国共産党、中華人民共和国の歴史、韓国の歴史、国際政治、ナショナリズム、「つくる会」、天皇、遺族会、憲法、司法制度、政教分離、・・・・、いくらでも論点が出てきます。はっきり言って、真面目に書き出すとキリがないです。

思うこと全てを書くのは面倒なんで(すみません)、いくつかだけ書いときます。私は「ダブスタ&ゼロサム」では、リアリズムに関する問題として、靖国にちょっと触れました。「Johnny style!」さんは、外交問題としての視点から、靖国問題のいろいろな論点に触れてます。私も、外交問題としての靖国問題に関して、思うところはいろいろあるのですが、ここではちょっとだけにします。あちらで触れられてる論点のうちのいくつかについてだけにします。


「靖国参拝やめたって、日中関係が全てうまくいくわけじゃない」みたいな議論を、一部の政治家さんとかからよく聞きますが、正直、この主張は微妙ですね。「靖国参拝やめれば、日中関係が全てうまくいく」なんて誰も言ってないですし。


「内政干渉論」も微妙ですねえ。「内政干渉」ってのは「主権侵害」であり、「主権侵害」ってのは、圧力かけて国内政策を実際に変えさせることですし。中韓のやってることは、まだ批判・注文どまりだと思います。中国ではビジネスチャンスを日本企業がことごとく逃してるそうですけど。まあ、圧力が経済制裁までいったら内政干渉と見なしてもいいと思います。米国が日本に経済摩擦でやるような制裁までいったら。

でも、国際政治上の「内政干渉」、というか、「内政干渉しない」という国際政治上のルールは、厳密には、大国が小国に強制的に影響を与えることについてなんですよね。ときには武力を背景に。少なくとも、国連憲章の精神ではそうです。強国による弱小国の支配はダメよと。国連憲章の精神は、二つの世界大戦の反省からですし。まあ、冷戦時代は両陣営が内政干渉しまくりでしたけど。

で、国際政治のルール上NG(タテマエでは)の「内政干渉」を、大国に露骨にされちゃう小国なんかは、世界に向かって「内政干渉!」なんて言えるわけがない。そんなこと言える余裕や力があれば、「内政干渉」されないですから。

最近の国際政治で、国家が「内政干渉!」と叫ぶのはどういうときでしょう?ちょっと前は中国がよく言ってましたよね。北朝鮮も。独裁政権が人権問題などで、アメリカなどに「まともな批判」をされたとき。こういう反応って、その問題について「国際的に正当性のある」反論ができないからこそでしょう。中国はアメリカの貧困問題を批判し「そっちこそ人権軽視!」とやったこともありました。そりゃそうだという部分もありますが、苦し紛れのすりかえです。「おまえだって!誰々だって!」というのは内輪でのディベートではそれなりに有効かもしれませんが、「国際的に」説得力のある議論には絶対にならないと思います。

靖国問題での、日本国内の「内政干渉!」というのも、構図としては同じではないでしょうか。森本敏さんが朝生でも言っていたのですが、日本が靖国問題で「国際的に正当性のある」反論をするのは不可能でしょう。というか、中国共産党の言い分の中で、靖国参拝批判ほど、「国際的にまとも」な主張はあんまりないでしょう(笑)。それだから、こっちは「内政干渉!」としか主張できない。というか、この「内政干渉!」というのは日本国内向けでしょう。さすがに、たいした圧力かけられてないのに、独裁政権のように世界に向かって「内政干渉!」と叫ぶのはちょっと恥ずかしい。大国日本がそんなこと大真面目で言ったら、自分たちの外交力がヘボいということを宣言するようなもんですから。

というか、この程度の批判・注文を「内政干渉」とか言ってたら、北朝鮮その他の独裁政権を批判できなくなっちゃいますよ。ガンガン批判しましょうよ。私はリアリストじゃないんで、他国の人権問題その他の国内政策はガンガン批判すべきだと思ってますし。

まあ、小泉さんが高裁の判断に気を使って「私的参拝」を強調しているんで、「内政干渉」議論はもう古い論点になっちゃってると思いますけど。


靖国問題で譲歩したら他の問題でもズルズル譲歩してしまう、って議論もありますね。これも森本さんが言っていたのですが、他の問題なら、日本は「国際的に正当性のある」、というか、「国際的にたたかえる」主張が十分できるでしょう。遠慮のいらないまともな論争が可能です。ズルズル行くほど日本人は無能でないでしょう(対米外交を見てると不安にもなってきますが、中国相手なら全然余裕でしょう)。靖国問題の場合、日本の国論が激しく対立しちゃってますが、他の問題ではそこまで酷い状態ではないでしょうし。

靖国参拝のせいで、日本の国論が激しく二分しちゃって、効果的な対中外交が不可能になっている側面もあると思うます。というか、逆に、中国に対して変な遠慮が出ちゃうんですよね。だから小泉さんも謝罪の言葉出すわけですし。


中国にとって靖国は日本相手のカードでしかない、みたいな議論もあります。これはなかなか難しい。たしかにそういうところもあると思います。しかし、たとえそうでも、今日の国際政治は、国内世論と国際世論をオーディエンスに「タテマエの正当性」を競うようなものなので(イラク戦争前のアメリカvsフランスのように)、「ホンネ」がそうだから「タテマエ」は無視していいというわけにはいかないでしょう。

おまけに、中国は独裁ながらも、世論が力を持ってきていますのでなおさら。このへん難しいところなんですが、対日外交カードというより、中国共産党政府としては、自らの「正統性」のために、靖国は譲れないのかもしれません。抗日の歴史の問題もあるでしょうけど、「悪いのは一部の軍国主義者。他の日本人は中国人民と同じ被害者」のロジックで、中国国民を納得させたんだから、その判断の正当性が、共産党の正統性に関わる問題だったり。というか、日本の世論と違って、中国の世論は、この問題で、99%(?)一致してますし。こういう世論は逆に足かせにもなります。これで世論を裏切ると、まさに共産党政権の「正統性」の問題に繋がってくる。

だから、中国政府も苦しいんだと思います。靖国を「外交カード」として使うほどの余裕はないと思うんですよねえ。国内での「正統性」が完璧ならそういうことできるでしょうけど、ちょっとミスったらヤバイことになるかもしれませんし。中国はゴリゴリのリアリスト外交やるタイプですから、その路線では外交上、靖国にこだわるのは全然得にならないですもん。台湾問題とは全然違う。やっぱり、靖国問題は、外交カードというより、中国共産党にとっての「正統性」の問題だと思います。

国内での「正統性」、国際関係上の国益、この二つの間で苦しい。国益を取ったら、国内世論は99%アゲンストですし。「正統性」があやしい独裁政権としては、これはキツイ。靖国問題片付くまで、キツくて他の問題でも譲歩(=日本にとって得)できない。日本が国益追求するなら、相手が他の問題で譲歩しやすい環境をつくることも必要でしょう。

逆に日本の場合、国益を優先しても、アゲンストは多くても50%程度ですから、やりやすいはずなんですけどねえ。小泉さんは意味不明だから。何考えてるのかイマイチわからない。自分のイメージ戦略のツールとしてしか靖国を見ていないのか。それとも、もう少し戦略的にやっていて、日中の緊張を高め、日米関係をより緊密に、という狙いがあるのだろうか。ちょっと前までは、靖国をカードとして使う(=中国に高く売る)気があるかもと少しは思ったけど、もうそれはなさそうだし。まさか、外交問題になってるのに、外交上、なんの戦略も考えてない、なんてマヌケな話だったらほんとにこわい。リアリストじゃない私でもこわい。

韓国については、あまり心配してないんですよね。なんだかんだ言ってもお互い自由民主主義同士だし、民間レベルの交流を地道にやってけば、政治がゴタゴタしてても、大丈夫でしょうと。


あと、私が思うのは、靖国問題に関して、中国の国内事情に関する冷静な情報・議論があまりに欠けている、ということでしょうか。保守論壇は、中国政府・中国人をただただひたすら侮蔑・嘲笑するだけで、保守論題の傾向を知る以外、中国を知るためにはほとんど役に立ちません。一方の左の論壇の議論も、中国内部がどうなっているかという問題にはほとんど踏み込みませんし。どちらの情報も少々ナイーブすぎるような気がするんですよね(戦略上そうなんでしょうけど)。私自身は左というかリベラル系ですから、結論としては左の議論と基本的には近いんですけど。


追記:そーいえば、靖国問題に関しては、この二人が興味深いこと言ってましたね。

転向!? 石原慎太郎 渡辺恒雄


というか、ちらほらと書いてきたんですが、保守論壇には、中韓や日本の左派に対する憎悪を撒き散らすことをほどほどにしてほしいです。そういうのが「売れる」のでしょうけど、大衆の何かへの憎悪を煽るようなことは、本来、保守主義者こそが、一番嫌うべきことでしょう。そうやって(何かへの憎悪を煽り)大衆を煽動するのは左翼の専売特許であると。保守主義者はそんな下品なまねはしないと。子どもの言い訳、屁理屈のようなセコい正当化も、いいかげんほどほどにしてほしいです。ディベート対策もいいでしょうけど、そんなのばっかりじゃ、魂を揺さぶることは不可能です。

日本の心と知性を代表する保守論壇の方々には、他者への愛情や寛容の精神のあふれる言葉・文章で、靖国論・日本論を語ってほしいです。そういうのが、我々が誇る日本人の美徳でしょう。保守論壇こそがその心・美徳を継承し体現すべきでしょう。保守論壇が育てるべきなのは、憎しみにかられた日本人ではなく、他者への寛容と慈愛の心を持った日本人のはずでしょう。憎しみの心は日本人の文化でも伝統でも「誇り」でもない。寛容の精神こそが日本人の文化であり伝統であり「誇り」のはずでしょう。他者への憎悪を煽るのをやめ、日本への愛を語ってくれ。


リベラル派には、中国政府の善意をナイーブに信じさせるような議論はほどほどにしてほしい。本来、理念的には、日本のリベラル派は中国の一般ピーポーと連帯すべきでしょう。中国政府への批判的な眼差しは決して忘れてはならいと思います。これは、日本人のためというより、中国人のために。日本の国益のためではなく、中国人の幸せのために。日本の国益のために、中国政府と信頼関係を結び付き合うのは、日本のリアリストにまかせちゃっていいのではないでしょうか。なんだかんだいっても、自民党にも民主党にも経済界にも知識人にも、リアリストはたくさんいるでしょう。

リアリストはもっともっと頑張れと。リアリストが不甲斐無いから、リベラル派がリアリストみたいな物言いをしなきゃならない状況になっているんで。リアリストはなりを潜めている場合じゃないですよ。

そして、リベラル派には、靖国参拝を歓迎する普通の人びとの気持ちを、もう少し考えてあげてほしい。その人たちの心にも響くような言説を作り上げてほしい。これはどちらにも言えることですが、相手を「論破」するだけじゃたいして意味がない。内輪だけで通用する議論を、違う考えを持つ人に披露してもほとんど効果はないと思います。

私としては、もうディベートは飽きたんで、論壇にはディベート的な主張・議論はほどほどにして、分析・研究を見せてほしいな、と勝手に他人事のようなこと思ってたりもします。右の議論も左の議論もナショナリスティックすぎかなと(私もへタレ・ナショナリストなんで人のこと言えませんけど・・・)。同じようなのばっかりで、読まされる方としては、ガス抜きにはなっても、あまり勉強にならなかったり。まあ、論壇ってのはそういうもんなんでしょうけど。こういう姿勢は、あまりよくないのかもしれませんけど、やっぱり、たまには他人事のように物事眺めるのも大切かな、と思ったりしてます。




ナベツネ on NYT  ヤスクニとソフトパワー

ヤスクニ・リターンズ  靖国参拝と海外反応 1

ヤスクニ・リターンズ  靖国参拝と海外反応 2

ヤスクニ・リターンズ  靖国参拝と海外反応 3
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by mudaidesu | 2005-10-27 22:50 | ニッポン
ダブスタ&ゼロサム


これはマジでメモね。疑問・不思議に思ってたりすることを考えながら、ちょっと書いとく。

ダブスタとゼロサムの二つは、ある思想傾向の特徴だと思う。どちらも、僕からすれば、基本的にはネガティブイメージ。

けど、ダブスタの方は、ダブスタ上等だ、コノヤロー!と開き直る強さを持つことを勧めたい。それでいいと思う。そもそも、ダブスタ気にしてたら、「愛国」なんて叫べないでしょう。ダブスタをダブスタと認め自覚し、それでもなお、そう感じざるを得ない強い感覚・実感・経験を素直に吐露しちまえと。それが強度だ。無理して論理一貫性を装うから、わけわからん、つまらん、魅力のない議論にしかならんのだと。ガキの言い訳のような屁理屈にしかならんのだと。

ここのコメント欄で「私としては、立派な右翼や保守の方々に、<嫌悪感→レイシズム→国粋>の順序で人びとを動員するのでなく、もっともっと落ち着いて高尚な「日本論」を語ってほしいです。嫌悪や憎悪や怨念まみれじゃなく、日本人についても他者についても、もっと愛情に満ち溢れた言葉で語ってほしい。他所や他人を引き合いに出さずに、日本や日本人のすばらしさを語ってほしい。実際、私は自分なりに、そうやって日本や日本人のすばらしさ、日本や日本人に対する愛着を語れます。知識なんていりませんよ(私ないですし)。論理じゃないですよ。日本で生きてきた「実感」(保守の語彙ですよ)で十分です。へタレハンニチサヨの私にできて、右翼や保守にできないはずがない。」と書いた。

というか、文句系、憎悪系、怨念系じゃない立派な保守・右翼の論者を誰か紹介して。バッシング・マーケットとは無縁の人を。僕の魂が揺さぶるような人を。僕の脊髄から脳のあたりを刺激しまくってくれそうな人を。


で、ゼロサムですよ。ゼロサム。基本的には、アホくせーと思うんですけどね。↑のダブスタと違って、ゼロサム思考にはなんの魅力も感じないんですよね。レイシスト的思考もゼロサムですよね。善悪二元論的なところがあって。陰の中に陽があって、陽の中に陰があってみたいなアジア文化の良さとは正反対の。善悪二元論は一神教の文化の専売特許だ、みたいな話もありましたが、そうでもないですねえ。善悪二元論はダブスタの温床でもありますな。

アメリカとの関係、中国・韓国との関係って話になるとゼロサム思考が顕著にでますね。中韓ともうちょっと仲良くしようって話になると、中韓の属国になるのか!って・・・。よほど日本に自信がないのかなんなのか・・・。

アメリカとのズブズブが100としたら、現在の中国となんて10程度でしょう。韓国は15くらい。だから、アメリカを70くらいにして、中国を20くらい、韓国を30くらいにしようぜ、って話でしょう。小泉前なんてもうちょいマシだったでしょう。せめて、小泉前くらいには戻そうよと。誰も、中韓を100にして、アメリカは20にしろ、なんて思ってないって。

というか、中国・韓国の軍隊が5万人近く駐留して、その経費に何千億も献上して、日本の空を中韓軍に優先的に使わせて、そのうえ、安保政策のみならず、経済・金融政策的にも中韓政府の言うとおりに「改革」していくようなことには絶対しないだろう。そこまで、中韓にやらせることに抵抗しないならまさに「売国」でしょう。属国ってのはそういう状態。というか、それでもまだ中韓はマシかも。だって、中韓はどっかの国と違って、日本人何百万人もぶち殺して正義の味方ぶってないし。そのどっかの国に媚びへつらうよりまだ抵抗ないかも。


あと、ゼロサムで有名なのが国際関係理論の(ネオ)リアリズムですよ。こっちは善悪二元論みたいな話じゃない。そういう善悪は完全に理論から排除されてる。国家の中身なんて関係ない。ケネス・ウォルツさんによると、国家はビリヤードのボールみたいなもんだそうですから。サイエンティフィックな理論です。ゼロサムだと、どっちも得する(win-win)なんてことはない。どっちかが得して、どっちかが損する。万人の万人に対する闘争っすから。そんなに国家の数ないけど。

はっきり言って、というか、素朴にこの概念はとっくに破綻してんじゃねーの?とか思うんですけどねえ。

おまけに、リアリズムによると、「国家だけ」が国際関係のアクターだそうです。個人や国際機関(国連など)や(多国籍)企業やNGOはアクターではない。なんてのは破綻してるでしょ。でも、実際には、そうでもないんですよねえ。学問の世界でも、ネオリアリストvsネオリベラル&リベラルでいまだに延々とバトルしてるようなんですよねえ。

現実の国際政治上でも、ゼロサム的思考は根強いですしねえ。日本の論壇なんてそんなんばっかですしねえ。でも、ゼロサム全開の日本の論壇の議論はリアリズムのかけらもないですしねえ。どーなってんでしょうか?


なにげにこの親和性は不思議ですねえ。
善悪排除のリアリズム的思考から導きだされるゼロサム。
善悪二元論的思考から導きだされるゼロサム。

わけわからん。

無理やり仮説:保守→善悪二元論的(ダブスタ)→ゼロサム=ゼロサム←リアリズム=善悪排除

リアリズムと保守が近いんじゃなくて、お互いの行き先のゼロサムが近いとか?

って、そんなシンプルな話じゃないっすね。なんだか、ゼロサム=攻撃的なイメージで語ってきましたけどそういうわけでもないですしね。保守やリアリスト=冷静って時代もあったし、リアリストはいまだに冷静(のはず)だろうし。そもそも、本当の保守って善悪二元論みたいな単純な議論は嫌うだろうし。ポピュリスティック(こんな言葉ないよね)な善悪二元論を嫌悪するだろう。

というか、最近はリアリストの方がゼロサムじゃなくて、win-winを模索してるような気がすんだけど。日米共に。というか、あまりに一部の勧善懲悪・善悪二元論的ゼロサム思考が酷くて、リアリストがびびっちゃってんのかな。

普通に考えれば、国益重視のリアリストなら靖国参拝には反対する。外交に善悪やら魂の問題を持ち込むな、と考える。ここで、当然予想される反論は、長期的に考えれば靖国参拝は国益になる、というものだろう。しかし、それはあくまで希望的観測でしかない。リアリストなら、そんな予測不可能な遠い将来のために、目の前の国益を犠牲にするなんて愚の骨頂だと考える。

そもそも、「長期的に考えれば国益にもなる」的な発想は、リベラルがリアリスト側にぶつけるものであった。リアリストがリベラルのナイーブなあまちゃん的発想を「国益にならん」と切り捨てる。それに対して、リベラル側が、「いや、長期的に考えれば国益にもなる」とリアリストの国益優先的発想を逆手にとって、素朴に反論した。国連重視や人権重視のほうが、後々、絶対得になるって!みたいな議論。ジョセフ・ナイの「ソフト・パワー」の概念なんてのもそれ系だろう。

というわけで、最近の日本の保守論壇の思考回路はリアリスト的ではなく、リベラル的なのではないでしょうか。(というかネオコン的ね。)リベラル的なのは思想の中身(人権重視や国際協調)ではなくて、(リアリストから見て)ナイーブあまちゃんな思考の回路(希望と現実の混同)ね。ちなみに、基本的には、僕はナイーブあまちゃんなリベラル的な思考回路で国際政治を見てますよ。

というか、「気にいらねー」「ムカツク」「許せねー」「気持ちいい」「スカっとする」みたいな感情が入っていたら、「好き」とか「嫌い」みたいなノリがあったら、即notリアリズム。だからなんなのさ、なんだけどね。


なんか、意味不明な文章になっちゃってごめんなさいね。見切り発車だったんで。いつものことですが。かなりわけわかりませんね。自分でも全然わかってないんで。自分のために考えながらなんで。説明も怠ってますし。いまさらですが。マジでメモなんで。


なんか、パーマンのことふと思い出しましたよ。今、突然。全然関係ないんだけど。手を繋いで飛ぶと、スピードが2人のときは2倍、3人だと3倍っておもしろいなあと。




というか、「小泉さんが靖国行って一番大喜びしてるのは中国・韓国の右翼・反日勢力ですよ。逆に、一番悲しんでるのが、日本人と仲良くしたい中国人・韓国人たちですよ。」と一昨日くらいに書いたけど、マジで、中韓の親日ピーポーのために靖国はやめとけって。もう遅いけど。

中曽根さんはそうした。圧力に屈したんじゃなくて、中国の親日派のために靖国参拝やめたんだって。

つか、そのうち、90年代後半のパレスチナ問題みたいになっちゃうよ。双方の強硬派や過激な連中が暴れまくって、双方の穏健派の立場がどんどん悪くなる、みたいな。構図としては同じ。というか、世界中の問題はみんなこの構図だけど。

相手側の穏健派が強くなる=自分たちの利益になる=win-win、を目指すなら、靖国参拝みたいなことやって相手側の強硬派を喜ばし、穏健派を窮地に陥れるのは愚の骨頂よ。あくまで、外交的にはね。

外交なんてどうでもいい、アメリカについてけばいい、ってノリの小泉さんからすれば、↑のことなんてどうでもいいんでしょうね。てめーの国内政治用のパフォーマンスに役立てば。相手の国の反日勢力を喜ばして、日本国内のナショナリズム煽って、自分の得点上げて、日本国内の政敵にダメージを与えられればそれでいいんでしょう。



靖国問題について
<フランシス・フクヤマ>論争 リベラル ネオコン フェミ
リアリストのリアリズム  イラク戦争反対
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by mudaidesu | 2005-10-20 13:42 | ナショナリズム
転向!? 石原慎太郎 渡辺恒雄

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『日本よ』 石原慎太郎 「歴史に関する、ことのメリハリ」 
2005年9月5日 産経新聞


八月が過ぎて靖国問題は旬が過ぎ沈静したかに見えるが、靖国が国際問題として蒸し返されるようになった切っ掛けのA級戦犯の合祀(ごうし)に関して、率直にいって私には納得しかねる点がある。というより私はA級戦犯の合祀には異議がある。
 
合祀の是非が論じられる時必ず、彼等を裁いた極東軍事法廷なるものの正当性が云々されるが、我々はそれにかまけて最も大切な問題を糊塗してしまったのではなかろうか。それはあの国際裁判とは別に、この国にあの多くの犠牲をもたらした戦争遂行の責任を、一体誰と誰が問われるべきなのかということが、棚上げされてしまったとしかいいようない。
 
私は毎年何度か靖国に参拝しているがその度、念頭から私なりに何人か、のあの戦争の明らかな責任者を外して合掌している。それはそうだろう、靖国が日本の興亡のために身を挺して努め戦って亡くなった功ある犠牲者を祭り鎮魂するための場であるなら、彼等を無下に死に追いやった科を受けるべき人間が鎮魂の対象とされるのは面妖な話である。死者の丁寧な鎮魂を民族の美風とするにしても、罪を問われるべき者たちの鎮魂は家族たちの仕事であって公に行われるべきものでありはしまい。

太平洋戦争に限っていえば、あの戦場における犠牲者の過半は餓死したという。そうした、兵站(へいたん)という戦争の原理を無視した戦を遂行した責任者の罪を一体誰が裁くべきなのか。それは国民自身に他なるまい。

自ら育てた航空兵たちを自爆に駆り立てる特攻突撃を外道として反対し続けていた大西滝治郎中将は、最後には国体を守り抜くためには若者たちに死んでもらうしかないと決心し特攻を発令したが、その責任を取って敗戦後間もなく、自分が殺した数千の英霊への償いとして割腹自刃した。

それも並の死に方ではなく、駆けつけた秘書官に、「俺は償いのために苦しみぬいて死ぬのだ」といって絶対に医者など呼ぶな、介錯などするなと命じ八時間もの間血の海の中でのたうち回って絶命したという。ならば英霊もそれを是として、ほほ笑み許すことだろう。同じように本土決戦を主唱していた阿南陸相も自刃して果てた。公家出身の近衛文麿にしてさえ毒を仰いだ。

A級戦犯の象徴的存在、かつ開戦時の首相東条英機は、戦犯として収容にきたMPに隠れて拳銃で自殺を図ったが果たさずに法廷にさらされた。彼を運び出したアメリカ兵は、彼が手にしていた拳銃が決して致命に至らぬ最小の22口径なのを見て失笑したそうな。

そうした対比の中で、ならばなぜ大西中将や阿南陸相は合祀されないのか、私にはわからない。

当時中学生だった私はなぜか父に促され、父が仕入れてくれた傍聴券を手にして近くの見知りの大学生に同伴され、二度市谷に赴きあの裁判を傍聴したことがある。当時の私には裁判のやりとりの詳細は理解出来なかったが、二階に上がる階段の途中で、立っていたMPに履いていた下駄がカタカタ鳴ってうるさいと脱がされ、雨に濡れていた冷たい階段を裸足で歩かされた屈辱の記憶がある。

故にもではないが、私はあの極東裁判は歴史的にも法的にも正当性を欠いていると思う。開廷の冒頭イギリス、オーストラリア国籍の弁護士将校が行った、この法廷がジュネーヴ協定に謳われた戦争における非人道的行為の責任者を裁くというなら、我々にはこの法廷を維持する資格は無いのではないかという陳述は、ウエッブ裁判長が慌てて通訳を差し止め後に報告の中から削除してしまった、という事実に鑑みても極めて妥当と思われる。あれが勝者による敗者への報復を含めた催し物だったことは自明だが、しかしなお、我々はあの戦争の責任者の存在について、あの裁判の正当性を非難することだけですむのだろうか。どの世界にも会社を潰してしまって責任を問われぬ経営者などいるものではない。

私は後年、あの裁判で終身刑をいい渡され後に復帰し、国会議員となり法務大臣も務めた賀屋興宣氏に私淑したが、賀屋氏が皮肉に「まあ人間の性としても、あの裁判は仕方なかったでしょうな。あれでもし日本が勝っていたりしたら、そりゃあもっと酷い裁判をやったに違いありませんよ」といっていたものだった。

がなお、あの裁判の非正当性にかまけて我々があの戦争の真の責任者について確かめることなしに過ぎてしまうなら、他国からいわれるまでもなく、我々はあの戦争という大きな体験を将来にかけてどう生かすことも出来はしまい。そしてそこにこそ、隣国たちは居丈高につけこんでくるのではないか。

あの裁判の最中に、件の開廷冒頭の陳述への配慮も踏まえ、瞬時にして数十万の非戦闘員を殺戮(さつりく)した原爆への罪悪感の相殺のために突然でっち上げられ法廷に持ち出された南京大虐殺なるものも、互いにまだ一級の歴史資料が現存する今、靖国に祭られる者の資格云々とともに我々自身の手で検証されるべきに違いないと思うのだが。

そうせぬ限りこの国は、結局何でもあり、無責任ナアナアの風潮に押し流され、周りからつけこまれるまま衰微の道をたどりかねない。

http://www.vanyamaoka.com/senryaku/
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うーん、石原さんすらも最近の風潮に少々嫌なものを感じているんでしょうかねえ。東條英機まで英雄になりつつある勢いですからねえ。ナショナリズムはより過激な方が正しい、ってなノリがありますから、石原さんも腰抜けの仲間入りですか。まだそこまで行ってないって?



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文藝春秋7月号 2005
大論争アンケート 小泉総理 「靖国参拝」是か非か

元・陸軍二等兵として 
渡辺恒雄 (読売新聞グループ本社会長・主筆)

とりやめるべき

靖国神社に昇殿し、記帳し、宮司のおはらいを受ける「公式参拝」は、すぐれて政治的行為だ。小泉首相が純粋に宗教的、精神的な行為だというなら、深夜か早朝に人知れず参拝すればよい。A級戦犯の七人は、戦死ではなく刑死である。私は東京裁判の判決が絶対的正義だとは思わぬが、太平洋戦争の何百万という内外の犠牲者を出した責任、あの凶暴な陸軍の行動基準を推進した責任(陸軍二等兵だった私は、今でも許せないと思っている)、憲兵、特高警察による暴力的思想統制の立案、実行責任等については、日本国民自身による歴史検証を経たうえで罪刑の普遍的妥当性を判断すべきだ。中国の反日暴動は、中国政府の統治能力と国民の文明開化度が日本より半世紀遅れていることを示すもので、いたずらに興奮するのは無益だが、あの暴挙については、日本政府は厳しく抗議して、損害賠償を求め、国の威信を保たねばならない。
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読売社説もこの路線ですね。なんだかんだいっても凄みがありますね。若き日のナベツネさんが思い浮かぶようです。こういう気持ちで共産党で活動していたのでしょう。共産党辞めた(除名?)ときのナベツネは偉かった。まさに正義の男であった(魚住昭『渡辺恒雄 メディアと権力』)。


ちなみに、田原総一郎編集『オフレコ』からも。田中康夫のコラムからですが。

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傾聴に値する渡邉恒雄氏の発言

安倍晋三に会った時、こう言った。『貴方と僕とでは全く相容れない問題が有る。靖国参拝がそれだ』と。みんな軍隊の事を知らないからさ。それに勝つ見込み無しに開戦し、敗戦必至となっても本土決戦を決定し、無数の国民を死に至らしめた軍と政治家の責任は否めない。あの軍というそのもののね、野蛮さ、暴虐さを許せない

僕は軍隊に入ってから、毎朝毎晩ぶん殴られ、蹴飛ばされ。理由なんて何も無くて、皮のスリッパでダーン、バーンと頬をひっぱたいた。連隊長が連隊全員を集めて立たせて、そこで、私的制裁は軍は禁止しておる。しかし、公的制裁はいいのだ、どんどん公的制裁をしろ、と演説する。公的制裁の名の下にボコボコやる」

この間、僕は政治家達に話したけど、NHKラジオで特攻隊の番組をやった。兵士は明日、行くぞと。その前の晩に録音したもので、みんな号泣ですよ。うわーっと泣いて。戦時中、よくこんな録音を放送出来たと思う。勇んでいって、靖国で会いましょうなんか信じられているけれど、殆(ほとん)どウソです。だから、僕はそういう焦土作戦や玉砕を強制した戦争責任者が祀られている所へ行って頭を下げる義理は全く無いと考えている。犠牲になった兵士は別だ。これは社の会議でも絶えず言ってます。君達は判らんかも知れんが、オレはそういう体験をしたので許せないんだ
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ん~ん。あついですね。もっともっと語ってほしい。


田中康夫が、この二人が、あえてしたこういう発言をあえて賞賛してました。

田中康夫 外国人特派員協会 講演



東條英機のお孫さん、東條由布子さんが上の石原発言に対して『チャンネル桜』で発言してます。

チャンネル桜 「東條由布子氏に聞く!石原知事発言」


石原慎太郎と田中康夫 8/28




中立的な祈念碑建設を…追悼施設議連で本社・渡辺主筆(読売新聞)
 
自民、公明、民主3党の有志議員による「国立追悼施設を考える会」(会長=山崎拓・自民党前副総裁)は24日、国会内で勉強会を開いた。

講師として招かれた読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長・主筆は「歴史認識を間違えさせる施設が(靖国神社の)遊就館だ。社務所の出版物も戦争責任の反省があった上で戦没者に追悼の意を表する趣旨がない。『A級戦犯はぬれぎぬを着せられた』というようなことが書いてあり、納得できない」と述べた。そのうえで、「小泉(首相)さんは戦争体験はないだろうが、まじめな歴史研究を重ねて想像力を巡らせば正しい判断ができる」と語り、首相は靖国神社を参拝すべきでないとの考えを示した。また、「(戦争責任に関し)身ぎれいにして、外国にものが言えるような立場にならなければならない。とりあえずは中立的な無宗教の国立追悼・平和祈念碑の建設を決定していただきたい」と要望した
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by mudaidesu | 2005-09-06 23:18 | ニッポン


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