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「ホテル・ルワンダ」ネタ


共感と暴露と動揺と切断処理 ホテル・ルワンダ」のつづき。文章紹介だけだけど。

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by mudaidesu | 2006-03-15 20:12 | 映画
愛国者は東京ドームへ

WBC観客少なすぎ。神宮での阪神-ヤクルトより少ない。オリンピック予選もそうだったから、予想通りだけど。ネット愛国者は応援行って来いって。明日は韓国戦だし。
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by mudaidesu | 2006-03-05 06:01 | ナショナリズム
共感と暴露と動揺と切断処理 ホテル・ルワンダ


ホテル・ルワンダ」のコメント欄で触れたコレについて。↓

『ホテル・ルワンダ』なんか何の役にも立たない!  この人を見よ!


ちなみに、以前、町山さんがこの映画について書いた文章。↓    


『ホテル・ルワンダ』を観て、「アフリカは悲惨だな。先進国が何かアフリカのためにしてやれることはないか」と思うのは、間違っている。この映画は、そういう風にも作ることはできたが、テリー・ジョージ監督(アイルランド人)はそう作らなかった。国際社会や政治の問題としても描かなかった。・・・

わかりやすく言ってしまうと、「アフリカのことは置いといて、とりあえず、これを観た一人一人が各人の生きている場所で隣人を愛してください。一人一人がポールさんになってください。普段の日常から。それが始まりです」ということですよ。・・・

ポールさん自身は英語版DVDの付録で『ホテル・ルワンダ』を見た人に求めることとして次のように言っている。「ルワンダを教訓にして、この悲劇を繰り返さないで欲しい」。つまり、ルワンダへの寄付ではなくて、あなた自身の生きる場所でルワンダの教訓を活かせ、と言っている。・・・(こういうことは)世界中のどこでも起こるし、これからも起こるだろう。・・・

『ホテル・ルワンダ』という映画が観客に求めているのは、アフリカへの理解や、国際社会の対応よりもまず、観客一人一人の中にある排他性、つまり「虐殺の芽」を摘むことなのだ。

「ホテル・ルワンダ」と「帰ってきたウルトラマン」


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by mudaidesu | 2006-03-01 22:17 | 映画
西尾幹二とネタとかベタとかロマンとか


日本人の劣等感と優越感? & 欧米リベラル」のつづきというかなんというかそんなの。そっちに「嫌韓」やレイシズムについて、コメントたくさん書いたんで暇な人はどうぞ。途中から話が激変しちゃってるので最初の方だけでも。


で、そのエントリーで紹介したニューヨーク・タイムズ(または、IHT)の記事。↓

Japanese fad: Comics that degrade Chinese and Koreans (記事全文だよ)


この記事で紹介されている西尾幹二さんの言葉。↓


Currently we cannot ignore South Korea and China,

(現在、我々は韓国と中国を無視することはできない。) 

Economically it's difficult. But in our hearts, psychologically, we should remain composed and keep that attitude.

(経済的に無視は難しい。しかし、心の中では、心理的には、私たちは平静さを保ちそういう(脱亜入欧)の姿勢でいるべきだ。)


どこがあんたら「平静」なんだよ!というツッコミは置いておく。実際、西尾さんがどういう言葉をどういう意味で言ったのかわからないし。でも、この西尾さんの言葉を見て、「嫌韓」などの言説は「癒し」なんだなあ、とあらためて思った。

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by mudaidesu | 2006-01-27 22:23 | ナショナリズム
95年以後の日本社会論を発信せよ by 東浩紀


「論座」2月号

アメリカで「嫌韓」についていろいろ聞かれた。背景には、嫌韓の記事が「ニューヨーク・タイムズ」の一面を飾ったという「事件」がある。・・・嫌韓は、右傾化の典型として取り上げられている。

これは誤りではないか。・・・嫌韓の本質は、政治的というより心理的な現象

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by mudaidesu | 2006-01-27 21:37 |
「韓流」から「アジア流」へ・・・ぺ・ヨンジュンファンへの手紙


まっとうな批判に耐えてこそ「韓流」は「アジア流」に育つ・・・ぺ・ヨンジュンファンへの手紙

「論座」一月号 小倉紀蔵

<純粋なるもの>への回帰願望  ぺ・ヨンジュンという思想」への批判や反論がたくさんあったようで。まあ、予想通りだろうけど。それらに対して、そして韓流ファンの人たちへの小倉さんの熱い熱い返事とメッセージ。叱咤激励。以下ほとんど引用。



編集部にも、「ヨン様ファンは、みんな小泉なんか大っきらい」「みんな竹島問題にも関心を持って日本政府の対応を批判的に見ている。産経寄りの主張に賛同しているなどという決め付けはおかしい」などの手紙

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by mudaidesu | 2006-01-09 17:23 |
本音と願望  美と自己肯定


「家にいさせて」さんから「自信のない日本人女性」というエントリーのTBをいただきました。テレビ見ながらコメント書いてたら(失礼ですね)、だらだら長くなってしまったのでここに書きます。

女性の美に関する世界調査」についてです。おもしろいです。

それにしても、おもしろいネタですよね。こういうネタ大好きです(笑)。いろいろ思うことはあるのですが、簡単に私の印象を。自分で偉そうに言っておきながら、「□□人は~~」とかやっちゃいます(笑)。



でも、自分の美に自信がない日本人女性というより、こういうアンケートにさえも、図々しくは書けない奥ゆかしさがあるってことじゃないかな、なんて思ってみたり。

私もそう思います。こういうアンケートで国際比較とかしても、ほとんど当てにならないと思うんですよね。「あなたは幸せですか?」とか「自分に満足してますか?」みたいな質問って当てにならないと思います。

こういうアンケート結果を見て、「日本人は他国民に比べて~~だ」みたいに安易に言うのはどうかなと。さらっと言うだけならいいのですが、なんかこういう結果を絶対視して、「だから日本人は自信を持たなきゃイカン!」みたいなこと言っちゃったりするのはどうかと思います。


これは私の経験からの印象なんですが、日本人は謙虚というかなんというか、あまり自分の長所やらを誇示したりしないですよね。「△△人は~~だ」をガンガンやっちゃいますが許してください(笑)。それに比べて、アメリカ人なんかは堂々と素直に誇示するんですよね。それが全然嫌味じゃないんですよ。ほんとに嬉しそうに素直に誇示する人が多いです。微笑ましい。

思いっきり乱暴に一般化しますが、ヨーロッパ人とかアジア人は、印象としては、日本人とアメリカ人の間くらいでしょうか。スペイン人なんてアメリカ人に近いというか、アメリカ人以上ってかんじがしました。逆に、同じラテンのはずのフランス人は、めちゃくちゃ日本人に近かったり。フランス人のノリの悪さや暗さは日本人と波長が合います。

(中国人やら韓国人やら台湾人やら香港人なんて、ほとんど日本人と変わらないっす。世界中の人びとと一緒に比較したら。「くだらね~ ああ くだらね~ ちょー くだらね~」でもちょっと書いたんですが。)

女性の美に関する世界調査」でも、スペイン人のノリに近いブラジルやアルゼンチンの女性の満足感というか自己肯定感が強いですよね。逆に、フランスとイギリスとオランダの女性の自己肯定感が比較的弱い。


で、ひねくれものの私としては、アメリカ人とかが「私は幸せ!」みたいなことを、あえて主張したがるのは、実は不安の裏返しなのかなあと感じたことがありました。親からの愛をやたら確かめたがるみたいなところもあります。私の印象としては、そんな不安なのかなあ?でした。

だから、「あなたは幸せですか?」とか「自分に自信がありますか?」という質問の答えは、実際に自分がどう思っているか(本音)より、自分がどう思いたいか(願望)を表しているかもとか思ったり。

自分が幸せじゃないこと、自分に自信がないことを認めたくないからこそ、「幸せ」とか「自信がある」とか答える人が結構いるんじゃないかなあと。ある種の強迫観念。幸せじゃなきゃいけない!みたいな。匿名のアンケートでも、自分に言い聞かせて自分を鼓舞し元気づけるという意図で(たとえ無意識でも)そういう風に答えたり。自分は幸せなんだ!幸せなはずなんだ!と。

うがった見方をしてしまう私の性格が悪すぎるんですかね?(笑)

でも、スペイン人とかブラジル人とかは、ほんとに底抜けに明るいというかノーテンキというかそんなかんじで、アメリカ人と違ってそういう不安もなさそうな気もします(笑)。



ついでに、そういう奥ゆかしさが日本女性の美だったはず、とかね。

女性だけじゃなく、日本人の美徳ですよね。最近の自称愛国者の方々にはこういう日本人の美徳が欠けてるような気がします。私は、奥ゆかしい日本人が大好きです。めちゃくちゃいとおしい。好きな女性のタイプはまた別にいろいろあるのですが(笑)。



いくつになっても綺麗にこしたことはないんでね、お手入れはしっかりと。

私個人としては、年相応ってのがいいような気がします。黒木瞳さんなんか、たしかにきれいだとは思うんですけど、どうもダメなんですよね。中山美穂さんなんかもそう。なんか、アンドロイドみたいで。何をしてるのか知りませんが、いろいろやりすぎじゃねーの?とか思ってます。本人たちは、一生懸命でしょうし、本人が満足してればいいんで、余計なお世話ですが(笑)。



独断と偏見で「××人は~~だ」を超乱暴にやりましたが、××人を貶める意図はまったくありません(笑)。


これも関連してるかも。
花王アジエンス  チャン・ツィイーCM
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by mudaidesu | 2005-12-07 01:36 | 文化
オールド・ボーイ 韓流!?


やっぱこの映画、すげぇ。

以前、超テキトーな感想書いたけど、もう一回。つけたすだけで、またテキトーだけど。


























公式ページ。充実してます。予告編もあります。
http://www.oldboy-movie.jp/ 


簡単な内容紹介↓

1988年、平凡なサラリーマン、オ・デス(チェ・ミンシク)は何者かに誘拐、監禁され、何と15年もの歳月を経て突然解放された。なぜこのような仕打ちを受けたのか真相を突き止め復讐すべく、すぐさま彼は行動に移すのだが…。

日本のコミック(土屋ガロン&嶺岸信明)を原作に『JSA』のパク・チャヌク監督が手がけ、2004年度カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した戦慄の韓流サスペンス映画。暴力シーンはもちろんのこと、パワフルでインパクトに満ちた描写の連続には観る側が疲弊するほどだが、それ以上に、まさに衝撃的という言葉がふさわしい結末には圧倒される。韓国映画界の充実度を改めて痛感させられる問題作。ぜひとも体調を整えた上で、これ以上の予備知識を入れずにご覧になることをオススメする次第である(的田也寸志 アマゾン)



この映画はちゃんと映画館に行ってきた。一応、観ようとは思ってたんだけど、明日行こう!と思わせたのは井筒監督。

テレ朝の「虎ノ門」という番組に「こちとら、自腹じゃ!」という井筒監督のコーナーがある。井筒監督が自腹で映画を観にいって、その映画に文句言うってコーナー。井筒監督はたいていの映画をボロクソ言っちゃう。でも、「オールドボーイ」は大絶賛だった。なので、気合い入れてこの映画観にいった。別に、井筒監督の映画評に普段から同意してるわけじゃないんだけど。

でもねえ、期待しすぎやっぱダメね。ってのは映画観終わった後の感想。それに、井筒監督がテレビで、「ギリシャ悲劇やね」なんてしみじみ言うから、内容がだいたい想像できてしまったのもイタイ。一番盛り上がるところが簡単に想像できてしまった。「韓流&ギリシャ悲劇」と言ったら、どういう内容か想像できちゃう。

あと、最初の30秒がめちゃくちゃかっこいい。マジで良すぎ。震えまくりだった。だから、おおおおおっと、また期待値上がりまくっちゃったんだよね。

一応、カンヌで実質一位(「華氏911」が一位ってのはネタでしょう)だし、まあ、これ系の日本映画に比べりゃはるかにすげーなとは思った。主演のおっさん(チェ・ミンシク)すげーと。日本でこれ作ったら、絶対Vシネになっちゃうよと。


でね、数ヶ月前にDVDでまた観たんだけどね。やっぱいいっすよ。この映画。すごい。で、この前また観たんだけどね。三回も観ちゃった。計五回。やっぱ、すげぇ。よくあることなんだよね。最初は、う~ん、と思っても、回数重ねるうちにどんどんすごいと思えてくることは。

音楽も全部いい。どの曲もシンプルなんだけど独特。ほんとすばらしい。

映像もすばらしい。めちゃくちゃ凝ってるし。一つ一つあげてもキリないけど、やっぱ一番かっこよかったのは最初の30秒と、それと同じシーンが途中にあるんだけど、それ。そのシーンの音楽も超かっこいいし、絵の撮り方がすごいイケてた。どっかからパクってきたようなシーンもあったりするけど、パクり方がかっこいい。というか、よりイケてるシーンにしちゃってたりするのがたいしたもん。

ウケたのが、ビルでの格闘シーン。これみんな言ってたけど、ゲームの「スパルタンX」じゃん。そして、これワンカット。すげー。(ジョン・ウーの「ハード・ボイルド」の病院でのワンカットにはさすがにおよばないが。)

ミド(カン・へジョン)は、まゆげが気になっちゃったし、猫なで声というか、半分泣きの入った猫なで声がめちゃくちゃうざいんだけど、

あの、


ああ おじさん ・・・ おじさん ・・ ああ おじさん ・・・


というところ、

さすがに何回も観てると、字幕なんだけど、ほんとに「おじさん、おじさん」日本語で、言ってるように聞こえてくる。不思議。


というかねえ、井筒監督がこの映画にすごい衝撃を受けた理由は、彼に娘さんがいるからだったんだね。僕としてはストーリーそのものはあまり気にならなかった。いや、おもしろかったんだけど。なんか、この映画、ストーリーにはああだこうだ言う気があまりおきない。ストーリーのどこが弱いとか、動機がどうだとか、いろいろ考えさせられたとか、そういう感想を言う人が結構いたんだけど、そういう点については、たいして考えが浮かばないんだよね。この映画に関しては、ただ、観て、おお!と思うっていうおバカな鑑賞の仕方。


この監督(パク・チャヌク)の「JSA」も観たが、なかなかいいね。「オールドボーイ」と対照的に、「JSA」は地味ーに作ってある作品。それと、韓国にゃ、いい俳優が結構いるね。この主演のオッサンはほんとすごいですよ。というか、いつの間に、韓国、こんなの作れるようになっちまったのよ?

韓流といえば「冬ソナ」ですが、一応見ましたよ。
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by mudaidesu | 2005-11-30 23:51 | 映画
日本人の劣等感と優越感? & 欧米リベラル


「嫌韓流」が巷で話題になってますが、僕自身は本屋さんでザーと目を通しただけです。というか、恥ずかしくて落ちついてチェックできなかった根性ナシの僕。余裕だと思ってたんだけど、いざ、立ち読みはじめると急に恥ずかしくなってきた。レイシストはこの世で一番なりたくないものだから。他人からどう思われようとたいして気にしない僕なんですが、まだまだへタレですね。誰も気にしちゃいないだろうけど、自意識過剰になっちゃう。

で、なぜ、いまさらこの話かというと、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンのサイトを見てたらこんなニュースがありました。

Japanese fad: Comics that degrade Chinese and Koreans (記事全文だよ)
http://www.iht.com/articles/2005/11/20/news/comics.php

ちなみに、ニューヨーク・タイムズでの記事タイトルは「Ugly Images of Asian Rivals Become Best Sellers in Japan」。


で、日本語の記事を検索してみました。↑の記事の内容は↓こんなかんじかと。

「日本の『嫌韓流』は警戒心理・劣等意識の発露」NYT紙  中央日報
嫌韓流や反中漫画紹介・NYタイムズが1面で  日本経済新聞


一面ですか・・・。ちなみに、僕はこの漫画について全然詳しくない。この漫画についての論争にもほとんど興味ない。「論座」で東浩紀が「嫌韓にはリアリズムが欠如してる」とかスカした批評書いてたのを読んだくらい。で、ざっと目を通した印象では、典型的なレイシストのプロパガンダ本だなと思いつつも、それは過大評価かもと思った。というか、ネット上にあるものをプロパガンダ(=イデオロギー的確信犯)ではなく、「金儲け」に使っただけかと。レイシズムが商売になるってことに目をつけただけかと。

ただ、日本でレイシズム描写がメインカルチャーになった記念すべきムーブメントとは言えると思う。ちなみに、「レイシズム」という表現は「他人種・他民族・他国籍等の人びと蔑視」という意味で使ってます。

「まともな日本人」をかっこよく、美しく描き(言い過ぎか?笑)、「愚かな韓国人」を醜く描く。ニューヨーク・タイムズによると、日本人のキャラは大きな目・茶髪の白人っぽいルックス。韓国人は黒髪・細い目のいかにもアジア人のルックス。この記事は、こういう描写は欧米への劣等感・アジアへの優越感からきてるのではと分析。











内容も、「まともな日本人」が「愚かな韓国人」を「論破」し「冷笑」する内容。結論は、「まともな
日本人」が「韓国人ってアホだなあ。やれやれ」と。韓国人を侮蔑・嘲笑することが目的の書。

こういうレイシズム描写のものが堂々と本屋さんに並ぶ光景はなかりシュール。日本人・韓国人を他の民族やら人種に置き換えてみれば、そのレイシズムぶりは誰にでも理解できる。歴史認識がどうとかそういう次元じゃない。描写のトーンが完全にレイシズム。相手を、特定の人種なり民族なりを悪魔化する典型的なレイシズムの手法。

で、このニューヨーク・タイムズのは、ある国で排外主義・レイシズムが盛り上がってまーすって記事で、ドイツのネオナチやらフランスの極右やらを紹介してるのと変わらないノリ。こういう記事にお約束の「xenophobia(直訳は外国人嫌い)」という表現を使ってるし。この記事を読んだ外国の方々からはそう見えるのは確実。ま、実際、そのとおりだと思うし。

ところで、このニューヨーク・タイムズの記者、オオニシさんの評判が一部ですこぶる悪い(笑)。イラク人質事件の際、日本の人質バッシングの野蛮さを批判する記事を書いた人。この前の選挙後も、小泉さんの手法を批判、日本の市民社会の低レベルぶりを書いた。で、後者の記事(と誰が書いたかわからんけどニューヨーク・タイムズの社説)については、産経新聞のあの古森義久さんがご立腹でした(笑)。ちなみに、一部の人たちの間では、ニューヨーク・タイムスは朝日新聞社に間借りしてるので、朝日=ニューヨーク・タイムズ=反日。終わり。ってことらしい。便利な論法だなあ、と感心してます。マジで。


で、僕ですが、何度か書いてきたように、欧米の支配的なリベラル言説にはやっぱり違和感がある。やはりアジア人として欧米で教育をちょっと受けた経験から。僕自身は、一応リベラル系だし、欧米のリベラル言説からはいろいろ学んだし、ものすごい敬意を持ってる。けど、もの足りないものを感じ、ポストモダンやアンチ近代主義的な言説にひかれまくりでもある。アンチ近代の先生もたくさんいたし。

だから、ニューヨーク・タイムズの↑のような日本に関する論評は半分同意どまり。無邪気に全肯定はできない。欧米リベラリズム=市民社会論の理想がまずあって、それへの到達レベルによって非欧米社会を評価してるように感じる。ちょっとしたオリエンタリズムに陥っちゃってるところもある。(「嫌韓流」はオリエンタリズムどころの騒ぎじゃなくてレイシズムの領域にいっちゃってるけど。)別に、それはそれでいいんだけど、日本人がそれをそのままありがたがるのはどうかと思う。このへん難しいところなんだよねえ。「『ネットで広がる愛国心』 by 筑紫哲也のNEWS23」とそこのコメント欄でもちょっと書いたんだけど。ただ、「週刊金曜日」(!)に↑のニューヨーク・タイムズの人質バッシング批判記事を批判する文章があったような気がする。中身はすっかり忘れたけど。

ようするに、ニューヨーク・タイムズの記者の書き方みたいのは、なんか他人事っぽいのよ。安全圏(文明的で進歩的な市民社会)から野蛮なサルどもを論評してるように見えるのよ。(中国・韓国に対してそれをやってる人が批判するのはダブスタだけど。)で、筑紫さんをはじめ日本のリベラル知識人にもそういうところがあるんじゃないかなあと。このへんほんと難しい。ある理念(リベラリズム)に基づいての批判はまったく正当なものだから。

個人的には、「朝日新聞」―「ル・モンド」―「ニューヨーク・タイムズ」―「インターナショナル・
ヘラルド・トリビューン」―「フォーリン・アフェアーズ」の仲良しリベラル・エスタブリッシュメン
ト枢軸のエリートくささがどうもねえ、と思ったり。協力するのはいいことだと思うんだけど。


ところで、↑のニューヨーク・タイムズの記事は「日本人の西洋への劣等感とアジアへの優越感」の話をしてるが、西尾幹二さんにそれを感じるんだよねえ。西尾さんってニーチェ研究者のようだけど、ドイツで嫌なことあったんじゃないの?とか勘ぐっちゃう僕がいる。たまにいるんだよね。外国で嫌な思いして、国粋主義者になって帰国する人が。つかね、外国にいるとその国の嫌なところがやたら目について、母国の良いところが急に見えてきたりするもん。実際は、どこの社会でも長所・短所があんだけど。国粋になっちゃうのは、日本人だけじゃなく、何人にもいる。西尾さんって、そういうタイプじゃないのかなーと勝手に思っちゃってるんだけど。違ったら、ごめんなさい。










西尾さんの「国民の歴史」にも、やたら西洋と日本を張り合わせる記述が多かったような気がする。日本の何々は西洋の何々に匹敵する!みたいなことを何度も書いてたような。別に、西洋といちいち比べないでもいいと思うんだけどねえ。朝鮮人は哀れな民族だ、とか同情じゃなくて侮蔑を込めて書いてたこともあるし。セコイんだよねえ。西尾さんの言う「誇り」って。他所と比べてどうたらこうたらみたいのや、他所を貶めてどうたらこうたらみたいのばっか。逆に情けなくなっちゃう。むなしくなっちゃう。

西洋への劣等感とアジアへの優越感で思い出すことはたくさんあります。そーいえば、「花王アジエンス  チャン・ツィイーCM」でもちょっとだけ触れた。テレビその他ではくさるほど例があるけど、一番記憶に残っているのはさんまの番組かなあ。出演者の素人の女性が「インド人と付き合ってた」と言ったら、スタジオ大爆笑。他の番組でも、ある人が「タイ人と付き合ってた」と言ったら爆笑されてた。別に、嫌韓とかとは違ってみんな悪気はないと思うんだけど、なかなか根は深いですなあと思いましたよ。

なんか書こうと思ったこと全然書けなかった。はやくも飽きちゃった。ニューヨーク・タイムズ的な論調への違和感を素朴に表現してみようと思ったんだけど。念頭にあるのは、アンチ近代の文化人類学者の中国(や日本)市民社会論。欧米の支配的なリベラルからすりゃ、中国の市民社会なんてウンコなんだけど(僕もウンコだと思うし)、ポストモダンとかの学者が違った視点からあざやかな仕事してたりする。またそのうち気が向いたら。



「ネットで広がる愛国心」 by 筑紫哲也のNEWS23



追記:引用ね。

「マンガ嫌韓流」から欧米に対する劣等感が見え隠れするということは同意するけれど、同時に欧米人がよく日本のマンガを見て「日本人が西洋人のような外見に描かれている」と言うのは言葉通り受け取れない。最近は優良なものも増えているとはいえ、欧米のコミックに登場するアジア人はまるで西洋人とは別の生物であるかのようにステレオティピカルにデフォルメして描かれている例が多く、かれらにとって「西洋人のような外見」とはそうしたデフォルメをしていない登場人物のことを言うわけだからね。

欧米のマンガでアジア人がデフォルメされるように「マンガ嫌韓流」においては韓国人の登場人物がデフォルメされて登場するけど、だからといって「このマンガは日本人を西洋人の外見に描いている」というのは間違い。正しくは、欧米のコミックにおいて西洋人が「スタンダード=普通の人間」として描かれているのと同様に、このマンガでは日本人が「スタンダード=普通の人間」として描かれているだけ。(はいはい、本当に劣等感をにじませているマンガもありますよ、でも「マンガ嫌韓流」の場合は当てはまらないと思うのね。)

批判するなら韓国人に対する民族差別的なデフォルメを批判すべきで、日本人がデフォルメされていないからといって「西洋人に似た外見に描いている」なんていうのは、かれら自身の人種偏見を告白しているに過ぎない。日本人の漫画家が劣等感を感じているから日本人を西洋人に似せて描いたのではなく、西洋人の読者が優越感を持っているからこそ、「スタンダード=普通の人間」として描かれている人間がかれらの目には西洋人にしか見えないのです。

*minx* [macska dot org in exile]
http://d.hatena.ne.jp/macska/20051127

ん~ん。すばらしい。




つづき→西尾幹二とネタとかベタとかロマンとか
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by mudaidesu | 2005-11-21 21:49 | ナショナリズム
<純粋なるもの>への回帰願望  ぺ・ヨンジュンという思想 


小倉紀蔵(韓国哲学者) 『論座』11月号

同意するしないは別にして、なかなかおもしろかったのでメモしといた。


いわく、「ぺ・ヨンジュンを代表とする韓国のスターたちは皆、理知的で謙虚だし、ファンに対する愛情が深い。家族を大切にするし、国を大切にする。背負っているものが大きいから背筋がピンと伸びている。言葉遣いも美しいし、生き方がストイック。それに比べると、日本のスターって言葉遣いも汚いし、ファンに対しても傲慢。全然理知的じゃないし、背負っているものが何もない。だから感情移入できない」。韓流にハマっている女性たちの声を最大公約数でまとめてみると、こうなる。

彼女たちはヨン様をはじめとする韓流スターを「神聖なるしるし」と見、それと対比させて日本のスターを「俗悪な存在」と見る。

その背景には、日本のテレビが長い間中高年の女性をターゲットとして設定してこなかったことに対する、無意識的な怨念のようなものがある。

しかしそれだけではなく、今の日本が抱えている「時代精神」的な問題に対するひとつの「答え」を、彼女たちが発見した、という側面が非常に強い

それは1970年代後半から始まり、すでに四半世紀続いている「日本型ポストモダン」という「時代精神」に対する明確な否定であった。

ポストモダン(脱近代)においては、理性や主体というのもが否定される。なぜならそれらはモダン(近代)の負の産物だからである。理性や主体の追求が、結局は他者に対する排除・否定という近代の病を生み出すことになった、とポストモダン思想は考える。

今の日本のスターたちは基本的にポストモダン型だから、公的な場において主体的な構えで理性的・優等生的な「他者から期待される」言葉を発するということをしない。そのようなモダンなコミュニケーションをずらし、解体し、無化することがかっこいい、という「脱構築の教育」をされているからである。

ところがこれに対して韓国のスターは皆、モダンである。

民主化や国民国家の形成というモダンなプロジェクトがまさに今進行中の韓国社会において、「俳優」という社会的に尊敬されない職業にある者は、必要以上に主体的で理性的な姿勢を強要される。

その振る舞いが、日本のポストモダンに飽き飽きしていた層に熱狂的に受け入れられたわけだ。

韓国ドラマが「ベタ」なのと同様、韓流スターもまたきわめて「ベタ」な存在である。これを別の言葉でいえば、「純粋」である。

「純粋」をめぐって今、この日本で何かが音を立てて変化しているのである。

すなわち日本型ポストモダンにおいては、「原理」「原型」「理念」などというものからどれだけ遠く離れた位置に自分を置けるか、ということが「純粋性」をはかるものさしであった。それこそがポストモダンだったのである。

ところがモダン韓国では、「原理」「原型」「理念」などにどれだけ忠実であるかということが「純粋性」をはかるものさしである。このモダンで「ベタ」な感覚が今、日本で再び希求されている、ということなのだ。「セカチュー」などの純愛なるものが受けるというのも同じうねりである。

国民国家の形成が終わってしまい、宗教人口も多くない「非ベタ」なポストモダン日本の中で、「モダンでベタな排他的純粋性」を強く求める層が「ベタな韓国人」に吸引されているというわけだ。



韓流ファンやぺ・ヨンジュンの「家族」を見ていると、今回の総選挙における小泉首相をめぐる女性たちを想起する。

小泉首相はどこに演説に行っても、中高年女性から熱狂的な声援を受けた。

それは彼の政治の「中身」とは全く無関係に、この閉塞した状況を一気に変革してくれそうなモダンな姿勢と言葉に対する支持だったのだろう。まっすぐで「純一」なるものしか、このこんがらがって腐りかかった日本を救えない、という時代認識による負託なのである。


小泉首相は自民党をぶっこわすといった。プレモダン(前近代)のネポティズム(身びいき)的、ないし村社会的利権構造を温存する自民党を破壊するという、きわめてモダンな政治家が、小泉首相である。

これに対して「ヨン友」たちが「ヨン様」に負託しているのは、腐りかかった日本のポストモダン的閉塞感をうち破るモダンなロマンティシズムである。

つまり「小泉人気」も「ヨン様人気」も日本をもう一度「モダン」な社会に戻そうとする運動である点において一致する。そして主体性を持った、モダンで「立派な」人間像に対する期待は、国家観にも通ずる。要するに、自立した「普通の=モダンな」国家に日本が変身することへの期待である。

韓流ファンと話していて気づくのは、彼女たちの歴史認識には産経新聞的なものが意外に多いことである。「韓流→モダンな主体性→歴史認識で右寄り」という図式が、ここにできあがる。

小泉首相もぺ・ヨンジュンも、自らの外部に「敵としての悪または腐敗の領域」を広く持っている。すなわちこのような「排除すべき対象」の力が強いうちは、ふたりのカリスマの力も衰えることはないのである。


おまけ。いまさらの話ですが一応。

韓流・出版事情 by ハン・キホ

韓国出版市場に吹いている「日流」

2004年に韓国で翻訳出版された日本書籍は4257冊。これは翻訳合計10,088冊。(総出版点数35,394冊)の42%。アメリカ2684冊。江國香織、村上春樹、吉本ばなな、といった作家は一部の韓国作家を除き、韓国で最高の人気作家だと言っていいほど。
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by mudaidesu | 2005-11-12 03:30 |


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