バッシング&初恋  占部房子&宮崎あおい


最近映画観まくってんだけど、とりあえず「バッシング」と「初恋」。


いやーどっちもディプレッシング。連続で観たからすんげーだるい。

なんでそんなにディプレッシシングって、内容も雰囲気もそうなんだけど、どっちも絵がずーっと近すぎ。目の前に人がずーっといすぎ。

基本的に遠い絵が好きなんだけど、二つとも人を撮ってるシーンがほんと目の前に迫りすぎ。




「初恋」公式サイト

「バッシング」公式サイト




ついでに、この二つ映画の主人公の女性は微妙に似てる。

「誰かに必要とされない/される私という存在」についてのお話。



つか、両方とも主人公の女性は自分なりの答えらしきものを見つけて前へ進んでいく、ってかんじで終わる。でも、なんだか知らないけど僕的にはむしょーにディプレスト。映画全体に漂う空気にやられちゃったってかんじかな。



まああんま細かいこと書く気になんないんだけど、「初恋」では宮崎あおいのにーちゃんの宮崎将が予想外に良かった。出番少ないのに、存在感では準主役の小出圭介(恵介でした)を上回ってたかも。「ユリイカ」のときのように、ちょいと不幸な兄と妹。

というか、この二人は一緒にやるとすごくいかんじ。独特の雰囲気をかもし出すってのは気のせいか。全然ベタベタしないんだけど、というかほとんど接しないのに、強い絆みたいのが自然に表現されてるような気がした。不思議。



そういえば、「宮崎あおい本」のコメント欄で教えてもらったんだけど、「たりないピース」がテレビで紹介されてたそうで、二人でインタビューを受けてたそう。んで、見つけてしまいましたその映像を。↓

http://www.youtube.com/watch?v=djIZXSk4biI&search=%E3%81%82%E3%81%8A%E3%81%84



にーちゃん、映画と全然違ってさわやかじゃん。というか、↑の映像を先に見たんで、「初恋」のにーちゃんが全然イメージ違っててすごく良かった。「ユリイカ」からちゃんと成長しててホッとした。


小出圭介は「パッチギ!」のアホ面が強烈だったんで、真面目に演技されると逆に笑っちゃった。


宮崎あおいはいいんだけど、もっとちゃんと宮崎を描いてよと。あっさりしすぎ。最後の10分くらいしかじっくり描いてなかったような。もったいない。せっかく陰気なかんじで得意な分野?なんだから。

というか、一番最初の髪型がウケた。




GYAOに宮崎あおいのロングインタビューが。↓

http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0015245/


インタビュアーのおねーさんの質問がどうも(僕にとっては)アレなんでびみょーなインタビュー。まあ、宮崎あおいはうまく話し合わせてちゃんとしゃべってんだけど。




「初恋」について、やたらとディプレスされてしまった僕と違い、森達也さんが公式サイトで「この物語で、僕たちは救われる。」と言ってます。まあ、この意味は、当時をそこそこ知ってる世代の人からすると、「三億円事件」をこう解釈できたら「救われる」ってことなんだろうけど。

梁石日さんは「その純粋な瞳が見詰める未来に救いはあったのだろうか・・・。」と言ってるけど、こっちの方がなんかしっくりくるかな。んーでも、「未来」がどうこうってより、「当時」の描写に僕はディプレスされたんだけど。



NANA 中島美嘉 宮崎あおい  

好きだ、 宮崎あおい 

宮崎あおい本 














で、「バッシング」だけど、「イラク人質問題 2  映画「バッシング」」「イラク人質問題 21  公開バッシング」に続けてこの映画について触れるのは三度目だけど(観たのは今回が初)、最初の方はなんだかなーってかんじだった。

「イラク人質問題 2」で「映画そのものはあまり期待してない」って書いたとおりかと思っちゃった。内心、「バッシングする側」を断罪して終わりってかんじの内輪ネタ映画になっちゃってんじゃないかなあとか思ってたから。



でも、途中からかなりキタ。あんな安っぽくて地味な映像なのに(だからこそ生々しい)、ギスギスときた。というか、もっと見たかった。あと2、30分いけたと思う。いってほしかった。エンディングはあれでいいんだけど、エンディングにいくまでをもう少し描いてもよかったような。


というか、最初の方はなんかふつーにあの事件後のバッシングの話を描いてるだけっぽかったんだけど、途中からこの映画が完全に独り立ちした。最初のころはあの事件のことを考えながら観てたけど、途中からは完全にこの映画の中で起こってることに集中させられた。


公式サイトその他で書いてあるように、あの事件は映画にとってほんとに「ヒント」ってかんじ。違う話にちゃんとなってた。独自の話と世界を描くことに成功したと思う。






そもそも主人公が高遠さんとは全然違うかんじ。

この映画の主人公は過剰なくらい非政治的。ものすごい「政治的出来事」(日本国内の反応を含めて)に影響されてつくった作品なのに。というか政治的な部分はまったく描写されてなかった。

「政治的」といってもいろいろあるけど、「戦争」についてすら主人公がどう感じてるのかまったくわからなかった。主人公の個人的な世界(周辺の人々を含めて)を徹底的に描いてた。


ついでに高遠さんと違って、主人公が孤立しすぎ。正直ちょっとありえないんちゃう?ってくらい。



もしかしてバッシングしてた側に気を使ってる?みたいにも思った。↑で書いたように「内輪ネタ」になるのもアレだけど、逆に変に外を意識して遠慮するのもアレだと思ってたから(いやほんと芸術作品にするにはややこしい題材)。陳腐な表現を使えば「中立」っぽく描いてる?セコイ?とか。(いや、「中立」なんて存在しないけど。)

ま、結局、気のせいだったけど。んな陳腐さはなかった。


監督すばらしいです。僕のくだらない杞憂なんてどうでもよかった。




というか、この映画はほとんど主人公に寄り添わない(よね?)。「よく理解できない人の存在」をどう処理するか、って問いを発してる作品だからそれでいいのかも。だからこそいろいろ考えさせられるのかな。


さんざんイラク人質問題について、もちろん人質たちを擁護する形で書いてきた僕でさえ、この映画では主人公に、おいおい、とかちょっと思ったりもした。



でも、イラク人質問題で大切なのは、おいおい→理解できない→キレる→叩く&排除、みたいな単純で純情すぎる回路はどうなん?ってことだと思う。




いっちゃってていいじゃん。「ホテル・ルワンダ」に出てきた赤十字の女の人なんて、いっちゃってるに決まってんじゃん。観てないとわかんないだろうけど。僕なんかに真似できるわけがない。


そりゃ、いっちゃってる人は、僕のチンケな常識からすりゃ、変なところはたくさんあるでしょう。ツッコミどころもあるでしょう。でも、いっちゃってる人を、僕のチンケな物差しで計れるわけがない。

僕のチンケな常識なんかで語ったら逆に滑稽すぎ。いっちゃってる人は型にはまらなくて当然。そして、そういういっちゃってる人しかできないことがある。

パウエルの発言なんかは、そういう人たちを気持ちの上だけでも、サポートしましょうよ、ってことだろう。切断処理はやめましょうよって。

イラク人質問題 19  小林よしのり



とか書いたけど。





おいおいって人、理解できない人の存在を僕らの内面でどう処理するかってことこそ、イラク人質問題においての重要な問いの一つだと思う(一つのね。一つの。正直それだけじゃ次元低すぎだと思うし)。

「おいおいって人や理解できない人や迷惑な人やムカツク人」を、「自己責任」だの「自業自得」だの「バカ」だの言って切断処理して自己肯定してればいいのかと。(イラク人質問題 10  自己責任 ①)(イラク人質問題 20 香田さん切断処理と同胞愛


このバッシング問題は、被害者について、おいおい、と思ってしまった時点ではじまるのかも。




もう一つ僕が動揺した理由は、やっぱ、知り合いとかにNGOの人や、そういう道に進もうとしてる人がいたからかな。ジャーナリスト志望の人や元ジャーナリストの人もいた。元軍人で人権NGOやら援助NGO志望の人たちもいた。・・・


なんかすごくシンパシーを抱いたんだよね。あの三人に。・・・


イラクなんかに行く、情熱も怒りも勇気も度胸も使命感もなんもない。そんな自分だからこそ、そういうものを持った人間たちがあんなことになっちまってと動揺した。そういう知り合いがいたからそれなりに自分と身近なことなんだけど、自分には絶対できなようなことをやっている人たちだからこそ、めちゃくちゃ動揺した。

おそらくね、高遠さんたちもこういう気持ちだったと思うんだよね。僕が彼らのことを心配したように、彼らはイラクの人たちのことが心配でならなかった。いてもたってもいられなかったと。僕なんて、イラクの人たちやその他世界中の人たちのことを心配したって、別に何をするわけでもない。高遠さんたちを心配したって、何もしなかった。高遠さんたちはなんかする人だったんだよね。

だから、ほんとショックだった。ああ、あいつら死んじまうのかあと。

イラク人質問題 8  動揺



と書いたように、僕自身は、おいおい、とはまったくかんじなかった。自分でもびっくりするほど、あの三人に共感した。おいおい、と感じない人間にはこの問題はそれなりにシンプル。処理は簡単。被害者たちに普通に寄り添えばいい。ただそれだけ。





でも、おいおい、と思っちゃった人にはシンプルじゃない。

もちろん、おいおい→キレる→叩く&排除みたいなナイーブで直情的な処理は問題外でお話にならないけど、そこまでせずとも自分の中でどう処理したものかといろいろ悩んだ人がいるかもしれない。

無関心でスルーって人は悩まないだろうけど、関心があっても、バッシングはサイテーと思っても、どうしても人質たちが、うーん、って人はいただろう。もしかしてそんなかんじに近いかも。この映画の主人公に対する僕の立ち位置は。




主人公がびみょーだったりすると、観てるこっちもツライわけ。安心して観れない。簡単に感情移入して観ることができない。こっちも葛藤するわけ。内面で歯軋りしちゃう、みたいな。自分の内側になんかこうシコリみたいのを感じてすっきりしない。

簡単にいっちゃえば、イラつく、みたいな。



理屈では「悪いことした人じゃないし。というか被害者だし。」とわかってても、感覚的にはなんかモヤモヤしてカユイというかムズムズするというかキリキリするというか。理屈ではあんな状況にいる主人公には無条件に寄り添うべきだと思っていても、妙な感覚が芽生えてしまったり。


リアルな方を、おいおい、と思った人たちの内面に少しは僕も迫れたのかなと。他人の内面に理屈では迫れても感覚的に迫るのは難しいけど、ちょっと迫れたような気がした。






公式サイトのメッセージのところにこんなのがあった。↓


彼女のことは甘いと思うし、うまく理解できない。
でも理解できないからって排除するのはすごい怖い。
匿名の悪意ーー。それって日本人の悪しき特性かも。
人間の心の弱さ、強さを考えた。

室井佑月(作家)



まあ、何度か書いたように「日本人の悪しき特性」かどうかは知らないけど、こんなかんじで十分だと思うんだよね。別に「甘い」と思ってもいいし、「理解できない」でもいい。

(追記:当然、僕はそう思わないけど。「甘い」とか言ってる方がはるかに「甘い」と思う。イラクで何ヶ月も活動してたし、今もそういう活動をやってる人を「甘い」なんて「甘い」。極限の状況にいる人たちを見つづけ、いろいろ考えつづけた人。もちろん、「聖人」扱いする気はさらさらないけど、彼女は生き残ったしもう百戦錬磨と言ってもいいかもしれない。)

というか、「気に入らない」でも「ムカツク」でもいい。でも叩くなと。スルーしろと。そんくらいで叩いて潰して「排除」するなと。社会には(世界には)いろんな人がいるんだから。いちいちキレるなと。

というか、たのむよ、政治家先生たちとメディアや知識人のみなさん。ってかんじ。これがすべて。

イラク人質問題 21  公開バッシング



映画観る前にこう書いたけど、室井さんの言ってることがよくわかった。

この言葉は映画を観ればすごく実感できるかも。





そーいや、切実さの次元はただの観客の僕とはまったく違うけど、主人公もずっと内面でキリキリ歯軋りしてるってかんじがうまく表現されてた。顔も心もひきつっちゃって、笑ってんだか悲しんでんだか怒ってんだか泣いてんだか混乱してんだかさっぱりわからないような顔はすごかった。


まあそりゃそうでしょう。当事者はほんとシャレにならんでしょう。少なくとも僕には耐えられない。

だからこそやっぱ、自分で立ち位置を選択するなら、結局「あんな状況なら無条件に寄り添うべきという理屈」を選ぶしかないね。この映画の主人公に対しても。ムリヤリにでも。




あと、いまさらだけど、嫌がらせの電話ってキツイね。音で聞くとほんとキツイ。活字で「嫌がらせ電話相次ぐ」みたいの読むのとは全然違う。自分では経験したことないけど、ほんとキツイと思う。

目の前に相手がいないとなんにもできない。電話じゃどうにもできない。

当たり前のことなんだけど、映画とはいえ、音で聞くとキツイ。当事者じゃないのに。




ところで、三人の俳優がすごくいい。

占部房子かっこよすぎ。おっちゃんの田中隆三も、大塚寧々もすばらしい。



まあとにかく、後半のかんじであと2、30分やってたら、傑作!と思ったかも。



イラク人質問題 1~21 

[PR]
by mudaidesu | 2006-06-14 13:41 | イラク人質事件 | Comments(17)
Commented by mudaidesu at 2006-06-14 13:59
というか、何が驚いたって、あの前田有一さんがこんなこと書いてる。↓



『『バッシング』は低予算だが、優れた問題提起を行う映画作品である。・・・

では『バッシング』は何を描いているのかというと、それは「弱者からみた日本の姿」である。ヒロインは、日本社会に居場所を見つけられなかった人間たちの象徴(ニートや引きこもり、失業者、野宿者、うつ病の人等々…)であり、その立場から見ると、この国はこんなに居づらいもの、というわけなのだ。そして、そうでない(弱者ではない)観客にそれを見せ、何を思うか問うているのである。

この映画は、あの事件のとき被害者たちに"3バカ"、"自作自演"、"ブサヨ"などとレッテルを張り、バッシングした人々こそ、観るべき作品である。あのとき被害者の目から、世界はどう見えていたか。それを知ることは、決して無駄なことではない。被害者と主義主張が違うからといって、必要以上に感情的な批判をしていなかったか。それは、常に自問せねばならない問題だと私は考えている。 』

弱者の立場を想像してあげて、と語りかけてくる
http://movie.maeda-y.com/movie/00738.htm
Commented by mudaidesu at 2006-06-14 14:00
前田さんについては、ここでいろいろ書いた。↓

「神聖なる野球」への冒涜 僕の「民度」
http://mudaimudai.exblog.jp/3090177



というか、同じ人?

あんな酷い「韓国人評」や「パッチギ!評」を書いた人と同じ人とは思えない。

朝鮮人が絡むと豹変しちゃう人なん?(なんかのしがらみ?)

この豹変ぶりは、人の心は複雑なのだ、って次元じゃない。

余計にこわいかも。

狂信的な白人至上主義レイシストとかにもこういう人がいそう。自分が「同胞」と認定した人々へはやさしい眼差しを投げかけるのに、「同胞」と見なさない人々へは異様なまでの冷酷さを発揮したり。

前田さんの中ではどのように処理されてるんだろう。
Commented by kossy at 2006-06-14 16:52 x
前田さんはフリーの自称映画評論家ですから、
仕事が無くなったらフリーター同然の生活だと思います。

醜いまでの右翼的記事も多かったけど、
多分世の中の潮流に乗っかっただけかもしれません。

ようやく自分が弱者の仲間であると気づき、
幅広い考え方も取り入れようとするコウモリみたいな人ですよね(笑)

と、「バッシング」には関係のない「初恋」のTBを返信させていただきましたが、早く「バッシング」を観たいです・・・こっちでやるかな・・・
Commented by mudaidesu at 2006-06-14 20:07
kossyさん、こんにちは。

「パッチギ!」のときのように、またどうせ「おいおい、どこ見てんだよ前田さん、ほんとに同じ映画かよそれ」ってかんじのめちゃくちゃなこと書いてんだろうなあと思い前田さんのを読んだんですが、ぶっとびました(笑)。

というか、私自身、あれ?ってかんじで混乱しました(笑)。どう解釈してよいのやらと。どう「処理」したのもかと(笑)。


>[多分世の中の潮流に乗っかっただけかもしれません]

そういう可能性もあるのかなあと私も思いました。というか、余程なんかの意図があってムリヤリ書かないとああいう「韓国人評」や「パッチギ!評」は書けないと思うんですよねえ。

まあ「世の中の潮流」って、レイシズム的なものがウケちゃって金になるってのはかなりヤバイ状況ですよねえ。でも、2年前は「人質バッシング」が金になったりもしたんですよねえ。お金を落としてあげてる方々は重なりますしねえ。


>[ようやく自分が弱者の仲間であると気づき、]
>[幅広い考え方も取り入れようとするコウモリみたいな人ですよね(笑)]

そう考えると、前田さんがなんだかかわいそうになってきますねえ。
Commented by mudaidesu at 2006-06-14 20:08
というか、あの前田さんがあんなに明確に「社会の異物(と見なされてる人々)」へのシンパシーを示すなんてほんと驚きました。



『日本社会に居場所を見つけられなかった人間たちの象徴(ニートや引きこもり、失業者、野宿者、うつ病の人等々…)であり、その立場から見ると、この国はこんなに居づらいもの、というわけなのだ。そして、そうでない(弱者ではない)観客にそれを見せ、何を思うか問うているのである。 』


この部分なんて、最近も「ニートバッシング」に明け暮れるそこらのテレビメディアや偉い人たちとは大違いです(メディアは「彩香ちゃんお母さん報道」もありえないくらい酷いですが)。

こういう視線が持てて、弱者の境遇を想像せよって言う人がなんであの「パッチギ!評」なんだろうと謎は深まるばかりです(笑)。



>[「バッシング」には関係のない「初恋」のTBを返信させていただきました]
>[早く「バッシング」を観たいです・・・こっちでやるかな・・・]

つきあっていただいてほんとありがとうございます(笑)。「バッシング」観れるといいですね。
Commented by 朱雀門 at 2006-06-20 21:55 x
はじめまして、こんばんは。

>おいおいって人、理解できない人の存在を僕らの内面でどう処理するかってことこそ、イラク人質問題においての重要な問いの一つだと思う
そうですね、私も同感です。本作は、そういう「理解できない人」へのアプローチすることの難しさを描いていたのではないかと思います(イラク人質問題はあくまで「題材」だったような気がしました)。
私自身、共感できる相手なら問題ないのですが、共感できない相手(自分と考え方の違う人)と向き合うことは、やっぱり難しいです。苛立ちをまず感じてしまうことは実生活でもよくありますから・・・

この映画はひとつの問題提起として受け取るべきかな、と思います。感じた問題は見た人それぞれが解決法を模索すればいい、と(偉そうなことを書いてすみません)。「どっちもどっち」とか「中立」みたいな落としどころが無かったのも良かったですね。

『初恋』もちょっと興味がありますので、近々見に行くつもりです。
Commented by mudaidesu at 2006-06-20 23:59
朱雀門さん、こんにちは。TB&コメントありがとうございました。

>[本作は、そういう「理解できない人」へのアプローチすることの難しさを描いていたのではないかと思います(イラク人質問題はあくまで「題材」だったような気がしました)]

まさにそんなかんじでしたね。

「社会に異議申し立てする」「告発する」みたいな作品ではなかったですよね。私としては、「告発する」みたいな作品を予想してたんですが、そういうのって余程うまく作らないと陳腐になりかねないので(

特に日本人はベタになりすぎて下手かなと)、あまり期待してなかったんです(笑)。でもそういうかんじじゃなくて、おまけに想像以上に良かったです。
Commented by mudaidesu at 2006-06-21 00:00
>[共感できない相手(自分と考え方の違う人)と向き合うことは、やっぱり難しいです。苛立ちをまず感じてしまうことは実生活でもよくありますから]

そうですねえ。私の場合、まずはムリヤリ好意的に解釈して、「ああこの人は善意でこういうロジックでこう考えてるんだろうなあ」みたいに理解してみることからはじめるようにはしてます。というか、そういう心構えでいたいなと思ってます。もちろん、同時に「相手の本音(悪意)のロジック」も想像しますけど(笑)。


>[「どっちもどっち」とか「中立」みたいな落としどころが無かったのも良かったですね]

そうですねえ。そういうのって、結局「現状追認」、この問題の場合は「バッシング追認」になっちゃいますしね。

ほんとこの映画はうまくできてるなあと思いました(どううまいのかなかなか説明できないんですが)。計算通りなのか、それとも監督のセンスがすごいのかよくわかりませんが(笑)。
Commented by mudaidesu at 2006-06-21 00:02
朱雀門さんのところでのコメント転載。↓


『「伝聞」と「主語」の問題に着目されたのはすごく鋭いと思いました。実際のバッシングでも、バッシング派の方々には「国民が人質を批判したのは」みたいな語り口が多かったです。自分を主語にせず、「国民」とか「多数派」とかそういう表現の後ろに隠れて、みたいなところがありました。「俺はこういう理由で人質たちを批判する」みたいに自分を主語にして語る人は少なかったように思います。「たとえ世界中の全ての人が人質たちを擁護しても、俺は自分のロジックで人質たちを批判する」みたいな人はほとんどいなかったような気がします。

おっしゃるように、この映画でもそういうところを表現してたような気がします。監督も鋭いですね(笑)。・・・・』

http://jujak.mods.jp/blog/archives/2006/06/post_198.php
Commented by mudaidesu at 2006-06-21 00:12
新世紀活動大写真さんのところでのコメント。↓


『>・・・と、まあ、何だか彼女のやることなすこと、ディテールまで気に障ってくる。

元も子もないですね(笑)。細かい記述、笑いながら読ませていただきました。笑いながらって悪趣味ですかね?(笑)

でも、私の感覚をより激しくしたようなかんじですね(笑)。私の場合、多少イラついたんですけど、なんか憎めないなあって思ったりもしました(笑)。そこは占部さんの魅力でしょうか(笑)。まあ、もともと悪女好きな私なんですが(笑)。
Commented by mudaidesu at 2006-06-21 00:13
>[そのヒロインへの嫌悪感が募る余り、結局は自分もバッシングにまわった側と同じメンタリティなんだな、とも気付かされ、ますますやりきれなくなるのであった]

自分のところで私も書いたのですが、このへんがポイントですよね。

簡単に言っちゃうと、「いじめられるほど悪いことはしてないけど、いじめらる方にも原因がある」という言説との距離のとり方というか関わり方の問題かなと思いました。そりゃ、いじめる側にはいじめるそれなりの理由があって、いじめられる方にも原因はあるんでしょうけど、だからなんだよ?ですよね。「いじめられるほど悪いことしてないなら、いじめを容認するなよ」だと思います。

「いじめられるほど悪いことはしてないけど、いじめられる方にも原因がある」という発想は結局「現状追認」になってしまい「いじめ擁護」にしかならないと思うんですよね。この映画の主人公と私たちの関係もこんなかんじの構図かなと思いました。』

http://plaza.rakuten.co.jp/katudoudaisyasin/diary/?
Commented by santapapa at 2006-06-27 01:33
はじめまして。「瓶詰めの映画地獄」さまのblogのトラックバックから辿ってきました。「イラク人質問題」のエントリーも読まさせていただきました。非常に読み応えがあって、かつ判りやすく参考になります。
『バッシング』はまさに「バッシング」を描いた映画でしたね。他のことを考えながらぼんやりとする暇もない緊張感あふれる映画で、重い映画ではありますが変な不快感はない映画でした。同時に多くの人に見ていただきたい映画だと思います。
Commented by mudaidesu at 2006-06-27 22:31
こんにちは。TB&コメントありがとうございます。

>「イラク人質問題」のエントリーも読まさせていただきました。

どうもありがとうございます。というか、ダラダラ長いんで、ほんとごくろうさまです(笑)。


>他のことを考えながらぼんやりとする暇もない緊張感あふれる映画で

ほんとそうですよね。あんなに地味なのに、全然飽きませんでした。
Commented by mudaidesu at 2006-06-27 22:32
santapapaさんのところでのコメント。↓



>家にも自転車にもカギをかけない習慣で、何かそこにも演出意図があったのかと

実際どうなんでしょうね。田舎ではそういうところも実際たくさんあるんだと思います。そしてそれは、共同体内部、村社会内部の人間は信頼できるということなのかもしれません。そしてそういう社会で起こる熾烈な排除の問題として、象徴的に「カギをかけない」というところを描いたのかなと思いました。

そして、日本国も共同体ですよね。私を含めて日本人って「国民意識(一体感)」が強いですし、「日本人同士なら話せばわかるし信頼できる」みたいなところがありますよね。
Commented by mudaidesu at 2006-06-27 22:32
>「村八分」や「私刑」の様子。そういうタイトルでは見に来る人も少ないでしょうけど(苦笑)

逆に、そういうタイトルだったら興味をそそられる人が結構いるのではないでしょうか(笑)。よりグロテスクで生々しくて(笑)。「バッシング」だとなんか響きが綺麗すぎかな、グロテスクな内実を隠蔽しちゃわないかな、と思うのは私だけでしょうか(笑)。それでもやっぱりおぞましいですかね。「芸能人バッシング」なんかとは全然次元が違う話だと思うんで、同じ言葉で表現しちゃうのはどーかなーみたいに思いました。というか(笑)ばかり書いてますが、笑いごとじゃないですよね。実際そういう経験した方の身になれば。

http://santapapa.exblog.jp/5027285
Commented by kimion20002000 at 2007-05-30 21:58 x
TBありがとう。
とにかく監督は6日間で撮っちゃったわけだ。
だかえら、後半延ばすには、もうお金と時間がなかったのかもね(笑)
Commented by mudaidesu at 2007-06-12 08:29
こんにちは。おそくなりました。


>後半延ばすには、もうお金と時間がなかったのかもね

私にはわからないですが、そういう事情もたしかにあるかもしれませんね。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード


<< 安倍晋三さん、統一協会と仲良し... メインページ cibo matto & 少年ナイフ >>