風刺画 & ルペン国民戦線党首インタビュー

まずは、「イスラムとヨーロッパ 風刺画問題」のつづきをちょっと。
ある方のブログの文章を紹介。おすすめ。↓



ムハンマドの風刺画(1)--フランスのメディアはなぜ火中の栗を拾うのか
ムハンマドの風刺画(2...の手前)
傷つける権利--アヤーン・ヒルシ・アリ議員会見


過去にはこんなのも書いてる↓。マジでおすすめ。
風刺画問題にも↓のルペンにも関係。日本にも。考えさせられます。

世に「なかった主義」の...
連続と切断、内なる歴史をどうするか



こちらはタイトルどおりイギリスのメディアについて日本語でいろいろ紹介してくれてます。↓
デンマークへの取材もやってます。

小林恭子の英国メディア・ウオッチ (風刺画問題は一月と二月)



ところで、↑のfenestraeさんの文章に違和感を感じた方の文章。↓

風刺画の欺瞞


なにげ、僕も同じような違和感がある。というか、この問題では、ある立場だけを選択するのが難しい。いかに「あえて」でも。どういう立ち位置を「あえて」選択しても、どうもしっくりこない。

だからと言って、日本のメディアのように、他人事だからってかんじで八方美人になるのももっとしっくりこない。とは言いつつも、この問題についてのイギリス・メディアの振る舞いなんかは素直にうまいと思うし。どっかで誰かが書いてたような気がするけど、イギリスの功利主義的なところが。


難しいのは、フランス一国(またはヨーロッパ)の問題だけを考えるときと、世界的な問題として考えるときでは、微妙に僕の視点が変わってくるんだよね。フランスの話なら、フランスの原則も伝統も悩みもよく理解できるし、まあフランス人で決めてよって気にもなるんだけど、世界的な問題として考えると(実際そうだし)、どうも「欧州リベラル」の傲慢さみたいのを感じちゃう(イスラムとケンカしたいような人たちは置いておく)。

風刺画掲載うんぬんについてはまだしも、この問題周辺のイスラムについての言説というか感受性がうーんって気がしたり。「日本人の劣等感と優越感? & 欧米リベラル」でちょっと書いたような違和感。


おそらく、僕がフランス人(ヨーロッパ人)だったらまた違うように考えたと思う。やっぱ、日本人(アジア人)として、どうしてもムスリムの人たちを切断処理できない。おまえら、何暴れてんだよ!暴れたって得ねーよ!アホ!とか思いつつも、やっぱ、こいつらが漠然と感じてるだろう長年の怨念みたいなものにシンパシーを抱いてしまう。

やっぱ、アヤーン・ヒルシ・アリ議員の発言は重いと思うが、どうも乗れない。

やっぱ、普遍性を信じてないってことなのかなあ。
やっぱ、僕は近代主義者でもリベラルでもないってことかなあ。

ヨーロッパ人じゃないから、ヨーロッパ人としてヨーロッパの原則を守ろうとも思わないし。

とかなんとか言いながらも、今、「女子割礼」についての本読んでんだけど、女子割礼に限らず、↑のアヤーン・ヒルシ・アリ議員の言うようなイスラム共同体内部の抑圧性みたいのは、うーーーーん、と思いまくるし。はあ。答えがでねぇ。外野で切実さがないからかなあ。

(女子割礼・陰部封鎖は直接的にはイスラムとは関係ない。アフリカの伝統社会の慣習で、イスラムとうまく融合しちゃってるだけってなところもある。)




ついでに、「論座」2月号のルペンのインタビューもここに。抜粋・引用。↓


暴動に参加した若者に非はない。政府にこそ非があるのだ


・「極右」と呼ばれることをどう思ってる?

国民戦線に敵対する側が我々を指して使う「極右」という言葉は正当な表現とは考えていない。その表現が”極端”という形容を許すから。我々は自分たちを「国民的」保守派と規定している。基礎にあるのは、祖国愛、家族と故郷、職業・労働への愛着といった価値観

フランス、欧州、世界のエスタブリッシュメントはグローバリストだが、我々は違う。グローバリゼーションは否定することはできないが・・・グローバル化の奴隷ではなく、それをコントロール主人公になるという構えを持っている


・フランス暴動について

郊外に住み暴動に参加した若者に対して、私はある種の共感を覚えている。彼らが自分たちの将来に思いをめぐらせるとき、労働者や会社員に、いずれは管理職になれると考えることがはたして合理的か。彼らには、強盗やテロリストになることしか残されていない。彼らに非があるわけではない。暴動に参加した若者数千人を社会の枠外に置くことを許してきた政府に非がある

(人口問題を)政府が移民で補填してきたから。・・・このことでフランスに流入する移民個人(不法滞在でも)を責めるべきではない。彼らに、こうした状況についての責任はない。唯一の責任は、左右両翼の政治家にある。


・移民の流入は、先進国が発展途上国の開発を支援していかなげれば、食い止められないのでは?

私はすでに1987年に、途上国の債務返済義務を凍結するよう提案している。われわれは途上国支援のために、さまざまな管理職研修生の受け入れに賛成している。本国に帰るという条件のもとに、受け入れを進めるべき。たとえば、セネガル出身の医師が、パリ郊外に医者として定住してしまうということになれば、だれの利益にもなりません。フランス人の医師が職を一つ失うことになり、セネガルも、のどから手が出るほど必要な医師を一人失うことになるから。

ちなみに、政治的敵対者から私は人種差別主義者、排外主義者、外国人嫌い、反ユダヤ主義者と攻撃されている。しかし私は、国民議会のパリ選挙区でアラブ人を候補者に推薦した最初のフランス人。またわが党は1986年に、フランス地方圏議会議員選挙でアラブ人女性を初めて当選させた。そして党の指導部には、常にアラブ人、黒人、ユダヤ人を置いてきました。私はフランス国民に対して、けっして人種的偏見をもっていません。それはフランス国民の歴史に順応しない。


私は共和主義者でも貴族主義者でもない。ただフランス人であるだけであり、フランスの過去、歴史全体に連帯するもの。フランスの王制、帝政の過去と同様に共和制の過去にも連帯する。そのようなありのままのフランスを擁護する。フランスと世界のために、それぞれの多様性が守られることを望んでいる

そうした多様性を尊重するわれわれの立場は、グローバリズムという地球画一化の流行を追っかける連中の立場とは明らかに距離がある。


・第二次大戦中、レジスタンスに参加されたよう

そこにイデオロギー的なものは何もなかった。ただ祖国が占領されたことに反対するのみで、憎しみも恐怖もなし


・かつて「ナチスの強制収容所は細部の問題だ」と発言して大問題に

20年前の話。発言したその日のうちに、世界中が反応した。私は「ナチのガス室は、第二次大戦の歴史全体から見れば細部の問題だ」と当たり前のことを言ったまでなのですが。しかし、私はその発言で罰金125万フランを裁判所から言い渡された


・イラク戦争・・湾岸戦争・・・アメリカの侵略戦争と弾劾

イラク戦争には怒りを覚えるとともに、湾岸戦争以後つづけられた、とりわけイラクの乳幼児の死亡率を飛躍的に高めた殺人的な経済封鎖措置に対しても、私は強烈な怒りを感じてる。・・・私たちは「SOS・イラクの子どもたち」というNGOを95年に発足させ、医薬品や食料品などをイラクに届けてきた。


・フセイン

2、3回会っただけですが、一定の評価はしている。

欧米民主主義の押しつけはダメ。イラクの政治には独自の伝統が・・・
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by mudaidesu | 2006-02-21 02:41 | 世界 | Comments(3)
Commented by mudaidesu at 2006-02-21 02:55
仏映画 「憎しみ」  フランスでの暴動から
http://mudaimudai.exblog.jp/1801335

でちょっと書いたけど、このインタビューを読むと、一水会の木村氏とルペンやゴル二ッシュが仲がいいってのがよくわかる。

Commented by mudaidesu at 2006-02-21 02:58
ついでに、これも。

スラヴォイ・ジジェク--資本主義の論理は自由の制限を導く
インタビューの翻訳
http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/20060109#p1


『ジジェク:私が思うに、極右が力を得ている原因の一つは、左翼が今や直接に労働者階級に自らの参照点を置くことに消極的になっていることにある。左翼は自らを労働者階級として語ることにほとんど恥を抱いており、極右が民衆の側にあると主張することを許している!左翼がそれをするときは、民族的な参照点を用いることで自らを正当化する必要性を感じているようだ。「貧困に悩むメキシコ人」とか「移民」云々で。

極右は特別のそして結束力のある役割を演じている。「民主主義者たち」の大部分の反応は見るとよい。彼らは、ル・ペンについて、受け入れがたい思想を流布する者だと言いながら、「しかし...」とことばを継ぐ。こうやって、ル・ペンが「ほんとうの問題」を提起していると言外に述べようとする。そうしてそのことによってル・ペンの提起した問題を自分たちがとりあげることを可能にする。

Commented by mudaidesu at 2006-02-21 03:12
つづき

中道リベラルは、根本的には、人間の顔をしたル・ペン主義だ。こうした右翼は、ル・ペンを必要としている。みっともない行き過ぎに対し距離をとることで自らを穏健派と見せるために。私が、2002年[大統領選挙]の第2回投票の際の対ルペン連帯について不愉快に思ったのは、それが理由だ。

そしていまや少しでも左に位置しようとすると、すぐさま極右を利用しようとしていると非難される。それが示しているのは、ポスト・ポリティックの中道リベラルが極右の幽霊を利用し、その想像上の危険を公的な敵に仕立て上げようとしていることだ。偽りの政治対立の格好の例がここにあると私は思う。』
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